特集 2026年8月14日

「セキュリティーホール県境」で隣の県にワープできる場所と、伊勢湾台風復興住宅

木曽岬境港を見に行った

さて、日本に2箇所しかない「登山せず歩いて行けるセキュリティーホール県境」のもう1か所はどこか? それは愛知県と三重県の県境にある。木曽岬境港だ。

木曽三川の河口にある木曽岬町の真ん中へんに境界未定の木曽岬境港がある
2つの水門のあるあたりが県境未定となっている

実際に現地に行ってみた。

とにかく、だだっ広い、いかにも「干拓地」といった風情の農地が広がる中を行くと、木曽岬境港が見えてきた。

ここかー、セキュリティーホール県境。と感慨深くなったので、写真を1枚撮っておく。

地図でいうと南側の水門

写真を撮影している位置としては、まだ愛知県の中にいることになっている。

この道路をずーっと真っ直ぐ進むと、県境を越えないのに三重県に侵入してしまう。

もはや県境を超えた移動で怒り出す人は居ないと思うが、ここだけは県境を越えずに県を越えた移動ができる。まさにセキュリティーホール県境である。

今まさにセキュリティーホール上を走っています
三重県側からみた木曽岬境港
セキュリティーホール上で記念写真でも撮っとくか
木曽岬町の自治体名が入った看板
三重県から県境を超えることなく愛知県に侵入⋯⋯
いつの間にか愛知県弥富市に到着

地図で見ると、三重県側の港が木曽岬境港、愛知県川の港は鍋田川境港となっており、名称が違うらしい。

おそらく、実質的な境界は真ん中のラインではあるんだろうけれど、なぜこの部分だけ境界が未定なのかはよく分かっていない。

セキュリティーホール県境の前後にある県境ラインは鍋田川という川に沿っているが、この川は、かつては今よりも大きな川だった。

川の上の県境は、概ね川の中心線に沿って引かれるというのが原則のようだが、澪筋といって船の通り道にそって境界が引かれることもあり、これが正解といったものはない。ケースバイケースで決まっているらしい。

三重県木曽岬町は現在、愛知県弥富市とほぼ陸続きで接している一方、木曽川を挟んで、三重県桑名市とは離れて存在している。

真ん中が三重県木曽岬町。県境(赤実線)を挟んで愛知県弥富市に隣接するものの、三重県桑名市とは木曽川を挟んで離れている

鍋田川は、1959(昭和34)年の伊勢湾台風までは木曽川のおおきな支流ではあったものの、伊勢湾台風以降、川は埋め立てられ、小さな用水路しか残っていない。

木曽岬町は、村だった1956(昭和31)年に愛知県の弥富町(現・弥富市)との越境合併を村議会で決議したことがある。

しかし、これは村を二分する大論争に発展し、議会が解散するなど大いに揉めた。1959(昭和34)年8月に越境合併は見送られ、紛争が解決したが、その1ヶ月ほど後に伊勢湾台風の被害に遭っている。

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伊勢湾台風復興住宅を見る

セキュリティーホール県境の愛知県側、鍋田川境港のすぐとなりに、鍋田干拓という集落がある。 

ズラッと屋敷がならぶ鍋田干拓の集落

もともと、鍋田干拓のあたりは江戸時代には干拓が行われ、農地が作られていたものの、高潮の被害により明治時代にはすべて水没してしまっていた。

戦後、食料増産の政策がとられ、鍋田干拓も再び干拓を始めることになり、1958(昭和33)年には整地や土地改良などが進み、1959(昭和34)年に164戸330人あまりが入植した。
しかし、その年の9月26日に伊勢湾台風が襲来、干拓地は推定7メートル以上にも達する高潮の被害に遭う。海岸堤防のほとんどは決壊し、入植者の4割にものぼる133人の犠牲者が出た。
水浸しになってしまった干拓地は、その後4ヶ月にわたって水が引かなかったという。

大きな被害を受けた鍋田干拓だったが、被災後、コンクリートブロックによる3階建の「伊勢湾台風復興住宅」という住戸が建てられた。
その時に建設された復興住宅が、今もいくつか集落に残っている。

こちらの復興住宅は、すでに使われていないようだった
このように復興住宅がまだ使われて残っているところも多い

復興住宅は1階が納屋や物置、2階部分が住居で、3階が普段は子供部屋として使い、水害時には避難するために使う部屋だという。

もともとはパステルカラーだったのだろうか

輪中にあったといわれる「水屋」の発想に近いかもしれない。

木曽三川公園にある水屋

伊勢湾台風復興住宅は、東京工業大学の勝田千利(かつたちとし)氏が中心となって設計したもので、同じようなコンクリートブロックによる耐水害を考慮した建築物は、愛知県碧南市の川口干拓、西尾市の平坂干拓、三重県桑名市の城南干拓などにも存在しているものの、現存数や資料が豊富なのは鍋田干拓だという。

これらの復興住宅は、老朽化により年々取り壊されて減っているらしい。伊勢湾台風から、どのように復興したのかを示す貴重な資料でもあるので、なんらかの形で保存されるものがあればいいのにとは思う。

参考資料
『令和4年全国都道府県市区町村別面積調』国土交通省・国土地理院
『「伊勢湾台風復興住宅」の建築デザインに関する史的研究』堀田典裕
『戦後愛知県鍋田干拓調査報告』森武麿・齊藤俊江・向山敦子

編集部からのみどころを読む

編集部からのみどころ
地理や県境の話なのですが、冒頭からディストピアもの、急に領土問題扱いしたりや税収の裏話など脱線の面白い記事でした。富士山の固定資産税の話、面白いですよね。かと思えばそういう脱線抜きにしても県境未定地についてしっかり説明されていて、めちゃくちゃ出汁が効いてる記事ですよこれは。3回くらい通して読んで味わってほしいです。(石川)

おまけ画像

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