神秘のウミヘビなのでした
久高島のイラブーは噂どおり神秘のベールに包まれていた。僕の食べたイラブー汁も、こういう様々な経緯を経て生まれた崇高な味だったのだな、と改めて思ったのでした。
沖縄の市場を歩いていると原付のタイヤみたいなものがまとめてぶら下がっていることがある。最初なんだかわからなかった。
だけどあれ、よく見るとヘビだ。
しかも食材らしいので食べてきました。
※2006年8月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
これ、じつは燻製にされたウミヘビなのだ。エラブウミヘビという沖縄近海に生息するウミヘビで、沖縄ではイラブーと呼ばれている。生きている姿はこんな感じ。ウミヘビには魚類のものと爬虫類のものがいるが、このエラブウミヘビは爬虫類の方に入る。要するに海に住むヘビなのだ。
生きているエラブウミヘビはコブラの10倍以上の猛毒を持っているらしいが、燻製になるともちろん毒はない。イラブーはかつては琉球王朝の高貴な人々しか食べることができなかったと言われており、現在でも高級食材として取引されている。たとえばこのタイヤみたいなやつ、一匹8000円とか大きいのだと15000円くらいの値段が付いている。
燻製にされたイラブーは吊るされて売られていることが多い。ぐるぐるに巻かれたものとまっすぐのままのものがある。どちらも魔女の薬作りに使われそうなインパクトだ。店頭に吊るされたやつをしげしげと見ていると、店の人がやってきて解説してくれた。なぜか小声だった。
「お兄さんお兄さん、イラブー、よく効きますよ(小声)。こうやって削った粉を僕も毎日飲んでるんですけどね、そりゃもうバンバンですよ。」
小声だったのでバンバンなのかパンパンなのか聞き取れなかったが、まあどちらにしろそんな感じらしい。そう、イラブーはいわゆる強壮剤として用いられているのだ。
そんなバンバンの店員さんが教えてくれたイラブー料理の食べられるお店へ行ってみた。ごく普通の定食屋なのだが、メニューを見ると確かに書かれている。
イラブー汁 1500円
この1500円という値段、だいたいゴーヤーチャンプルの定食でも500円くらいで食べられてしまう沖縄の定食屋において、かなり高いと感じる。さすがかつての王宮料理だ、値段からして期待がもてそう。注文してみた。
そして出てきたイラブー汁がこちら。どうしますか、寄りましょうか。
寄るとほら。ヘビだ。
予想はしていたが、やっぱり見た目すごくヘビだった。ヘビというかワニというか、とにかくこのウロコだ。ちなみにヘビの下には豚足が隠れている。
汁からは昆布だしの良い香りが漂っているのだけど、いかんせんヘビが入っている。でも滋養強壮だからな、というか正直1500円するからな、という点で自分を納得させ、箸をつけてみた。
燻製にされたカチカチのウミヘビを食べるには、まずお湯で戻してさらによく煮込む必要がある。その過程でウミヘビはやわらかさを取り戻し、強壮エキスをじわじわと放出していくのだ。汁に入ったウミヘビはすくうだけで皮と身がはがれるくらいにやわらかくなっていた。でも正直はがれなくていいですから、とも思った。
恐る恐るスープを一口すすってみる。
・・・
あ、これすげえうまい。
昆布だしの中に何かおもいっきり力強い生命体から抽出したであろうエキスの存在を感じるのだ。いくつものアミノ酸が複雑に絡み合って昆布と一緒に攻めてきた、そんな感じの味。もちろんこれこそがウミヘビから出ただしなわけだ。一緒に煮込まれている香草のおかげか、嫌な匂いもまったくない。ウミヘビ自体も食べてみたが、とにかく小骨が多く、食べられる部分はほとんどなかった。
僕がうまいうまいってウミヘビを食べていると、後ろを通りかかった外国人観光客らしき団体が覗き込みながら「・・マイガーッ」とか「ジーザス」とかつぶやいていた。あの人たちは、まだ本当の沖縄料理を知らないのだ。
と、今回はウミヘビの汁を飲む、それだけのレポートになってしまったのですが、実は他にも取材していたので見てください。
イラブーは主に八重山諸島(石垣島など)や、久高島近海に生息している。久高島は琉球の伝説の神が最初に降り立った場所として、沖縄で最も神聖とされる島なのだ。イラブーは主にこの久高島で燻製にされているらしい。その様子が見たくてフェリーに乗ってやってきた。
久高島は沖縄本島からフェリーで20分ほどで着く離島の中でもかなり手軽に渡ることのできる島だ。それなのに観光客の姿はほとんどみあたらない。観光客が求めがちな沖縄のビーチリゾートなイメージはこの島にはないからだ。その代わりに古くから手の入っていない、昔ながらの沖縄の風景がここにはある。
イラブーを探して海へとやってきた。なんでもイラブーを捕獲できるのは島でも神に許可を得た数名のみらしい。なので僕なんかがふらっと行って捕まえられるようなものでは当然ないわけだけれど、何かその神秘的な情報だけでも得られないものかと思いやって来たのだ。
そんなときに沖の方からおじさんが船に乗ってどんぶらことやってきた。この人もしかして許された人なんじゃないか。生きたイラブーとか持っていないだろうか。
すみません、イラブーって捕れるんですか。
「イラブーはな、いないよ。あれは夜だな。しかも今年はまだだ。」
おじさんはなんと自作らしき発泡スチロールの船に乗っていた。これでいつも漁に出ているのだという。接触した第一島民がかなりのつわものだった。そんなおじさんからイラブーについて話を伺った。
島の観光案内所でも聞いてみた。
「イラブーは今年はまだだよ。130本くらい集まったらまとめて燻製にするからね。時期は毎年違うからな、いつになるかわからんな。」
とのこと。収穫量がまとまらなければ燻製作りを始めないらしいのだ。しかも燻製作りもこれまた限られた者でないとできないらしく、伝統的なその手法や詳細は極秘で教えられないのだとか。こうした厳しい制限を設けることで、神の島のウミヘビは守られていたのだ。
久高島のイラブーは噂どおり神秘のベールに包まれていた。僕の食べたイラブー汁も、こういう様々な経緯を経て生まれた崇高な味だったのだな、と改めて思ったのでした。
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