痛みは慣れるもの
ウイルスや細菌に対して同じ薬を同じ量つかい続けていると、その攻撃に慣れてきて、だんだん効かなくなってくるという。耐性というやつだ。
これを節分に置きかえて考えてみるとどうだろう。
鬼は、昔から毎年大豆の節分豆で攻撃されている。
最初こそ、「地味に痛いな」とか「顔に当てるのはやめてほしいな」とか思っていたと思う。
でも毎年それをくらっているうちに、いまや耐性ができ、何も感じなくなっているのではないだろうか。きっと皮膚もカチカチに硬くなっている。
ということはだ。私たちは節分の豆まきを毎年やっているが、ぜんぜん鬼を退治できていないことになる。
誰でも、普段の生活の中で「ついてないな」と思うことがあるだろう。僕はこの間、ドラッグストアのレジで使おうとしたクーポンが1日前できれていた。
これは全部、私たちが鬼をちゃんと退治できていないからだ。豆まきは大豆ではもう弱い。
鬼を倒してきちんと福を呼ぶために、今すぐ大豆より殺傷力の高い節分豆をさがさないといけない。世界中の福のため、僕が勝手に立ち上がろう。
大きさのマカダミアナッツ、尖りのアーモンド
大豆より殺傷力の高い節分豆をさがすため、自ら鬼になって、それぞれの豆の威力を体感してみる。
用意したのは、大豆の節分豆に加えて、マカダミアナッツとアーモンド。
マカダミアナッツはその大きさ、アーモンドは先が尖っているのが強そうだったので抜てきした。
マカダミアもアーモンドも厳密に言うと豆ではなく木の実(ナッツ)なのだが、鬼をしっかり退治するため、今回そこは目をつぶりたい。
大豆
それでは、1つずつ試していこう。
最初は大豆。まずは基準として、普段まいている節分豆がどれくらいの威力なのかを味わっておきたい。
今日は鬼をやっつけるための実験だから、思いっきり投げていいよと子どもたちに説明し、いざスタンバイ。
ただよく考えてみると、僕は節分豆を投げられることがはじめてだった。投げ手と向き合って気づくが、これ、痛さとかの前に、みんなが僕を囲んで物を投げつけようとしていることがおっかない。
痛い。
ぎゃーと声をあげるような痛さではないが、痛くないかというとそんなことは全然ない。弱火の痛み。
しかも、全身にまんべんなく飛んでくるので防ぎようがない。これで攻撃しようと思った先人たちの気持ちは理解できる。
しかし、30秒もすると、
予想通りだんだん慣れてきて、痛いとは感じなくなってきた。もちろん嫌ではあるが、「雨降ってるけど傘はささなくても大丈夫かな」ぐらいの感覚だ。
はじめて豆を投げられた僕でも30秒で慣れてしまった。毎年これでもかとくらっている鬼は、もうとっくに慣れているだろう。なんなら、痛そうな演技までしてくれているかもしれない。
やはり、大豆での豆まきはもう鬼には効いていない。
マカダミアナッツ
つづいてマカダミアナッツ。
大豆よりはるかに大きく重たいので、その威力に期待したい。
するとさっそく、
鬼が膝からくずれたぞー!!思わず、現場から村のみんなに伝令がはしる。
マカダミアの大きさと重さがあれば、急所にピンポイントで当てることで鬼は一発ノックアウト。ちゃんと痛い。
しかし、喜びもつかの間。その後は大豆のときと変わらない豆まきに。
急所に当てればノックアウトできることは分かったが、その急所はかなり限られていて、ダーツの的のど真ん中に当てるぐらい難しい。
それ以外の場所に当たったときも、大豆より威力が増しているのは感じる。ただ、耐えられない痛みかというと全然そんなことはなく、これもまた時間がたてば慣れてしまう。
大きな収穫はあったが、鬼を倒せる確率でいうとかなり低そうだ。
・サイズが大きく重たい分、大豆より攻撃力あり。
・でもやっぱり慣れる。
・難易度は高いが、急所にピンポイントで当てられたら一発KOできる。
アーモンド
最後にアーモンド。
尖った部分を活かして、チクッとした痛みを与えることに期待していたが、結果から言うとうまくいかなかった。離れた場所から投げて、その尖った部分をピンポイントで鬼に当てることが難しい。
ただ、接近戦に持ちこむことができれば、その尖った部分で鬼のワキやヒザをくすぐる攻撃はものすごく効果があった。
・尖った部分を鬼に当てるのが難しい。
・なので強さは大豆と変わらない。
・鬼のふところに入って、尖った部分でくすぐることができたら勝てる。
マカダミアナッツとアーモンド、それぞれ大豆とくらべれば有効な攻撃があった。ただ、マカダミアを急所にあてるのも、アーモンドを持って鬼のふところに入りこむのもなかなか難しい。
どちらも「必殺」と呼ぶにはほど遠く、大豆より殺傷力の高い節分豆さがしは振り出しにもどってしまった。
世界最大の豆「モダマ」という光
このままでは、今年もまた鬼を退治できない節分になってしまう。また1年、クーポン券の期限を切らす毎日なのだろうか。
そんな不安を抱きながら、その後もあらゆるところで強そうな豆をさがしまわった。
どこへ行っても強そうな豆は見あたらない。やはり、豆で鬼を退治するのは無理なのかもしれない。というか、なぜ私たちはこの時代に豆で立ち向かおうとしているのだろうか。
そんな元も子もない疑問を抱きかけたそのとき、1つの有力な情報が入ってきた。なんでも、「モダマ」という名の世界最大の豆が、神奈川で手に入るという。
理解が追いつかない大きさ
情報を聞きつけやってきたのは、神奈川県の相模原市。小田急線の東林間駅から歩いて10分ほどのところにある、「うみねこ博物堂」というお店へ。
こちらのお店は、自然科学に関するものと古物を扱う雑貨屋さん。
珍しいものだらけの店内に、思わず本題を忘れそうになる。そうだ、モダマだ。世界最大の豆をさがしに来たんだった。
店主の小野さんにうかがうと、ちょうどインドから入荷したばかりだと、お店の奥から持ってきてくれた。
それがこちら。
「世界最大の豆」と聞いて、皆さんはどれぐらいのサイズを思い浮かべるだろうか。僕は正直、大きくてもマカダミアナッツの倍ぐらいかなと思っていた。しかし実際の「世界最大」は、直径4~5センチぐらいと想像をはるかに上まわってきた。とにかくでかい!
自分の中の豆の概念にはないサイズに、「お前はほんとに豆なのかい?」と戸惑っていると、小野さんが今度はその莢(さや)を持ってきてくれた。
ここまで見せていただき、ようやく認識が追いついた。間に枝豆をはさまないとイメージできない居酒屋頭が悲しいが、なるほどなるほど、確かに豆だ。
世界最大の豆はほぼ石
大きさに加えて、もう1つ特筆すべきはその硬さ。
モダマは、その表面を栗のような茶色く硬い殻で覆われている。しかも弾力は一切なく、おはじきのように硬い。
モダマどうしをぶつけてみました。このパチンパチンという音で、硬さの具合が伝わるでしょうか。
重さも、今回見たなかで大きいものだと30グラム近くあった。豆ではあるが、ほぼ石と言っていい。完全に武器だ。殺傷力が高そうだぞ。
海をわたる豆モダマ
そんなモダマについて、店主の小野さんにもう少し詳しく教えていただく。
熱帯から亜熱帯にかけて分布しているツル性の植物で、木のようなツルを大きく伸ばし、その先に莢(さや)ができます。
日本では、屋久島や奄美大島、沖縄本島や八重山諸島など。海外だと、アフリカやインド、東南アジアや台湾などに自生しています。世界で30種ほどが知られています。
木のようなツルと聞くと、まさに「熱帯から亜熱帯」といった力づよい感じがする。あんなに大きな豆がなるのだ。野菜のようなヒョロヒョロしたツルでは支えられないだろう。
あと、カラが分厚いので、何年も浮力を保っていられます。
海をわたって発芽する。モダマはそのサイズだけでなく、種を広げる戦略のスケールまで大きかった。
桃太郎も海をわたって鬼が島に向かったことを思うと、ますます鬼退治にうってつけの豆だと思えてくる。
なんと、小野さんの知るかぎりでは、今まで節分の豆まきのためにモダマを買いにきた人はいないという。やっぱりみんな、大豆で鬼が退治できてると思っているんだろう。
ここはやはり、自分が立ちあがるしかない。その気持ちを新たにし、モダマを買い、お店をあとにした。
大豆より殺傷力の高い節分豆はモダマ
世界最大の豆、そして、世界でいちばん殺傷力が高いと思われる豆モダマを手に、やぁやぁと再び公園に。その威力のほど、また身をもって体感してみよう。
ただ、この豆の大きさと硬さを見るかぎり、今回は本当に鬼退治ができてしまいそうだ。人間としての僕はそれでいいのだけど、鬼役としての僕はそれだと明日仕事に行けなくなってしまうので、まずは子どもたちに投げるふりだけしてもらうことにした。
ダメだダメだ、こわすぎる。もう鬼としてはこの時点でギブアップ。これはもうぜったい鬼退治できる。大豆より殺傷力の高い節分豆、それはモダマだ!
やさしさを確かめ合うモダマ豆まき
と、早くも結論は出てしまった。
ただ、このままモダマでの豆まきなしで終わってしまうのは残念だ。
幸い子どもたちも、「これ本気で投げるのはあぶないね」と理解してくれている。良かった。
ならばとみんなで相談し、下投げで鬼にあてることでまとまった。
すると、
投げ手は鬼の痛みを気づかい、鬼は、人間がやさしく投げてくれたら全力でほめ、感謝する。そんな、やさしさを確かめあう豆まきが生まれた。
「大豆より鬼の殺傷力が高い豆をさがす」と意気込んで始めた豆まきだったが、必殺の武器と思われたモダマによって、人と鬼には融和が生まれた。人と鬼は、倒す倒されるではなく、共存して豆まきというイベントを楽しめば良かったのだ。
豆まきはやさしく行われ、モダマは子どもたちに大人気。休日の公園というシチュエーションもあって、豆まきは「THE平和」という雰囲気のなか終了したんじゃとさ。
めでたしめでたし。
取材にご協力いただいたうみねこ博物堂の小野さんいわく、モダマにはハートの形をした種類があり、ヨーロッパの方ではSea Heart(シーハート)と呼ばれて昔から珍重されてきたそうだ。
私たちにとっての四つ葉のクローバーのように、きっと見つけたら嬉しい気持ちになるのだろう。
今回、モダマで鬼退治ができることは投げるまでもなく分かった。そして、実は福の要素も持っている。モダマで豆まき、意外とありなのかもしれない。
何より、豆がでかくてきれいなので盛りあがります!
【取材協力】
うみねこ博物堂
住所:神奈川県相模原市南区相馬1-2-2 メゾンド東林間101
営業時間:11:00~19:00
定休日:火・水・祝日