三葉虫はかわいい
寿司をとると転倒することはさておき、動く三葉虫を見て胸にこみ上げてきた感情は「かわいい」だった。
三葉虫が現代まで生き残っていたら、人気のペットになっていたかもしれない。あるいは寿司ネタか。
回転寿司のレールって、三葉虫に似てる。
そういう、にわかには理解しがたい思いが脳内でくすぶり始めてから、半年近くがたった。
一度「似ている」判定を下してしまうと、実際はどうあれなかなか頭から追い出せないのが人間というもの。
ここらで自分で作った三葉虫に寿司を運ばせて、邪念を供養してやらねば。
まず、直接の原因はレールの上を流れる寿司が少なくなったことにちがいない。
最近の回転寿司屋では、食品ロスを減らすためか、平日の昼ともなるとレーンの上はガラガラで、寿司よりもお品書きの方がたくさん流れていることも少なくない。まるで現物の寿司は絶滅危惧種になったみたいだ。
同席者との会話が途切れたりした時に、寿司が豊富に流れていれば寿司を眺めることができる。寿司がないから、代わりに列をなして行進する三日月型の板を見つめるしかない。
そして思うに、ここに三葉虫がつけ入る隙がある。
たぶん、この三日月型の板だけを見せられても三葉虫を連想することはない。
しかしである。
(→三葉虫は何億年も前に絶滅している!)
(→三葉虫は海の底を這ったり泳いだりして生活していたと考えられている!)
(→三葉虫は節足動物!)
みたいにして、少しずつ外堀が埋められていった結果、「回転寿司のレールは三葉虫みたい」という発想が出力されたのだ。
我ながらどうしようもない強引なこじつけだとは思うけれど、先日友達と回転寿司を食べに行った際についこのことを口にしたら、「わからなくもない」というような返事がかえってきた。
「わからなくもないなら、まあ、ありってことだな」
勝手に背中を押されたことにして、寿司運び三葉虫の青写真を描き始めた。
帰宅してGoogleフォトの底をあさってみたら、以前どこかで撮った三葉虫の化石の写真が出てきた。
「Conocoryphe sulzeri」で検索すると、どうも目を持たないことが特徴の種らしい。
似て......なくもない?
寿司のレーンを見てイメージしていたうろ覚えの三葉虫像に比べて、実際の化石はかなり寸詰まりだったというのが正直な感想だ。
でもほら、頭のところはちゃんと三日月型だし。なんて言い訳を言っても仕方ありません。こいつらが現代に蘇って寿司を運んでくれるんだから、それだけで十分華があるはずだ。
ひょっとしたら誰かの参考になるかもしれないので、三葉虫の作り方を説明しておこう。
まずは、動力になる部分だ。
これは最初、ラジコンを使うつもりだった。
ネットで調べてダイソーで売られているスポーツカーのラジコンに目星をつけていたのだが、現物を見に行くと思っていたよりかなり大きかった。
これでは、カレー皿みたいなサイズの三葉虫になってしまう!ということで、操縦することはすっぱりと諦めて、電車のおもちゃとレールを買ってきた。
敷かれたレールの上を走ることしかできないが、それで十分である。
「新幹線923形 ドクターイエロー」という細かい商品名がついている。凝ってるなあ。
石粉粘土を使って三葉虫の形を作ることも考えたのだが、土台の電車が重さに耐えられるか微妙だったので却下。拾ってきたダンボールを切ったり貼ったりして形を作ることにした。つくづく安上がりだぞ、三葉虫!
さて、三葉虫の名前は、体が真ん中の軸部とその両脇の肋部の3つに縦割りできることからついたそうだ。
作る時は、この3つの軸を意識するとそれっぽくなりそうである。
以前にイカとタコの靴を作った時にも感じたことだが、足の多い生き物を工作で再現にあたっての避けて通れない苦行が、この延々足を作っては取り付けるという工程だ。
「足なんか2本ありゃ十分だろ!」
という、二足歩行目線からの怒りが湧いてくるが、イライラしても三葉虫の進化が早まったりすることはないので地道に作るしかない。
形はできた。
色を塗ろうかとも思ったのだが、ダンボールの黄土色とカサついた質感がとてもしっくりくる感じだったので(たぶん、化石の状態でしか三葉虫を見たことがないからだろう)そのままにしておくことに。
あとは電車の上にポンと取り付けるだけである。
レールに載せる前に、床の上を走らせてみた。
スイッチを入れた途端、予想外の逆走を始めたので驚いた。どうも前後を逆にして取り付けていたらしい。
でも、逆走するのが間違いとも言い切れないのではあるまいか。
カニだって、化石しか残っていなければ他の生き物と同じように前に歩いていたと考えられたかもしれないじゃないか。
滅んでしまった生き物について、我々が確信できることはそれほど多くないのだ。
台車を180°回転させて固定しなおし、レールにオン。
さあ、いよいよ寿司をのせて回転しますよ。
心配していた転倒はなかったので、そこは一安心。
順調にぐるぐると回り続ける寿司運び三葉虫を見ていると、回転寿司のレーンに似ているかどうかはどうでもいいように思えてきた。
よくわからないものが物を運んでくれるというのは、愉快なものだ。茶運び人形なんかも、たぶん同じ発想で作られたに違いない。
背中の寿司を食べるために取り上げたところ、なんと一周するかしないかのうちにあっさり脱線してしまった。
どうやら、上にものがのっていないと揺れが大きくなって車輪が浮いてしまうようだ。
三葉虫を走り続けさせたいなら、一度おいた寿司は取れないことになる。
使用者は寿司を食べるか、かわいい三葉虫を動かし続けるかの究極の2択を迫られることになるのだ(寿司を「運ばせる」ことが目標なので、要件は満たしたということでよろしくお願いいたします)
寿司をとると転倒することはさておき、動く三葉虫を見て胸にこみ上げてきた感情は「かわいい」だった。
三葉虫が現代まで生き残っていたら、人気のペットになっていたかもしれない。あるいは寿司ネタか。
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