最北端の無人駅「勇知駅」
抜海駅は先にも書いたように、2つの最北端を有していた。その駅がなくなったので、最北端がそれぞれ移った。まず訪れたのは現在では南稚内駅の隣駅で、稚内市抜海村にある「勇知駅」。この駅が最北端の無人駅となる。
駅舎の形からもわかるように貨車が駅舎になっている。駅の周りには郵便局があり、お寺や神社があり、商店もある。それらがのどかな景色を作り出している。近くに「Aコープゆうち」があるのだけれど、そこでは刈払機や、牛に着せるカーフジャケットが売られていた。
駅前の阿部商店では、近くにある「明治神社」のお守りが売られていた。明治神社は歩いて行ける距離にあるけれど、無人なのでお守りを買ったりすることはできない。阿部商店で買うというシステムになっている。
無人駅ということもあり、とても静かな駅だった。その周りも静かだった。しかし、人の営みを感じることができる駅だった。抜海駅が開業している当時はどんなものだったのだろうと思う。なくなってから行くのではなく、ある時に行かなければ、本当の雰囲気は感じ取れない気がする。
最北端の木造駅舎を有する駅「兜沼駅」
次に訪れたのは豊富町にある「兜沼駅」だ。抜海駅がなくなったことにより、兜沼駅が日本最北端の木造駅舎を有する駅となった。訪れてみると、抜海駅の木造感と比べて、アパートのような雰囲気があった。
開業は1924年。先の勇知駅も1924年だ。駅名の兜沼は、駅の向こう側にある沼の名前。昔の兜沼駅の写真を見ると駅のすぐ向こうが兜沼だったように見えるけれど、今は草が伸びて見えない。季節の関係かもしれない。
駅舎があるホームとは逆のホームからは兜沼に直接アクセスできる。本当ならば踏切まで行って、という道順になるのだけれど、徒歩だとこのルートを使える。このルートも舗装されているわけではなく、両脇の草花は私の背丈よりも高く伸びていた。
この沼の名物は「菱」だったようだ。あとで紹介する兜沼駅近くの資料館に「名物菱の実採取」と書かれた写真があったからだ。今も名物なのかはわからないけれど、兜沼の辺りを歩いていると菱が落ちていた。
兜沼駅から少し歩いたところに「兜沼郷土資料室」というものがある。昔の郵便局の建物を使ったものだ。今はその隣に新しい郵便局がある。趣のある建物で、昔の写真と比べると時代が移ろっていく様を感じるとることができる。
兜沼郷土資料室は、この辺にゆかりがあるものが、びっしりと詰まっていた。馬産が活発だったのだろうか、ばんば大会準優勝などと書かれたトロフィーも並んでいた。兜沼駅の歴代駅長の名前もあり、20代目が寄付した帽子もあった。
抜海駅、勇知駅、兜沼駅では、兜沼駅周辺が一番人が多いように感じた。裏手にある兜沼がキャンプ場なのも人が多いと感じた理由かもしれない。ちなみに兜沼は、季節のせいだろうか、草が高くて基本的には全然見えなかった。

