風と太陽と長期間放置
こうして法律や規制をクリアすれば看板が完成……というわけでもない。まだまだ想定しなければいけないことがあるのだ。
「自然」である。
看板は外にむき出しで置かれるもの。雨も降るし風も吹くし太陽に照らされる。
どんな環境でも大丈夫なの?というのも確かめないとやっぱり不安だし、最悪の場合危険も伴う。そうした試験も自社工場で行っているという。
須藤さん たとえば風圧です。沖縄で想定される風圧に、アクリル面板が耐えうるか確かめるのですが、実際に風を当てるのは大掛かりな設備が必要なんですね。なので、看板の内側の空気をポンプで抜くことで気圧を下げ、面板に圧力をかけて試験をしています。
まさに「押してダメなら引いてみな」だ。この言葉が気圧にも使えるとは。
「風に押される試験」だけでなく、「風に引っ張られる試験」もある。看板の周りを風が吹き抜けると、風下側の面板が風の流れに引っ張られてしまうためだ。
須藤さん こちらはポリカーボネートの面板です。弾性があって割れにくい素材なので、自動販売機や機動隊が持つ盾にも使われていますね。面板が割れないか、そして面板を引っ張ってもフレームがひしゃげないかを確かめる試験になります。
ちなみにポリカーボネートは難燃性なので、ガソリンスタンドの看板にもよく使われるそう。さっきの消防法だ!覚えたぞ。
押したり引いたりする一方で、割と放置しておく試験もある。太陽の光にあてておく「暴露(ばくろ)試験」もそのひとつ。
あー、日に焼けて赤い字だけ消えちゃってる看板よくありますよね、と思うが、調べるのは退色だけではない。温度変化による伸縮も確かめないといけない。
須藤さん 特に「チャンネル文字」と呼ばれる文字だけを切り抜いたサインは、本体がステンレス(伸縮しにくい)、表示面がアクリル(伸縮しやすい)なんですね。四季が移ろっても異常がないか、温度や湿度を変えながら試験をすることもあります。
さらにさらに、もっと長いスパンで放置しているものもある。こちらの写真の看板、ただいま3年ほど放置されているものなのだ。
服部さん 看板の傾きや破損、不点灯などを自動的に検知する無線センサーボックスを開発しまして。その試験のために、工場の敷地内に10メートルの看板を3本立てて放置しています。日々データを取得しているのですが、せっかくなので高所作業車の研修に使ったり、いろいろ役に立ってますね。
須藤さん 東京工場には実際のガソリンスタンドを模した「モデルスタンド」があるんですよ。お客様の設備がモデルチェンジしたときに、スタンドをそのお客様の仕様にして検収をしたりするんです。たまに、間違えて給油に入ってくる方もいらっしゃいますね(笑)
鳥や虫、稲までも影響が……
法律も規制もクリアした。自然の猛威にも対応した。もうこれで大丈夫ですよね……と思ったらまだある。
「動植物」である。
須藤さん 鳥が巣を作ることがあるんですよね……。糞をされると表示が汚れるので、上面に剣山みたいなものをつけたりするんですが、鳥も賢いので「いける」と思ったら止まるんですよ。鳥よけについては専門ではないので、なかなか100%大丈夫とは言えなくて。
さらに虫も悩みの種。看板の中に入ってくるので、定期的な清掃も欠かせない。
ただ、LEDの導入によって変化もあったそう。
服部さん LEDは虫が来づらいんですよ。看板や照明がすべてLEDの店舗と、すべて蛍光灯&水銀灯の店舗が隣り合っているのを見たことがあるんですが、蛍光灯&水銀灯の店にだけ虫が集まっていましたから。
須藤さん とはいえ、田んぼの真ん中にLEDの店舗だけポツンがあったら、やっぱり虫は来ちゃうんです(笑)。光ならなんでもいい虫もいるみたいで。そうなると誘蛾灯などで対策するしかないですね。
そういえば、昔は看板の中に蛍光灯が入っていて、ときどき一部だけビカビカと切れているのが見えたりしたっけ。
LEDは寿命が長く、ランニングコストも安いので、今は「新規のものはほぼLED」なのだそう。
しかしそのLED、意外なクレームが入ったことがあったそうで……。
須藤さん まさに田んぼの真ん中にあるガソリンスタンドで、夜は真っ暗闇のなかにスタンドが浮かび上がるような、そんな場所だったんです。照明に水銀灯を使っていたころは何も問題なかったんですが、LEDに変えたら「スタンドの周りの稲だけ生育状態が変わった」というクレームがあって……。
それってもしかして、夜もLEDの光を浴びたから……。
須藤さん そうです。そこだけ稲が異常に育っちゃったんですよ。結構広範囲に光が照らされていたので、あまり広がらないように対策をしました。こんなことがあるのかとびっくりしましたね……(笑)
上を向いて歩こう
なにか珍しい看板を作ったことがありますか?と聞いてみたところ、「2001年に広告代理店の仕事で、渋谷に80倍スケールのG-SHOCKを作ったことがありますよ」と須藤さん。あったあった!109の近くのマツキヨの辺りですよね……!
「カシオ様から図面をもらって、実物も2,3個買って設計したんですよ(笑)。ゴムの質感を出すために素材はFRPにして。一度、LEDが点かなくなって、ビルの窓から乗り移ってメンテしましたね」
普段何気なく目にしている、風景に溶け込んだ、それでいて大きな看板たち。その裏にはさまざまな苦労や工夫があることを、たまに上を見て思い出したい。
取材協力:朝日エティック株式会社
画像提供:伊藤忠エネクス株式会社