特集 2019年9月19日

南伊豆の石切り場を巡るツアーに参加した

南伊豆町の山の中にある荘厳な石切り場を巡ってきました

絶景と温泉で有名な静岡県東部の伊豆半島は、古くより良質な石材の産地として知られてきた。伊豆で切り出された石材は「伊豆石」と呼ばれ、江戸城の石垣にも用いられたという。

伊豆半島の各地に散在する石切り場のうち、南伊豆町にある石切り場を巡るツアーに参加したのだが、それはまるで芸術作品のようなダイナミックかつ神秘的な空間で驚いた。

1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

前の記事:北大東島の「燐鉱山遺跡」を見に行った

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伊豆半島の南端に位置する南伊豆町

南伊豆町はその名の通り伊豆半島の南端に位置する町である。最南端の石廊崎(いろうざき)を始め、海岸沿いには荒々しくも壮大な地形がどこまでも続いている。

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伊豆半島の最南端、石廊崎
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海蝕や風食の影響だろうか、周囲にはボコボコと穴の開いた断崖が見られる
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これは石廊崎より少し西の辺り。まさに名勝というべき風景ですなぁ


目的の石切り場はこのような荒々しい海岸沿い……ではなく、内陸の山の中に位置している。青野川に沿って開けた土地があり、そこに南伊豆町の中心市街地が存在するのだ。

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伊豆には温泉が多いが、もちろん南伊豆町にも温泉施設が存在する


私が参加したのは「カノー伝説」という名のツアーである。電話で予約した際、当日は石切り場のある山に直接来てくださいということだったので、一路指定された場所へと向かう。

なお、このツアーは安全の都合上2人以上での参加が必須なのだが、この日はたまたま別の組がツアーに参加しており、私はその方々に便乗させて頂く形で参加することができた。

集合時間よりも少し前の到着であったが、そこには既にガイドさんと私以外の参加者さんが待っていた。簡単な手続きを済ませ、さぁ、いよいよ石切り場見学ツアーの始まりである。

【注意】
今回紹介する石切り場は私有地内に存在します。見学するにはツアーへの参加が必要であり、許可のない立ち入りは不法侵入で罰せられるので絶対にやめてください。ツアーの参加方法等は記事末のリンクから「カノー伝説」の公式サイトをご覧ください。

里山を下って石切り場へ

集合場所は里山の中腹に位置しており、そこから山道を下って石切り場へと向かう。

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手作り感あふれる門を開け、いざ里山に突入!
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時おり足を止め、ガイドさんが説明してくれる


この里山はかつては薪取りの場であり、備長炭の原料となるウバメガシなども生育しているとのことである。ただ、燃料としての需要がなくなった現在は放置状態のため、定期的に木を切るなど手を入れているとのことだ。里山を健全に維持していくためには多大な労力が必要なのだろう。

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想像していたよりガッツリとした山道なので、慎重に進む
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振り返ってみると――めっちゃ急傾斜! 登りじゃなくて良かった


ちなみにこの里山は、現在のオーナーのお父さんである先代のオーナーが「この山のどこかに石切り場がある」という話を聞いて山ごと購入。自ら山を歩き回って石切り場を発見し、山道を整備したとのことである。いやはや、見習いたい行動力だ。

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やがてくねくねとした九十九折の道となる
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倒木が道を塞いでいることも。「えいやっ!」とまたがって越える
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サルノコシカケ的なキノコを見たりと、なかなか楽しい里山歩きだ
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手書きのかわいらしい道標に導かれながら、いよいよ石切り場へ――

 

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まずは「小」の石切り場へ

この里山には主だった石切り場が三箇所あり、それぞれの規模から「小」「中」「大」と呼ばれている。最初に見るのは「小」で、その次に「中」、最後に「大」と、徐々に盛り上がっていくツアー構成だ。

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やがて山道の傾斜が弱まり、いよいよそれっぽい雰囲気になってきた
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おぉ、石切り場が現れた! ……と思ったが、これは目的地ではないらしい

ここでは伊豆石の種類についての説明を受けた。伊豆石には硬質な安山岩と、軟質な凝灰岩の二種類あるとのことだ。伊豆半島北部の石切り場では前者が、南部では後者が産出されるのだという。

安山岩は硬くて風化に強く、城郭の石垣などに使われていた。凝灰岩は柔らかくて加工がしやすいものの、風化しやすいという特徴がある。南伊豆にあるこの石切り場は凝灰岩であり、民家の壁や蔵、石仏の材料などとして利用されていたそうだ。

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キ人工的に切り取られた断面を、植物の根が覆いつつある感じがたまらない


露出した岩盤に沿ってさらに進んでいくと、ガイドさんが「ここが石切り場です」と指を差した。ついに「小」の石切り場に辿り着いたのだ。

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おぉー!「小」とはいっても実に立派なものじゃぁないですか!
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水平に等間隔で刻まれた線が特徴的である

無数にみられるこの線は、石を切り出した痕なのだそうだ。この石切り場では地表から掘り下げていく露頭掘りで採掘していたとのことで、その切り出した石材の幅が線として刻まれているのである。

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よくよく見ると斜めに走るノミの痕も残っており、その質感が素晴らしい

この石切り場では江戸時代から採掘が行われており、明治時代に入ると栃木県の大谷石や千葉県の房州石にシェアを奪われつつも存続していったが、大正12年(1923年)に起きた関東大震災で石造の家屋が軒並み倒壊したことにより石材の需要が激減。さらにはコンクリートや安価な海外産石材の普及によって、昭和初期に採掘が終了したという。

閉山してから随分と時間が経った現在は、木々に覆われつつありまるで古代遺跡のようなたたずまいだ。風化しやすい凝灰岩なだけあって所々にヒビも目立つが、それがまた味わい深い風情を醸している。うーん、実に素晴らしい石切り場ではないか。


続いて「中」の石切り場へ

「小」の石切り場を見た後は「中」へと向かう。「小」も充分良かったのだが、それより規模の大きな石切り場ということで、期待が高まるというものだ。

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「小」から山を周り込むように「中」へと向かう
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途中には円形の炭焼き小屋跡があった。……といってもほとんど原型を留めていない
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先代のオーナーが山道を整備すべく、炭焼き小屋の石材を転用したそうだ

この山道を歩いていて思ったのが、私有地であるにも関わらず、普通の登山道のようにキチンと整備されているということである。急傾斜の部分には階段を築いており、ルート上には道迷いや滑落を防ぐロープも張られている。お陰でこうして安全に石切り場まで到達できるのだから、ありがたいものである。

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程なくして「中」の石切り場が姿を現した
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キ狭い入口の奥に部屋が広がる、L字状の空間だ

ここもまた、地表から下へと掘り込んだ露頭掘りの跡である。縞模様が刻まれている壁には苔がむし、植物の根が垂れ下がっている。「小」より入り組んだ作りということもあり、より遺跡然としていてカッコ良いぞ!

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やはり風化が進んでいるようで、壁の一部が崩落していたりもする
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この石積みは人為的なものなのか、自然なのか、いずれにしろ崩れかけている


なんだろう、この自然に還りつつある石切り場の佇まいには、心がグッとこざるを得ない。差し込む陽の光に照らされた苔が蛍光色に光り、ただの遺跡にはない美しさを見せている。

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これはもう、ひとつのアートといっても良いのではないだろうか
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キ石と人と植物とが織り成す芸術作品である


かつて人の手で掘り込まれた石切り場が、時の経過によって美しく昇華した素敵空間。うーん、なんだかもう、充分に満ち足りた気分になってきたぞ。

……いやいや! まだ「大」の石切り場が残っているではないか。それを見ずして帰ることなどできやしない。いざいざ、参ろうではないか。

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まさにクライマックス!「大」の石切り場

さぁ、それではこのツアー最大の見どころ「大」である。これが、本当に、言葉を忘れるほどに素晴らしい石切り場で驚いた。

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「中」から少し道を戻り、坂を下りたり上ったりして「大」へ
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その入口は、一見すると「中」と同じような印象だが
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い、いや、これ……深いぞ! 比べ物にならないくらいに凄く深い!
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……お、おおお……!
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おおおおー、これは凄い! 複雑に入り組んだ半地下空間だ!
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キこれまでとは明らかに違う、露頭掘りと坑道掘りを組み合わせた石切り場なのだ!


これまでは地表から下へと石を切り出してきたのに対し、こちらでは横へと掘り進める坑道掘りの技術も用いられている。その証拠が、水平ではなく垂直に刻まれた切り出し痕だ。

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天井に近い部分をよく見ると、縦に線が刻まれている箇所がある

この石切り場ではまず坑道掘りで横へ横へと掘り進み、それから下へと掘り込んでいったのだそうだ。だからこそ、このような複雑な形状になったんですなぁ。

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より良い石材を求めて掘っただけなのだろうが、結果的にこうも美しい構造体となった
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この横穴はステージのようになっており――
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ハシゴで上ることができる
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ガイドさんに記念写真を撮って頂きました!

ステージに上ったことによって視点が変わり、それまで見られなかった部分も見ることができるようになる。この空間のすべてを目に収めるべく、石切り場の隅から隅まで視線を走らせる。

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右奥にまだ空間が続いているようだ
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おそらく、あの穴から横へ下へと掘り進めたのだろう
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この祭壇のようになっている部分には、なぜかローソクが並べられていた

最初はなぜローソクがあるんだろうと思ったのだが、なんでもこの石切り場ではモデルを使った写真撮影が行われることもあるそうで、その際に小道具として使用したものだそうだ。

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湧き水を溜める穴や排水溝もある。石切り職人が仕事中に喉を潤したのだろう

いやはや、それにしてもこの石切り場内は本当に凄い。形状がとても複雑なので少し視点を変えるだけで表情が変わって見え、いくら眺めていても飽きない感じである。

とはいえツアーの時間は有限だ。名残惜しいが、石切り場に別れを告げて後にする。

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帰りは来た道を上るのではなく山を下り切り、オーナーに車で拾っていただいた

 

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三島神社で知る「カノー伝説」

すべての石切り場を見終えたものの、ツアーはこれで終わりではない。最後の仕上げとして、「加納」という集落にある三島神社に案内していただいた。

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よくある村の神社といった感じであるが
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石段とかにここの石材が使われているんですよ、とガイドさん
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おぉ、ノミの痕なんかも残っている!

また、ガイドさんには三島神社に関する興味深いお話を聞くこともできた。三島神社といえば伊豆半島の付け根に位置する三島市の三嶋大社が総本社であるが、そのルーツは南伊豆にあるのではないかという説だ。

三島は御島と書くこともでき、南伊豆で御島といえば伊豆諸島のことである。これらの島々は時に火を噴く火山島であり、中でも神津島は数少ない黒曜石の産地であることから、石器の時代には極めて重要視されていたに違いない。

三島神社は伊豆諸島の島々を崇め、噴火を鎮めるための祭祀を起源とするのではないかという。実際、南伊豆には数多くの三島神社が存在しており、なるほど、説得力がある。

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三島神社の境内には、根が繋がった二株のクスノキが聳えている


このクスノキに関する逸話も聞かせて頂いた。クスノキは丸木舟を作るのに適した木であり、船材を確保する目的で神社にクスノキを植えていたそうだ。

今でこそ道路が通されているが、かつての南伊豆は陸路での移動が困難な地域であり、舟で行き来していたことだろう。そしてこの辺りには「加納」をはじめ「カノー」と読む地名が多いという。それは丸木舟すなわち「カヌー」をツールとするのではないかというのだ。

カヌーの語源はカリブ海のハイチだそうだが、ポリネシアの言葉でも似たような発音があり、それが日本にもたらされ、地名として定着したのではないかという。これがこのツアーの名前「カノー伝説」の由来である。

うーむ、日本人南方起源説にも繋げられそうな話で実に興味深い。ポリネシアからニューギニアやフィリピンなどを経由して日本の伊豆に辿り着いていたとしても不思議ではない気がする。実際、台湾の原住民にはポリネシア系もいるらしいし。いやはや、実にロマンあふれる伝説ではないか。


自然と調和する三つの石切り場跡

今回私が参加したツアーでは、主に三箇所の石切り場を見学することができた。どれもそれぞれ異なる味と趣きがある、実に良い石切り場であった。

伊豆半島には数多くの石切り場が存在するが、大抵は手付かずのまま埋もれているか、所有者が持て余した結果、潰してしまうケースもあるらしい。ここようにキチンと管理されており、ガイド付きで見学できる石切り場は稀だろう。なかなかできない体験ができたと思う。

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伊豆南部を訪れるのは初めてだったが、今回の旅行でポテンシャルの高さを知ることができたので、ぜひまた行きたいと思う

取材協力:カノー伝説

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