ミラノ風ドリアよ、ナポリタンを超えろ
1983年に発売した、イタリアンレストランのサイゼリヤ不動の一番人気メニュー「ミラノ風ドリア」。
実はサイゼリヤ以外からも数々のミラノ風ドリアが登場し、もはや国民食としての様相を呈している。
かつての「ナポリタン」に迫るほどの浸透ぶりを見せる、“日本で生まれたイタリアン”。その快進撃はとんでもなかった。
※この記事を書き終えたあとに気づきましたが、小野法師丸さんによる記事「サイゼリヤ以外のミラノ風ドリアを食べたい」が以前に出ていたので、そちらも読んでください。
すべてはサイゼリヤからはじまった
そもそも「ドリア」自体も日本で誕生している。1930年ごろの横浜のホテルニューグランドで、初代総料理長のサリー・ワイルにより、体調を崩した外国人客のために即興で考案されたのだ。
そしてミラノ風ドリアの元祖となったのが、1969年ごろに「ミートグラタン」として誕生させ、1983年にミラノ風ドリアとして発売したサイゼリヤである。
すべてはここからはじまった、サイゼリヤのミラノ風ドリア
お察しのとおり、ミラノにドリアはない。なぜ「ミラノ風ドリア」と呼ぶか。なんでも、ふんだんに使う「ミートソース」がミラノの郷土料理を参考につくられたためらしい。
そして妥協なき品質。ホワイトソースにはぜいたくにも1食あたり500mlもの生乳を使用。改良は1,000回を突破し、常に進化を続ける。
そんなサイゼリヤのミラノ風ドリアは、僕らにとって一昔前の「とりあえずビール」くらいの存在だ。とりあえず頼んでおけば損はしない。
たった300円で出てくるその一皿は、ミートソースとクリーム、ターメリックライスがちょうどいい塩梅で絡み合う。
「とりあえずミラノ風ドリアで」
ほどよい焼き目のついたドリアが熱々のお皿とともに登場する、ライブ感ある一品。
クリーミーで食べごたえある300円とは思えない満足度だから、僕はミラノ風ドリアを頼まなかった記憶がほぼない。小さなパン、プチフォッカを付けても400円だ。
このミラノ風ドリアは480円のときから一番人気。それなのに1999年11月、いきなり290円まで下げた。この暴挙レベルの施策に、たちまち注文は約3倍に増加。
このショッキングなほどの値下げはほかのチェーンにも波及した。日本マクドナルドがハンバーガーを130円から平日65円に下げたり、牛丼チェーン各社が牛丼並を400円から280~290円にしたりと、熾烈な価格競争に突入するきっかけとなった。
その後、多くのチェーンが根を上げて価格を戻す中、サイゼリヤは最後まで値上げをしなかった。それがミラノ風ドリアの爆発的な普及につながったのだ。
1991年、ドムドムハンバーガーでミラノ風ドリアを提供した
今回の記事を書くにあたり、サイゼリヤ以外で最初にミラノ風ドリアを出した記録が残るお店を探した。
観測範囲内で見つかったのは、あの「ドムドムハンバーガー」。今では約25店舗ほどまで減少したが、90年代は約400店舗を構える一大チェーンだった。
1991年7月25日の日経流通新聞によると、ドムドムがレストランに近い食事メニューを大量導入する意図から、「時間帯メニュー」なる新商品群を導入。
その中の夕食メニュー向けとして、「ミラノ風ドリア」がエビドリアとともに導入された。時間帯メニュー自体は好評だったようだが、なんらかの理由でメニューからは消えた模様だ。
2020年7月当時のドムドムハンバーガー
ドムドムの本部にも聞いたが、現在は知っているスタッフがおらず、これ以上はわからなかった。
だが10年ほど前まではシーフードドリアなどを提供する店舗も残っていた。ドムドムファンがつくる「ドムドム連合協会」のUCさんによると、「当時ミラノ風ドリアを提供していたなごりだった可能性もある」という。
すでに冷凍食品界を席巻
その後の「サイゼリヤ以外のミラノ風ドリア」の記録が新聞等で見つかったのはぐっと後の2004年。アクリフーズ(現 マルハニチロ)が、「レンジシェフミラノ風ドリア」として冷凍品を出していた。
その後、2013年には若者人気にかこつけた日清食品が「カップヌードル チーズミラドリアヌードル ビッグ」を発表。
コクのある「ミラノ風ドリア」味のスープを2種のチーズで実現しており、2015年にはミラノ万博にもつなげて「オー・ザック ミラノ風ドリア味(ハウス食品)」も登場した。
“あのメニュー”を再現と確信犯的(ニュースリリースより)
そこから加工食品界ではどんどん勢力を伸ばし、とくに冷凍食品はミラノ風ドリアであふれかえる。
【冷凍食品】
- 満足丼 濃厚ミラノ風ドリア(明治)
- こんがりと焼いたミラノ風ドリア2個入(マルハニチロ)
- ミラノ風ドリア(生活クラブ)
- こんがりミラノ風ドリア180g(ライフ)
- Valorセレクト ミラノ風ドリア(バロー)
- mykai マイカイ おいしいミラノ風ドリア(ロヂャース)
- ミートドリア ミラノ風仕立て(ハチ食品)
- くらしにベルク ミラノ風ドリア(ベルク)
- ミラノ風ドリア(ツルヤ)
【ソース類】
- リゾッドリア ミラノ風ミートソース(ヤマモリ)
- 1日分の緑黄色野菜のミラノ風ドリアソース3個パック(ヱスビー食品)
- ビストロ倶楽部 ミラノ風ドリアソース(丸大食品)
これだけある。スーパーに行くと冷凍食品コーナーに1~2種類が置いてある印象だ。そこで、冷凍食品のミラノ風ドリアを3つ買ってみた。
マルハニチロは2個入り
明治は本家に負けないサイズ感
どれもクリームにターメリックライス、そしてミートソースのかかる構成は変わらない。そこに具材が入るなどの商品ごとのアレンジが加えられる。
ライフのPB品はシャリシャリの玉ネギを感じられる
マルハニチロはクリーミーで心地いい
1食200kcal台の軽食といった風情の商品が多い中で、1皿で満足できるのが明治の満足丼 濃厚ミラノ風ドリアだ。
明治のものは、「満足丼」のネーミング通りのボリューム。茄子もゴロゴロと入っており、たしかに満足できる。
いずれもおいしい。商品ごとに特徴はあるが、どれも「ミラノ風ドリア」の名前にふさわしい統一感のある味だった。
「ミートソースドリア」の名でコンビニも制圧
ちなみに、ミラノ風ドリアとの名が付かなくとも、「ミートドリア」「ミートソースドリア」などと名付けられた、インスパイア系メニューは数多い。
代表例がコンビニだ。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンの三大チェーンではそれらの名前で販売されている。
2018年10月撮影。現在はバターライスのミートソースドリア(321.84円)になっている
飲食チェーン店でも「ミートドリア」などと呼ばれることが多い。とくにファミリーレストランではココスに加え、ガストでもかつてレギュラーメニューとして提供。現在もデリバリー限定で存在する。
別に「ミラノ風ドリア」が商標登録されているわけでもないが、ライバル会社の看板商品の名前をそのまま付けるのは、どこか後ろめたいからだろうか。
そのほかにも、「ちょっと変えたネーミング」でメニューに載っていることは多い。
個人的には「ミラノ風ドリア」なる、サービスメニューらしからぬエレガントな香りのするネーミングが好きだ。ぜひ堂々と「ミラノ風ドリア」と名乗ってほしい。
不二家レストランにもミラノ風ドリアがある
そのほか飲食店でも「ミラノ風ドリア」の名前で提供されているお店は多い。とくにイタリアンや、酒業態では目立つ。
なおローカルチェーンでは関西に展開する「ココイロカフェ」、東海地方の「あおい珈琲」などでミラノ風ドリアがある。
そして全国チェーンのお店でミラノ風ドリアを提供しているのが、不二家レストランだ。一部の店舗を除いてメニューにある。
ファンシーな外観
不二家レストラン、前に入ったのはいつ以来だろうか。往年のレストランにあったワクワクを今も保持し続ける、古風なレストラン。
なかなかの高級品だ
スパゲティーペスカトーラ&茄子のミラノ風ドリア(1,390円)を注文した。
メインディッシュとしてミラノ風ドリアが君臨する
ここでミラノ風ドリアは、貝殻型の器に入ってうやうやしく登場する。5~6口で食べ切ってしまえそうなプチサイズだ。
具材たっぷり
一口ずつ噛みしめる
あたかも、“大人のお子様ランチ”の主役的な風情を醸し出している。
パクつくと、ターメリックライスではなく白いごはんで、ゴロゴロの茄子が高級感を演出。具材のうまみが溶け込んでおり、手を付けたら、おいしさのあまりにたちまちなくなった。
米軍基地ゆかりの老舗が出すミラノ風ドリア
個人店でも、ミラノ風ドリアを出す店は日本中に点在する。その一つが、1960年創業のトスカーナだ。
立川駅に近い立地から歴史的に米軍基地の客が多く、アメリカンテイストのイタリアンを提供。先代からの60年間継ぎ足しで使われる、アメリカ式のミートソースが決め手だ。
トスカーナ店主の結城星余さん
店主の結城さんは、いまだかつて「サイゼリヤのミラノ風ドリアを一度も食べたことがない」。だが人気のほどは知っており、インターネットなどを参考に、独自のアレンジを加えて完成。2017~18年ごろに提供をはじめた。
「60年伝統のミートソースをほかの料理でも知ってほしい」との、思いから生まれたのだ。
「超絶品ミラノ風ドリア」のメニュー名。ランチセットを注文した
14時過ぎにもかかわらず、たくさんのお客さんで賑わう店内。そんな中で、やたらと存在感のある一皿がドンと置かれた。
パエリア鍋のような存在感のある皿
頼んだのは「S」なのだが、サイゼリヤの1.5倍はある。そんな迫力のあるドリアに加え、サラダとスープを従えてやってきた。これで890円である。
サイゼのミラノ風ドリアとの違いが楽しい
ワンプレートで完結できる一皿
いただいた。まずミートソースがいい。甘さや酸味が突出しすぎないようコントロールされた印象だ。
やはり食べるとかなりの量。それでいてマッシュルームの食感や風味が楽しいし、伸びるチーズの妙味もあっておいしい。
さらに、まんべんなくミートソースのかかったサイゼリヤと違い、トスカーナのミラノ風ドリアはミートソースのエリアが中央に固まっている。
そのためクリームだけの部分と、ミートソースがけの部分を交互に食べられるから、飽きない。
ゴロッゴロのマッシュルームが楽しませてくれる
たしかにこれはミラノ風ドリアだ。しかし、大いに似て非なるものであり、この違いこそが楽しく感じた。
この一皿はUber Eatsなどのデリバリーで人気を博し、新たな客層をつかんでいる。
「本気のミラノ風ドリア」と自負する
いろいろ食べて思うが、最終的にはどれも「ミラノ風ドリア」だった。
それぞれがバラエティあふれるラインナップを織りなすとともに、同じメニューとしての統一感がある。どこか「カレーライス」に近い包容力を感じた。
家庭料理や給食にも。ミラノ風ドリアよ、大志を抱け
商標登録しないでいてくれて、ありがとう
さらには家庭料理でつくる人も急増し、よく見たら母校の中学校の給食にも登場していたミラノ風ドリア。あらゆるシチュエーションで愛されるメニューとなった。
サイゼリヤが「ミラノ風ドリア」を商標登録せず、自由に名前を使えたことで、垣根を超えて広がったのだ。
20年後。さらに浸透した「ミラノ風ドリア」が正真正銘の国民食になり、遠いミラノまで逆輸入される日を楽しみに待つ。
参考文献:読売新聞 2020年7月27日、日経MJ 2018年5月9日、日食外食レストラン新聞 2009年5月4日、日本経済新聞 1991年10月15日、日経流通新聞 1991年7月25日など