特集 2023年1月29日

人も都市も「調整中」である

ある時、東京メトロの各駅に設置されているデジタルサイネージが、かなりの割合で使われていないことに気付いた。

気付いたのはコロナ禍に入ってからなのだが、いつ頃からこんなことになっていたんだろう? あまりに使われていないので元々なんの情報を流していたのかも思い出せなくなってしまった。

確か、路線図とか遅延情報とかだった気がする。電子看板に紙を貼り出している、という本末転倒ぶりに惹かれた。

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。町中で見かける片方だけの手袋を研究し続けた結果、この世の中のことがすべて分からなくなってしまった。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。

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「デジタル」とはなんぞや?

「調整中」の方が気になってきた

しかし、なんとなくチェックしているうちに、「調整中」という貼り紙の方が気になってきた。フォントや文字色や文字組方向に文字の大きさ、テープの貼り方など微妙に違う。各駅の裁量に任されているのだろう。

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こういう「たくさんあるけど、ほんの少し違う」というものが良いんですよね

駅には「調整中」がたくさん

私の本業である片手袋もそうなのだが、ある対象の観察を重ねていると“見える”体質になってしまう。“それ”は既にそこにあった。しかし、私が見えていなかっただけなのだ。「調整中」も観察を続けるうちに、サイネージだけでなく駅のいたる所に溢れていることが分かってきた。

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券売機も代表的な「調整中」スポット
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コロナ禍以降、終電時間の変更などがあった為、「調整中」になったのだろう
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紙の状態から、掲示されたのがいつ頃なのか推理できるのも楽しい

こうして私の新たな趣味、「調整中収集」が始まった。

「調整中」という言葉の良さ

勿論、「調整中」が見えるようになってくると、言葉のチョイスは「使用休止」「休止中」「準備中」「故障中」など色々あることも分かってくる。

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悪ぃ。お前にはなんか惹かれないんだよ

しかし、私はその中でもやっぱり「調整中」の響きが好きだ。個人的感覚だが、例えば「休止中」や「故障中」は故障している真っ只中であり、まだ再開に向けた動きにすら至っていない感じ。

一方、「調整中」はもう再開に向けて動き始めていて、そのために働いている人達の姿まで浮かんでくるようだ。故障はしているが、なにか前向きな印象を受けるのだ。

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よーく見ると、「点検中」が「調整中」に変わってる。やはり一歩前進してる表現なのだ

言い切ってくれる気持ち良さ

「調整中」。このたった三文字の魅力に惹かれ始めると、「くどくど説明しなくて大丈夫。事情は分かったから、後は俺っちに任せな」という境地に到達し始める。逆に長い説明文付きの「調整中」に出会った時は、(おいおい!俺っちを信用してないのかい?)とややガッカリしてしまうのだ。

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英語はともかく、他の券売機を利用しますとも
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あちゃ~。俺とお前の仲だろ?くどくど言うなって!
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お、お前!元「調整中」じゃねーか!どうしてこんな無残な姿に…
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駅以外にもあるのか?

ここまで読んだ皆さんは、この質問を私にぶつけたくてウズウズしてると思う。「駅以外にもあるんですか?」。あるよ!めちゃくちゃあるよ!町は「調整中」で溢れてるのよ!

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ここは私のお気に入り「調整中」スポット。スカイツリーの駐輪場なのだが、数が凄いのだ
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モニターは「調整中」になりがち。華やかなショッピングモールとの対比が悲しい
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香川県のバスターミナル。皆が無言で「調整中」のモニターを見つめていた
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時計に「調整中」。「時は不確定である」。哲学的にも思えるし、思えないとも言える

あらかじめ決められた「調整中」たちよ

ここまでにご紹介した「調整中」の多くは普通紙にプリントアウトされたものだが、数を見ていくうちにそれとはちょっと違う種類にも気付いた。シートやプレート状のものである。

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スパの休憩室で「お、空いてる!」と座ったソファーがこれ。それで空いてたのか

紙タイプは「不測の事態に急遽対応した」という感じがあるが、シートやプレートタイプは「調整しなければならないような事態が、あらかじめ想定されていた」というのが分かる。

プリントアウトはすぐにできるが、こういったものは事前に作って用意しておかなければならないのだから。

某銀行などは各店舗に共通の「調整中」が用意されているらしく、「調整しなきゃいけない機会が多いんだな」と現場の苦労に思いを馳せた。

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これはスタンドタイプ
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こちらは同じプレートを紐で吊るしている

調整はいつか必ずやってくるものなのだ。備えよ。

手書き「調整中」の味わい

プレートやシート、さらには紙にプリントアウトしたもの以上に緊急性を感じさせる「調整中」がある。「手書きタイプ」だ。

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某焼肉屋さんで。混雑している時に不具合を起こしちゃった!という焦りを感じる

不測の事態が起きて、それを周知しなければならないような時。だがPCとプリンターはない。

あなたなら急いでペンを握り、紙にどんな単語を書きつけるだろうか?そういった時に「調整中」を選択した人達を見ると、既にある程度彼らの体に染みついた表現になっているのを感じる。

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これは珍しい。駅のデジタルサイネージに手書き「調整中」が!
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でも小っちゃい!

なぜこんなに惹かれるんだろう?

私が路上で遭遇するたびに必ず撮影しているものは、本業の片手袋以外にも無数にある(*)。しかし「何故撮らなければいけないのか?」という理由に関しては、片手袋ですら未だに自分でもはっきり分からない。
*編集注:本稿を書いている石井さんは片手袋の写真を集めています。ホームページはこちら。

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撮らなくても人生に影響ないものの代表。それが片手袋。でも人生かけてます
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「ガードレールとシュシュ」という現象も長年撮ってる。何でかは分からない!

それは「調整中」も同じだったのだが。ある日、それが明確に判明した瞬間があった。

実は昨年、腕が特定の動作の際に動かなくなる症状に悩まされ、仕事を4か月も休んでしまった。現在も2か月に1回、東京から京都の病院に通っているのだが、明確に快方に向かっているというわけでもない。鬱々とした気分を引きずりながら、本来楽しいはずの京都探訪を繰り返している。

何回目かは忘れたが、いつものように京都に向けて早朝の東京駅に到着した時のことである。地下街で「調整中」の多発スポットを発見してしまったのだ。

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この並びの掲示板全部に「調整中」が貼ってあった

(朝からツイてるぜ)と思ったが、勢いは京都でも止まらない。京都駅から病院の最寄り駅に向かう途中に遭遇。

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けど、三文字で良かったどすえ

そして、病院で診察を終え支払い待ちをしている時にも、電光掲示板に「調整中」を発見したのだ。

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「調整中」の周りに枠を付けるのは意外に珍しいかも

これを見た時、分かってしまったのだ。「あ、私自身も調整中なんだ!」と。

仕事も休んでしまった。京都に来ても病院が終わったらすぐ東京にとんぼ返りで、遊べるわけでもない。お金もかかる。でも、私は「休止中」でも「故障中」でもない。

色々大変だけど、仕事もなんとか再開できた。なかなか回復はしないけど、症状との付き合い方は分かってきた。なんとか、少しずつでも前に進もうとしているじゃないか。そう、私は「調整中」なんだ!

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皆さん、私自身が「調整中」でした!

そして、それは私だけではない。病院の待合室にいる人達は皆、事情は違えど何かしら不調を抱えているし、なんとか前に進もうともしている。

私は「調整中」という言葉に自分を、人間を重ねていたのだ。

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「調整中」撮影時に自分が映り込むと、自分自身への貼り紙に思えてくる

「調整中」は人間だけじゃない

このことに気付くと、さらに飛躍した考えが頭に浮かんできた。

これだけたくさんの「調整中」が掲げられているということは、都市というものも常に調整中なんじゃないだろうか?

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試しに渋谷駅の景色に「調整中」を貼ってみる。

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長年親しんだ経路がなくなり、方向音痴の私はハチ公前にすらすんなり出られなくなってしまった。しかし、それも「調整中」と考えれば、許せる感じがする。

人間も都市も、すべてのものは「調整中」であると捉えてみたら?上手くいかないことやどうしてよいか分からないことがあっても、焦る必要はないのかもしれない。


「調整中」の終わり

ある日。東京駅の「調整中」スポットを再び通りかかったら、調整が終わっていた。

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新しいポスターが掲示されていた

我々にもいずれ、調整が終わる日が来るかもしれない。

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