私の名字は少し変わっている。
営業職をしていた頃、名刺交換をする度に名前をじっと見られ、「どこ出身ですか?」と聞かれていた。正直に「埼玉です」と答えると相手はやや面食らい、「九州や沖縄とかかと……」と返され、話がフェードアウトする。全くアイスブレイクにならない出身地ですみません。
小学生の頃、クラスメイトが自由研究で「クラス全員の名字で、同じ名字の人が日本に何人いるか調べました」という発表をしていた。
佐藤、鈴木といった王道の名字はドラゴンボールの戦闘力のような凄まじい数値を示していた。多い順にランキングされており、私の名字は最下位の80人だった。日本中にたったの80……。戦闘力だったら武器持ってる農民レベルだ。
そんな珍しい名字を鼻にかけて(はいないが)過ごしていたある日、友人から衝撃的な連絡を受けた。
「お前の名字とおんなじ地名が中野にあるよ」
えっ??
その名も「文園」
町名というより、場所の名前っぽい
調べてみたら、本当にあった。漢字まで同じだ。
しかも東京都の中野区という、なんとも身近なエリア。
そのエリアの名前は「文園」。文章の文に公園の園で「ふみぞの」です。(電話で名前を伝える時にいつも言うやつ)
私は今までの人生で一度も自分と同じ名字の他人に出会ったことがなく、それが普通だと思って過ごしてきた。そんな中で、文園町という町を知った時はなんともむず痒いような、不思議な気持ちになった。まるで生き別れの兄弟に出会ったような、妙な繋がりを感じつつも他人であることを理解しているような……
世の中の人って自分と同じ名字の他人と出会った時いつもこんな気持ちになってるの?羨ましすぎる。旅の途中で同種族に出会うみたいなもんじゃん。自分にとっては完全に初めての感覚だった。
文園町の存在は頭の片隅で知りながら、実際に訪れることはなく数年が経った2024年8月。母親から衝撃的な連絡が入る。
「文園町の夏祭りに行くと、文園って書かれたハッピをみんなが着ているらしいよ!!」
メッセージと共に送られてきた写真を見て大爆笑した。背中に大きく「文園」と書かれたハッピを着た人たちがお神輿を担ぐ後ろ姿。楽しそうすぎる……

絶対に見たい!!!!そして、これまでの人生で感じられなかった「同種族と出会った感」を感じまくりたい!!!!
いざ文園祭へ
文園町会のホームページを見ると、「文園町に住んでいない外部の方にもハッピを貸し出しています」と書かれていたので早速メールをしてハッピを予約する。ドキドキ
そして待ちに待った9月15日。お天気に恵まれ、突き抜けるような晴天と猛暑の中、JR中野駅に到着した。
参加メンバーは母、私(筆者)、彼氏、そしてカメラマンの友人Bである。ハッピはカメラマンを除く3人分予約しており、受け取ったらクリーニング代の500円を町内会に支払うシステムだ。
お祭りの提灯が揺れる住宅街を歩いて行くと、「文園町会」の文字が見えた。
あかん!!もうこの時点で相当楽しい。
至る所に自分の名字

お祭りの現場に到着してみると、ハッピどころの騒ぎじゃなかった。



あらゆるところに自分の名字が書かれている。
しかもこれまで、「珍しいね」「あまり見ない名字だね」などと言われまくってきた、私の、レア名字が、こんなにもフィーチャーされている。
もちろん、たまたま同じ名前なだけであり、私自身を奉っているわけではないことは重々承知しているが、それでもこの光景は胸に来るものがあった。
ドキドキしながら町内会のテントの下に行き、スタッフの方に声をかける。
「あのー、文園ですけど……」と告げたら不思議な空気が流れた。そりゃそうだ。自分の名字が、自分の名字以外の意味を持つ瞬間なんてこれまで無かったので混乱した。
予約をしていた……と伝えたら「あー!ハッピはこちらです!」とスムーズに受け渡しをしてくれ、予約者の名前を見て「アハハ!文園さんか!」と盛り上がってくれた。
町内会のスタッフの方曰く、文園という名字の人がここのお祭りに参加するのは初めてだそう。町の方達はとてもフレンドリーで温かく、私たちがここのお祭りを訪れた経緯もあっさりさっぱりと受け入れてくれた。
飛び入り参加にも優しい町内会の皆様

続々と、お神輿の担ぎ手が集まってくる。
私たちもハッピを着る。

これ、本来だったら自分主催のイベントとかでやりたいやつだ。「いやー今回はハッピ作っちゃいましたよ」みたいな。それが、町のお祭りという究極のオフィシャルイベントで実現する……自然と背筋が伸び、エッヘンという気持ちになる。
お神輿の出発を待つ間、町内会長から町名の由来をお聞きすることができた。
かつてここの地域には「桃園」という地名があり、その中でも学校や資料館といった施設が多いエリアであったため「文」と合体して「文園町」となったらしい。
へー!
しかし今では「文園町」という名称は消滅してしまい、文園町会だけが残っている状態だそうだ。だからGoogleマップで調べた時にも町名としては出てこなかったのか……
オフィシャルな町名ではなくなっても、町内会の皆様に愛され、今日ここに文園ハッピが存在しているわけである。本当にありがたい話だ。
お神輿のスタートを待っている間、お祭りに参加している方々がビールを持ってきてくださったり、お菓子をすすめてくださったりとフレンドリーに接してくれて、それだけで十分心が満ち足りてしまった。
挨拶の際に「初めまして、文園です」と言いながら免許証を見せるとドッカンドッカンウケたのも嬉しかった。あーこの名字で良かった。
お神輿が出発

御神酒が振る舞われ、いよいよお神輿が出発する。
みんなでお揃いのハッピを着てお神輿を担ぐなんて、小学生ぶりだ。
今回は足袋を持って来ていなかったので直接担ぐことはできず、扇子でぱたぱたと扇ぎながら横で声出しをしていた。
町内をぐるっと回ったら、公園で休憩。他の町内会のお神輿と合流する。当然ながら、他の地名のハッピの方もたくさんいる。この中で自分の本名をハッピに背負っている方は果たしているのだろうか……
お祭りはこの後も続いていくが、我々は時間が限られていたためハッピを返却し、解散となった。
帰り際、駄菓子がたくさん詰まった袋をいただき完全に小学生の気持ちになる。紙パックのミックスジュースをチューチュー吸いながら、中野駅方面に向かって歩いた。

自分の名前と同じ地名のお祭りに参加するススメ
お神輿が出るお祭りは基本的に、その場所に住む人たちによって行われるものだ。
なんとなく外部の人間は参加しにくいイメージがあるかもしれない。ましてや、「いやー、同じ名字なんで(笑)」みたいな人は断られそうだ。遠い異国だったら熊の毛皮に詰められて燃やされるかもしれない。
しかし、そんなことはない。今回思い切って参加してみて、今まで感じたことのない高揚感に包まれ、なんとなく「自分って一人じゃないんだな〜」みたいな気持ちになった。
特に私のような珍しい名字「珍名字」の方は、ぜひ一度ご自身の名字と同じ地名がないか調べてみてほしい。
もし見つかったら、お祭りがいつ頃実施されているかも確認しよう。たとえ遠くの町だったとしても、行く価値はあるはずだ。
本名、最高〜〜!

この記事は読者投稿でお送りいただいた記事です。
編集部より寸評
自分と同名の土地に行くのは独特の興奮がありますよね。僕自身も、もうずいぶん前ですが北海道の大樹町を訪れました。シンパシーを感じます。
記事の筆致も面白く、とくに序盤「あのー、文園ですけど……」のくだりでは、お互いにとって馴染みの名前なのに意味が違うので戸惑いになってしまう、同名ゆえのねじれがうまく表現されていておかしかったです。
満足感のにじみ出る「紙パックのミックスジュースをチューチュー吸いながら、中野駅方面に向かって歩いた」もいい描写だなーと思いました。(編集部・石川)
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