桃太郎以外になにがある?
僕は岡山県内に住んでいるが、県外の人に「岡山から来ました」というと、「桃太郎の!」と言ってもらうことが多い。逆に言えば「桃太郎以外に何かある?」というのが多くの日本国民の認識であろう。その認識はほぼ正しい。桃太郎しかないんじゃないかと思うくらい桃太郎だらけだからだ。
その実情をご覧いただこう。
多すぎて待ち合わせに使えない桃太郎像
まずやってきたのは岡山駅。岡山に来た人がまず訪れる岡山の玄関口である。
この桃太郎像はいわば岡山のランドマーク的な存在で、渋谷のハチ公みたいな感じだ。しかしハチ公像と違って岡山県民は待ち合わせの目印にはほとんど使わない。
なぜなら、「桃太郎像で集合ね!」と言っても、
「は?どの…?」
となってしまう。岡山に桃太郎像は無数にあるからだ。
例えば、
この駅ビルの中の桃太郎像は、TARO’s SQUAREという場所にあって、岡本太郎の作品と桃太郎がタロウというめちゃくちゃ雑なくくりでまとめられている。
このように岡山では桃太郎像が多すぎるゆえに、待ち合わせに使えない問題が生じている。しかし、桃太郎への執着はこんなものでは終わらない。まだまだ序の口だ。
2018年、交通機関は桃太郎化(=モモタライゼーション)が完了
桃太郎に異常な執着を見せる岡山は何かにつけて「桃太郎」という名称をつけたがるのだが、桃太郎を名称に付けることを「桃太郎化」(=momotarization)と呼ぶことにする。もう交通機関に関しては桃太郎化が完了した。
正直なところ、岡山県民の僕ですらこの変更は衝撃的だった。それまで吉備線でなんの支障もなかったからだ。
これに関しては「まあそうなるよね」という感想しかない。
なお、
これにより鉄道と空路はたった2年で桃太郎によって支配される形となった。
残るは自動車や徒歩、自転車などがあるが、
地方の足と言えば自動車だが、
新幹線にはさすがに桃太郎の手は伸びていないと思っていたが、先日のウェブメディアびっくりセールで新幹線に乗ろうとしたとき、
岡山での移動は常に桃太郎と隣り合わせである。岡山の移動は桃太郎を避けて通ることはできないことを思い知らされた。
ゆりかごから墓場まで桃太郎
さて、続いては日常生活に潜む桃太郎についてもご紹介していこう。
「私は関係ありませんよ」的な感じであさっての方向を向いているがれっきとした桃太郎だ。
岡山の子供はこうして幼少期から桃太郎を刷り込まれ、桃太郎エリート(?)として成長して行く。
外壁はピンクで桃太郎の名を冠するに相応しい。
しかし、残念ながら「メゾンももたろう」は無いようだ。
まだまだあるぞ
調べれば調べるほど桃太郎に関連するものが見つかるし、町を歩けば桃太郎に当たるという感じだ。
インフラも桃太郎が制圧している。
この桃ボートを漕ぐさまは多分「どんぶらこ」だ。
まだまだまだあるぞ
ここは博物館となっているが、手づくり感が満載のB級スポットという感じだ。でも意外と楽しい。
お役所関係も総じて桃太郎だし、桃太郎を使わなかった結果…
岡山県と岡山県警が桃太郎をモチーフにした結果、困ってしまったのは岡山市だ。
さすがに岡山市まで桃太郎モチーフにする事ははばかられた様だが、桃太郎という唯一無二のアイデンティティを使わなかった結果、
奇しくも岡山がいかに桃太郎に頼らざるをえないかを露呈する結果に。
民間企業も桃太郎
民間企業にも桃太郎はたくさんだ。
小腹が好いたら食べ物屋さんも桃太郎
次は食べ物に関係する桃太郎を見ていこう。
メニューにも「モモタロウ」が書いてあった。この店ではチーズ入りお好み焼きのことを「モモタロウ」というらしい。徹底している。
そして農産品では、トマトに「桃太郎トマト」という種類もある。
桃太郎トマト使用と書いてあるが、トマトなのか桃なのか分かりにくいような気もする。
隠れ桃太郎
ここからは、これが桃太郎関係であるとはパッと見ただけでは気付きにくい、隠れミッキーならぬ隠れ桃太郎も紹介していこう。
ここまでほぼ全てが桃太郎だが、珍しく鬼にフィーチャーしている。
なぜかイタリア語を使いがちである。
言葉は多用されすぎると意味を失う
ここまで見てもらった通り「桃太郎」という言葉が多用されすぎた結果、岡山県民的な感覚では「桃太郎」という言葉に「桃から生まれて鬼を退治するおとぎ話」という意味合いはもはや無い。
ネガティブな意味合いもないので、岡山県民の言う「桃太郎」を一般的な日本語に訳すと「良い」くらいの感覚だ。
つまり、岡山県民にとって「桃太郎大通り」は「良い大通り」くらいのニュアンスだ。その説明で岡山県外の人にも納得してもらえる。
そもそも岡山の桃太郎への異常な執着は何なのか
しかしそもそもどうして岡山県民は言葉の意味を失うほど桃太郎への執着をみせているのか。
吉備津彦命は家来の、犬飼健(いぬかいたける)、楽々森彦(ささもりひこ)、留玉臣(とめたまおみ)の3人と共に、この地域を治めていた温羅(うら)という鬼(渡来人)を退治したといわれる。
その物語が桃太郎の物語の元になったというのが岡山県民の信じて疑わないところである。
家来が3人いる事と、犬はちょっと名前がかすっているのと、鬼?を退治したという部分は桃太郎の話と一致しているが、なんだか関連性が薄い気がしないでもない。
なお岡山県では現在、桃の栽培も盛んだが本格的に桃の栽培が始まったのは明治以降の話だ。
そんな自信の無さの表れと、万が一、桃太郎というアイデンティティを失うと水と葉っぱ頼りなってしまう岡山は、これからも桃太郎への執着を続けて行くのだ。
もちろん桃太郎好きという面もあるだろうけど。