黒マスクくらいの感覚になってくる
1週間続けると、「お歯黒って普通やん」とだんだん麻痺してきて、「黒いマスクみたいなもん」という脳になります。
今では、「歯を緑やオレンジにするのもアリ?」と、行き過ぎの最先端ファッションも現実味を帯びてきました。
マスクが必須の今だからこそ、マスクの下でこっそりお歯黒を楽しみます。スリル満点のお歯黒ライフ、スタートです。
私は大学で美術史を勉強しています。江戸時代の浮世絵を見ることが多いのですが、そこに描かれている女性の多くはお歯黒をしています。
それを見るたびに混乱しつつ、同時に心をときめかせてもいました。
そして最近気づいたのです。
お歯黒をしてても、マスクをすれば出歩けます。基本的にバレることはありません。
今こそハリのないマスク生活に非日常をもたらしましょう。
以前、DPZの加藤まさゆきさんが伝統的なお歯黒にチャレンジしていました。
この記事によると、昔のやり方では歯が元の色に戻らない可能性があるようです。あと、染める液体がめちゃくちゃ不味いらしいです。嫌です。
軽く路頭に迷い、ネットで「お歯黒 道具」と投げやりな検索をすると、なんとお歯黒ができる演劇用品がヒットしました!演劇用品の包容力!
伝統的なお歯黒用の液体は、古鉄をお茶などで発酵させた液体ですが、この「オハグロ」は、熱すると柔らかくなり、冷えると固着するワックスです。
しかも、歯磨きで簡単に落とせるそう。これは買いです。
さっそく手に入れ、歯を黒くしていきましょう。
まず、ワックスがしっかり着くように歯の表面をふき取ります。
次に、ワックスをライターであぶり柔らかくします。
この「ライターで炙る」という過程に、何とも言えない背徳感があります。
5分くらい悪戦苦闘して塗り終えました。
初めてのお歯黒の仕上がりはコチラです。
やっぱりお歯黒すると怖いです。笑顔が心なしかひきつってるように見えます。
歯茎のピンクと歯の黒のコントラストがなかなかです。
同じ笑顔でも、歯が黒いと警戒してしまいます。なんか今からほふられそうな気がします。
これで出歩くのは何かを失う覚悟が必要です。でも……
マスクがすべてを隠してくれます。
あたかもお歯黒などしていない人のようです。
これなら家を出て街に繰り出せます。さっそく出かけてみましょう。
まずは肩慣らしです。近所の郵便局に行ってみます。
玄関を出るとき、やはり緊張します。
この日は強風が吹き荒れていて、まるで「お前は家から出るな」と言われているようでした。
郵便局のある商店街に近づくにつれて、どんどん行き交う人が増えていきます。
途端にドキドキしてきました。
おばちゃんが前から歩いてくると、「あ、お歯黒してんのバレたらどうしよう」とソワソワします。マスクをしているから大丈夫なのですが、「このおばちゃんが透視能力持ってたら終わりや……」という思いが消せません。
下校中の子どもとすれ違うときも、「子どもの方が第六感持ってるって言うしな……」といらぬ勘ぐりをしてしまいます。
セキュリティ万全のATMでも、お歯黒を探知することはありませんでした。一安心です。「お金を振り込む」という普通のことも、お歯黒をした状態でやるとスリル満点です。
行動範囲を広げてみましょう。次は大学の研究室に行きます。
移動距離が倍になる上、知人と会う確率がほぼ100%です。「レベル2」と書いてますが、心理的には「レベル68」くらいです。
研究室に行くと、一生懸命勉強している同期がいました。どこか「こっそりお歯黒をやっているうしろめたさ」が生まれました。
当たり前ですが、同期はお歯黒やってることに気づくはずもなく、いつもと同じように接してくれました。ふたりで仏像の話をしました。
あと、同期の目の前でせんべいを食べてみました。かなりの冒険でしたが、マスクを外す時間を短くするのがベストな世の中なので、歯が見えないようにコソコソお菓子を食べても変ではないようです。
今度は大学図書館に行きます。自然とお歯黒に関する本に手が伸びます。
これらの本によると、お歯黒が古典にちょくちょく登場するようです。たとえば、
あの清少納言もおはぐろのノリがいいと気持ちがあがったみたいです。
まさか、古典作品にこんなに共感できるとは思いませんでした。
お歯黒をして6日もの歳月が経ちました。初めて迎える休日です。
ほどよく感覚が麻痺してきており、「仲のいい友達とならお歯黒したまま食事に行ってもええかな」という気分になってきました。
せっかくのお出かけなので、お歯黒にあった服を選びます。
ファッション業界に、モノトーンコーデにお歯黒をプラスすることを提案したいです。
友人の四谷くんと「餃子の王将」に行きます。
四谷くんは、すっぽんの甲羅で鎧を作った時に撮影を手伝ってくれたほどの人なので、ドン引きすることはないと踏んで誘いました。
四谷くんが歯の黒さに気づき、お歯黒していることを知らせると、
「急に非日常が目の前に現れたみたいですごく怖い」そうです。確かに、なんら変わらぬ素振りの友人の歯が突然黒くなっていたら、これを境に日常が崩れていきそうです。
「そろそろ見慣れたかな?」というタイミングで、四谷くんにもう一度お歯黒の感想を聞いてみたら、
そりゃそうですね。私はどんな言葉を期待していたんでしょうか。
1週間経ちました。ここらで人が集まる都会へ出かけて見ようと思います。
ただの最寄り駅も、いるだけでソワソワします。
異様な笑顔で公共物と自撮りすると、爆弾魔チックで我ながら恐怖です。
乗客のみなさんも全員マスクをしているのですが、「もしや、みんな同じようにマスクの下は……?」というどえらい錯覚に陥ります。
ついに来てしまいました。頼れるものは一つもありません。
実は、この日は企業説明会に出席するため大阪に来ました。「話聞くだけならマスク外すこと無いやろ」と高をくくっての行動です。
せわしなく歩く会社員の人たちとすれ違います。「今からビジネスの世界に足を踏み込むのか……(歯を黒く染めた状態で)」とドキドキします。
会場に着き、名前を告げて着席します。
この頃になると、お歯黒にだいぶ慣れ、誰かに指摘されることもないと分かり切っていました。
しかし、いざ説明会がはじまると、
「もっともお歯黒が似合わない場所に、お歯黒で潜入しているのだ自分は」という言葉がぐるぐるします。こんな奴、どこの会社が採ってくれるのでしょうか。
変な緊張で頭がさえて、企業説明がしっかり頭に入りました。謎の効果です。
危うくマスクを外す1コマがありました。慣れが生んだ危機一髪です。
お歯黒をしている非日常感に加え、「バレたらどうしよう」というドキドキが異常でした。
武器を隠し持っているような緊張感を持てますし、最悪バレてもお縄にならない安心設計です。マスクをするあらゆる人におすすめしたいです。
あと、「歯茎の際まで黒く塗った方が美しい」「笑った時に見える歯は全部黒い方がいい」などの、どのファッション雑誌にも載ってない私1人だけの美意識が誕生しました。
1週間続けると、「お歯黒って普通やん」とだんだん麻痺してきて、「黒いマスクみたいなもん」という脳になります。
今では、「歯を緑やオレンジにするのもアリ?」と、行き過ぎの最先端ファッションも現実味を帯びてきました。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |