特集 2020年7月14日

雨の日の濡れエスカレーター

雨に打たれる屋外エスカレーターに感じる慕情

屋外に設置されているエスカレーターがある。当然ながら、雨が降るとびしょ濡れだ。過酷な状況に身を置く彼らを見ていると、つい傘を差し伸べたくなってくる。

特に梅雨時は辛かろう。雨の休日、そんな「濡れエスカレーター」をじっと見つめてみた。

1983年徳島県生まれ。大阪在住。散歩が趣味の組込エンジニア。エアコンの配管や室外機のある風景など、普段着の街を見るのが好き。日常的すぎて誰も気にしないようなモノに気付いていきたい。(動画インタビュー)

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屋外エスカレーターの健気さ

室外機しかり、外ではたらく機械を見ていると、無性に応援したくなってくる。なにせ過酷な屋外である。カンカン照りの日もあれば、長く雨に降られることもある。

梅雨のある日、雨に打たれるエスカレーターの様子が気になって街へ出た。今回はそんなお話である。

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濡れたアスファルトに波紋が広がる。湿気が体にまとわりつく7月の初旬
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やってきたのは、大阪のJR茨木駅前。ペデストリアンデッキの先に目指すエスカレーターはあった
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雨に打たれる屋外エスカレーターである

エスカレーターは、そのほとんどが屋内に設置されている。しかも電気で動いているため、私の頭のなかでは「濡れると危険」という勝手なイメージができ上がっていた。

しかし目の前にあるのは、雨ざらしのエスカレーターである。当たり前だが、しっかり防水処理がされていれば雨に濡れても平気なのだ。それは分かる。分かるのだけど、屋内で見慣れた機械が水びたしになっている様子をみていると、漠然とした不安がつきまとう。気が気ではない。

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足を滑らせないよう注意しながらエスカレーターに乗り込む
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ああ、こんなに濡れてしまって……
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どんなに天気が悪かろうが、年中無休で働き続けるエスカレーターである

「健気」――そんな言葉が頭に浮かんだ。

機械に感情はない。ただ設計された通りにルーチンをこなすだけである。しかし、それを目にした私の心は揺り動かされる。こんなにがんばっているエスカレーターを見過ごすことはできない。どんなものにも感情移入できてしまうのが人間のすごさである。

屋内エスカレーターにも、晴れの日の屋外エスカレーターにもない吸引力が、雨の日の屋外エスカレーターにはある。殊勝さと少しの不安を兼ね備えた状態にあり、しかも特定の日にしか出現しないレア度をほこる。少しでもバランスが崩れれば存在しえない、希有な存在なのだ。

以降は、この状態を「濡れエスカレーター」と呼ぶことにする。

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下から見上げる濡れエスカレーターの勇姿
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付随するパネルやスイッチもしっとり濡れている
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湿り気をおび、彩度が低く、「映え」とは対極にあるこの状態が愛おしい
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「エスカレーターに乗った」のではなく、「エスカレーターに運んでもらった」と感じた

動物や乗り物、武器などを擬人化したコンテンツがたくさんある。濡れエスカレーターに向けるまなざしも、まさに擬人化そのものである。対象は無機物だけれど、置かれた状況や役割によって、そこに人格のようなものを見いだすことができる。キャラクターを見る目で街を観察することで、あらゆるものに愛着が感じられるようになるのだ。

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梅田でもがんばる濡れエスカレーター

場所を移そう。大阪の中心部、梅田にも屋外エスカレーターはある。

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しかし梅田に着いた頃には、すっかり雨は上がっていた
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こんなにも雨が待ち遠しい日があるとは思わなかった

雨が降らなければ濡れエスカレーターを見ることはできない。普段であれば晴れを願う場面が圧倒的に多いけれど、たまには今日みたいに雨を乞う日があってもいい。

雨を待ちながらラーメン屋で休憩していると、ふいに「シャー!」という空気を切り裂くような音が耳に飛び込んできた。

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願いが強すぎたのか、突然の豪雨である。さっそくエスカレーターへと向かう
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JR大阪駅の北側にある屋外エスカレーターだ

大阪駅の改修時に設置された、比較的あたらしいエスカレーターである。梅田の中心部にあるため、私もかなりの頻度で使用している。それゆえ、そこにあるのが当たり前になっており、ほとんどの人は意識下に浮上することすらないだろう。でもよく見て欲しい、これは立派な濡れエスカレーターではないか。

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絶え間なく人が行き交う。こんな雨のなかでも、エスカレーターは休みなしに歩行者を運び続けている
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濡れた手すりを持つ人はいない。雨が降ると濡れる、そんな自然現象に抵抗せず、まっすぐ受け入れているところが潔い
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雨に濡れて輝く床板
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人間が傘を差すことによって、エスカレーターのステップはしばしの雨やどり
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下から見上げると、雨に向かって突き進んでいる勇敢なエスカレーターといった風情だ

新しいこともあってか、茨木駅前のエスカレーターに比べて、ほとんど不安を感じなかった。なぜだか「こいつに任せておけば安心だ」という印象を受けた。同じ濡れエスカレーターでも、ずいぶん感じ方が違うものだ。

雨の中がんばっている状況は同じである。しかし次から次へと絶え間なくやってくる人間を手際よくさばき、滞りなく任務を遂行する。言ってみれば機械的なのだ(いや、たしかに機械なのだが)。このエスカレーターも、古びてくると違った見え方になるのだろうか。

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梅田の濡れエスカレーター その2

大阪駅の南側にも、同じく数年前にできた新しい屋外エスカレーターがある。次はその様子を見に行ってみる。

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阪急百貨店と阪神百貨店とをむすぶ「梅田新歩道橋」につながっているエスカレーターである
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見上げれば阪急
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見下ろせば大阪駅というロケーション
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しっぽりと濡れている
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うち捨てられたペットボトルが、雨の陰鬱さを加速させる
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降りきった先には屋根があるため、最下段は雨に打たれずに済む
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流線的なデザインも相まって、全体的にスタイリッシュな濡れエスカレーターであった

こちらもやはりというか、淡々と仕事をこなしている印象を受けた。雨が降っても我関せず、といった自信を感じるのだ。例えるならば大雨のなか、みんなが傘を差しながら必死に雨を避けているとき、ひとり雨合羽を着て余裕を見せている。そんな雰囲気である。

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千里中央の濡れエスカレーター

雨はまだしばらく降り続きそうだ。最後は、大阪北部・千里中央にある屋外エスカレーターを見に行こう。

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北大阪急行・千里中央駅は、いつ見ても構造がカッコいい
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ヤマダ電機へと至る道の途中に、目指すエスカレーターはある。階段やら坂を上った先に、
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ほんの申し訳程度にエスカレーターが設置されていた。なぜここだけ? という疑問はあるが、気にしないでおく
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小ぶりで可愛い濡れエスカレーターの勇姿である
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エスカレーターは小ぶりだが、雨は瞬間的に大降りとなった。そして激しい風に煽られ……持っていた傘が大破した

考えてみれば、こんな傘が壊れるような悪天候のなかでも、変わりなく動き続けるエスカレーターは偉大である。私も電気系エンジニアなので肌身に感じているのだが、屋内用と屋外用とでは、設計の難易度が大きく違う。直射日光、湿気、冬の寒さ、雨、雪……さまざまな悪条件のもと安定して動くことが求められる、それが屋外用機器なのだ。

しかし当の濡れエスカレーターは、何食わぬ顔をして街に鎮座している。改めてその働きっぷりに襟を正す思いであった。

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横幅もひとり分。湿気がギュッと濃縮されたような濡れ空間
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シズル感のあるエスカレーターと言えなくはない
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強烈な雨風に、じっと耐えるエスカレーター。傘を失い濡れそぼった私なんかより、比較にならないほど頼もしい存在に思えた

今回、合わせて4箇所の濡れエスカレーターを巡ってみた。私が当初抱いていたのは、最初に述べた「不安さ」や「健気さ」といった見方である。しかしよくよく見てみると、同じ濡れエスカレーターでも個体によって感じ方が違うのだ。これは発見であった。

屋外エスカレーターの数自体が少ないため、人によってはほとんど見る機会がないかもしれない。でも雨の日には、こうして日本各地で濡れエスカレーターが発生している。たまに見かけたときには、やさしい気持ちで接してあげたい。


徳島駅前の濡れエスカレーター

私が濡れエスカレーターを意識したのは、地元・徳島にいたときだ。徳島駅の真ん前には、目立つ位置に立派な屋外エスカレーターがある。

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エスカレーターを上った先には、残念ながら閉店が決まった そごうがある(Wikipedia「徳島駅」より引用、ライセンス:CC BY-SA 4.0)

物心ついたときからエスカレーターはそこにあった。ごく身近な存在にして、当時知っていた唯一の屋外エスカレーターである。もちろん雨に打たれながら乗ることもあったし、青春を徳島駅前(の主に本屋)で過ごした私にとっては、思い出の地でもあるのだ。

いろんな街にはいろんな濡れエスカレーターがあって、それぞれに誰かの思い出があったりなかったりするのだろう、きっと。

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