続いてライター荻窪圭さんの二十三夜塔や石仏の話
荻窪さんはIT、カメラ、古道などに詳しい。CBCテレビの『歩道・車道バラエティ 道との遭遇』という番組で古道を紹介したりしている。

最近も、東京の成り立ちを古地図などで解き明かすという新刊を出している。そんな荻窪さんのお話は「路傍の石など」というタイトル。二十三夜塔や石仏などの話だという。
改めて整理すると、二十三夜待というのはグループごとに集まって二十三夜の月の出を待つイベント。それを何回かやった節目の記念などで塔を建てることがあるらしく、それを二十三夜塔という。

荻窪:明治期の地図にその石がある場所を丸で示して、その後に写真が来るように作ってます。今昔マップの「スーパー地形」で標高に色を付けたものです。
荻窪:東京都狛江市で、六郷用水にかかって田中橋(赤い丸のところ)があります。ここを通る道が、この辺では鎌倉街道と言われていまして、ちょうどその橋のところです。今は当然六郷用水は暗渠になっているので、橋は残ってないんですが!
荻窪:田中橋の親柱の真ん中、庚申塔の後ろに。
会場:おー!
「三夜待塔」と書いてあるのは見えると思う。そのすぐ上の文字は十十と書いて廿(にじゅう)だが、さらにその上はよく分からない。
黒川:これ梵字が書いてありますね
会場:読めない・・
黒川:あれが分かれば仏様が分かったのに・・
吉村:ちょっと拡大してもらっていいですか?
荻窪:拡大しました
吉村:これは勢至菩薩を表すサク सः という字ですね
会場:おー・・!!
荻窪:これを建てたのは誰かというと、この辺の江戸時代の名主の石井家です。今でも石井家っていっぱいあるんですけど。「泉邑(いずみむら)石井又市」って書いてあります。
荻窪:ここにあるお稲荷さんは、田中橋だから田中稲荷とか呼ばれてるんですけど、地元では結構「石井稲荷」って言ってるそうですね。地元の名士です。
渋谷の二十三夜塔
荻窪:次の二十三夜塔に行きます。

場所は渋谷や代官山のあたりだという。

荻窪:これが2017年です。元々の場所から道路拡幅で、JRを越える陸橋があって、あの辺の道路工事をするときに置き場所がなくなって、横山さんという方が庭に引き取ったんです。
写真の赤枠のところ、フェンスの向こうにいくつかの石像がまとめて並べられていたという。

渋谷区の説明板に「廿三夜塔」と書かれている。
荻窪:読みますね。「二十三日の夜集まって月の出を待つ講を廿三夜講といい、廿三夜塔を建てて信仰しました。講はのちにはレクリエーションの場に変わりました」
レクリエーションの場に変わった、のところで会場も笑った。まさに自分たちがいまやっているのがそうだからだ。ちゃんと二十三夜にやっているが、純粋に楽しみのための場だ。
荻窪:フェンスの奥に並んでいて横に解説もちゃんと入ってるんですが、横山さんが代替わりか何かでいなくなっちゃって、ここは更地になっちゃって、それで別の公園に移されました。

おそらく右上の丸のあたりから真ん中の公園(猿楽古代住居跡公園)に移されてきたのではないかという。
現場の写真がこれ。
荻窪:二十三夜塔を全然意識しないで撮ってたのであれなんですが、これは勢至菩薩が彫られてるんですよ。なぜ勢至菩薩なんでしょう。
※勢至菩薩:阿弥陀如来の智慧をあらわす化身とされる菩薩
吉村:阿弥陀如来の横には観音菩薩と勢至菩薩がいて、観音菩薩が太陽の慈悲、勢至菩薩が月の光の知恵を指すとかいったりします。また神道の月の神様、月読命(つくよみのみこと)は勢至菩薩の化身なんて言ったりもします。
薬師如来の脇侍(きょうじ)だと日天子(にってんし)と月天子(がってんし)という、そのまま太陽と月を仏さまにしたものがあるのですが、なんでそっちが採用されなかったかはいまいちわかりません、阿弥陀さまの方が人気があったんで、そっちに当てはめたとかですかねえ。
荻窪:すると頭の後ろにある丸いのは・・
黒川:月輪(がちりん)ですね。
荻窪:なるほど月の輪なんだ・・!

