カメラを買ったのだ。
高い高いとは思っていたが、バッグやレインカバーなど、必要最低限のアイテムと合わせて15万円オーバーの買い物だった。15万円といえば、ファミリー向けの冷蔵庫が買える金額である。野菜室が大きくて、氷が自動でできるすてきな冷蔵庫。しかし私はカメラを買った。なぜか。オシャレっぽい料理の写真が撮りたかったからだ。
たとえば、こんな写真。
PinterestやTumblrなど、海外の利用者と多く出会うSNSでは、こういった雰囲気のオシャレな写真をよく目にする。
モルタルや石材調の天板、綿や麻素材の謎の布、無造作にテーブルに撒かれた植物や果実…というセッティングが、こういった写真に共通する要素だ。
一見無駄に見えるアイテムが、無機質な天板に配置されることで、主役となる食べ物に神秘性をおびさせる。いったいどんな味がするのか気になってしまう。
布や植物は用意できても、モルタルの天板なんてものは家にはない。仮に購入したとしても、とんでもなく重い石板を、写真撮影のためだ
けに家に運び込むのも気がひける。
モルタルの天板さえあればオシャレっぽい写真が撮れる気がするのに…モルタルの天板さえあれば……。
思い悩んでいたとき、こんな写真が目に飛び込んできた。
板2枚で構成された、簡素な撮影ブース。オシャレな写真はこうやってできていたのか!トリミングされた外側の空間についていままで考えたことがなかったが、まさに写真の魔法である。
このくらいの規模のセットなら自作できるかもしれない。本物の、モルタルで。
モルタルを買ってきてみよう
意気揚々とホームセンターに出かけようとしたところで、ふと疑問がわいた。
「モルタルは友人が家のDIYで使っていたと思ったけど、あれはもしかしてセメントではなかっただろうか。」
そもそもモルタルとはなんだろう。セメントみたいなやつだ。じゃあセメントってなんだ。コンクリートみたいなやつだ。
このままではホームセンターで「コンクリートってなんですか?」と質問してくる怖い客になってしまうので、ざっくりと調べてみた。
ホームセンターの棚をざっと見てみたところ、「セメント」と書いてある商品でも「砂を混合済みでそのまま使えます」と記載のあるものが多かった。
強度があるに越したことはないと考え、今回はこちらの防水セメント(中身はモルタル)を購入。
土台の木枠をつくるために、木材も購入。
さっそくモルタルを練っていこう。
トラブルはあったものの、なんとか木枠にモルタルを塗ることができた。
こんなめちゃくちゃな塗り方で固まるのだろうか…不安に思いつつ、このまま乾かしてみることにする。
そして、翌朝のモルタルの様子がこちら。
表面の凸凹も、なんだかいいアクセントになっている。
ベランダの日陰でさらに10時間ほど乾かして、完成とすることにした。
さっそく写真を撮ってみよう
モルタルの板を乾かしている間、撮影用のアイテムを揃えて試し撮りしてみた。
ここまでの要素をあつめるだけでも、かなり雰囲気のある写真が撮れた気がする。やはりあの布と、テーブルに小さいものを撒く行為には理由があったのだ。
ここにモルタルの板をセットしてみたらどうだろう。
乾いたばかりの板をそっとのせ、カメラを構える。
撮れた写真が…こちら!
天板がモルタルになることで、急に「家で撮ったものではなさそうだ」と思える空間になった。大きな一枚板のテーブルの上で撮ったと言われたら信じそうだが、実際は45×30cmの小さな手作りの板なのである。
何はともあれ、撮影ブースの床面が完成した。
セメントを使った伝統技術「人研ぎ」
もう1枚同じ板を作って背面にしようかと考えていたところ、Youtubeで左官の方が紹介されていた技法に興味深いものがあった。
その名も、「人研ぎ」。
「人造石研ぎ出し仕上げ」の略らしく、セメントに石などを混ぜ、固めてから研ぎ出すという技法だ。海外では「テラゾ」と呼ばれ、特に大きい石材を混ぜこんだものは「現場テラゾ(現テラ)」と呼ばれるらしい。
古い公園や小学校の校庭にある水場は、この「人研ぎ」で造られているものが多い。なんだかレトロな印象を受けるのはそのせいだろうか。
セメントに石などを練りこみ、乾いてから機械で表面を削ると、平らな表面に石の模様ができる。削るものが石やセメントだから、通常は石削用の工具がなければならない。
たいへん興味深い技法だし、仕上がりもかわいいためぜひ作ってみたいが、まさか賃貸のマンションで石を削り出すわけにはいかない。グラインダーを運良く入手できたとしても、うるさすぎる。
どうにかして、工具で削らずに人研ぎめいたものを作れないだろうか。
厚さ10mmの小石を量産してみよう
そこで1つ方法を編み出した。
石を削ることができないのなら、最初から削られた石を使えばいいのである。ただし、任意の厚さで平らに削られた石などはどこにも売っていない。作るのだ。
これを土台の木材に貼り付けて、そこからモルタルを流し込めば(理論上は)同じ高さになるはずだ。どんどんやっていこう。
どうやら、小石の表面がザラザラなせいで、モルタルが食い込んでしまっているらしい。仕方なく手で数ミリだけ研ぎ出すことにした。
なぜか田舎の土間のような雰囲気になってしまったが、これはこれでレトロでいいのかもしれない。さっそく撮影してみよう。
人研ぎ+コーヒー=古民家カフェ
先ほどとおなじアイテムで、下に敷くものだけ擬似人研ぎの板に替えた。
撮れた写真が、こちら。
なんだかレトロな雰囲気でかわいいではないか。
都心からはずれたところにひっそりと佇む、民家を改築したカフェのような雰囲気だ。きっとオーナー夫婦が内装をDIYしているに違いない。
謎の麻布も「農夫っぽさ」を演出し、「このコーヒーはフェアトレードでオーガニックであろう」という気分にさせられる。
和菓子を載せてみたらさらにそれらしくなった。石の板に載っているだけで、とても美味しそうに見える。
モルタルの板と、擬似人研ぎの板を組み合わせてみた。
サイズを小さく作りすぎたせいで、正方形サイズにトリミングしなければならないが、もともとinstagramに投稿する用の写真だろうから問題はないのだ。
ちょっとオシャレなカフェの、カウンター席のようには見えないだろうか。まさか賃貸マンションの和室だとは思うまい。
「研がない人研ぎ」という可能性
実は、接着剤で貼る方法を思いつく前に、半分敷き詰めたモルタルに小石を埋めていく方法を試していた。
しかし、乾燥とともにモルタルが縮んで隙間が空いてしまい、上からモルタルを塗った時に小石が取れまくるという事態に。削るのが大変すぎて諦めてしまった。
失敗した板は、上からモルタルを追加して平たく整えようと思う。
「工具を使わずに人研ぎを再現する」という目標で作ってみたが、砂混じりのモルタルを使用したせいで削り辛さが増したように思う。これがセメントか、樹脂などのもっと柔らかい素材になれば、耐水ペーパーでも綺麗に磨けるかもしれない。
大理石と見紛うような美しい板を、いつか作って撮影してみたいものだ。