鉄道だけじゃない!バスや船の観光も
唐沢:以前、こちらの展示を拝見したとき、観光バスのチラシがあってびっくりしました
「京都名所 遊覧自動車」昭和前期(戦前)
唐沢:集合場所は省線七条駅か京阪三条駅。昭和前期には、鉄道だけでなくバスも観光に利用されていたんですか…!知らなかった…!
佐々木:このチラシは「女子案内人附添」と書かれてあり、女性のバスガイドがいたのを売りにしていたみたいですね
唐沢:バスガイドさんまでいたんですか!現代とほとんど同じです
佐々木:「お子様達の修学には最適!!」とも書かれています
唐沢:あ、修学旅行といえば、この遊覧船も修学旅行にピッタリだとアピールしてますね
「龍宮のぞき 特許海底透視遊覧船」昭和前期(戦前)、海底遊覧船株式会社
「龍宮のぞき 特許海底透視遊覧船」昭和前期(戦前)、海底遊覧船株式会社
佐々木:「海洋国家の一員として子供を教育する」という国策に沿っていると強調しています
修学旅行は明治20年代ごろに普及がはじまったと言われていて、戦前は軍施設の見学や植民地の視察など、戦争の色彩が濃いものも見られたようです。
佐々木:団体料金のところを見てみてください
「龍宮のぞき 特許海底透視遊覧船」昭和前期(戦前)、海底遊覧船株式会社
唐沢:結構多い…!20人、30人からではないんですね。
佐々木:この頃に想定されている団体の人数はすごく多い印象です
こぼれ話②
実は、取材依頼のお電話をした時、電話口の佐々木さんに、「展覧会、とても興味深くて3時間見てしまいました…」とあふれる想いを告げました。
そして佐々木さんからも、「当日、私ももしかしたら解説でしゃべりすぎてしまうかもしれないのですがお時間は大丈夫でしょうか…」と展示への気持ちがこもったお言葉が…
旅の中のグルメ~駅弁
美味しいものを食べるのも旅の楽しみの1つ。
唐沢:こんなに完全な状態で蒐集されてるなんてすごい…!
旅先で見つけたかわいい食品のパッケージを持ち帰ろうと試みますが、油や汁がついていていつも泣く泣く捨てるんですよね…
「東京鉄道局管内雑貨類販売駅一覧」昭和4(1929)年6月、東京鉄道局管内立売営業人組合連合会
唐沢:この「御寿司」とはなんですか?
佐々木:おそらく駅弁のお寿司についていたかけ紙です。地図ではそれぞれの駅の名物を紹介しています
「東京鉄道局管内雑貨類販売駅一覧」昭和4(1929)年6月、東京鉄道局管内立売営業人組合連合会
大宮駅・熊谷駅の「五家宝(ごかぼう)」は食べたことありますが、軽井沢の「トンネル煎餅」などは寡聞にして知りません…!(このかけ紙1枚で10本は記事書けそう)
「東京鉄道局管内雑貨類販売駅一覧」昭和4(1929)年6月、東京鉄道局管内立売営業人組合連合会
佐々木:横浜~鎌倉辺りは明治以降ハムの製造で有名です。今でも大船軒のハムのサンドイッチがよく知られています。こちらがそのかけ紙です
「いや、そのかけ紙までも残ってるんかい…」と、これを残した先人たちの几帳面さと、北区飛鳥山博物館さんの館蔵品の豊かさに度肝抜かれました…。
佐々木:このサンドイッチは上等のお弁当と同じくらいの40銭という値段でした。
「山北駅の名産 鮎寿司」大正末ごろ(?)、中川販売所
唐沢:この「鮎寿司」ってなんですか?
佐々木:どうやら、鮎に酢飯をつめたものだそうです。
唐沢:へー、いかめしみたいですね。食べてみたい!
戦前の紀行文には、神奈川県の山北駅の名物としてよく登場したそうです。ハムサンドのように残っている名物もあれば、途絶えてしまった名物もあります。
食べ物は残らないけれど、かけ紙は残る…!
唐沢:あ、あとずっと気になってたんですが、
「上等御弁当」昭和前期(戦前)、大宮駅
唐沢:この「旅装はお身がるに」ってフレーズ、色んなかけ紙に書かれてますよね
佐々木:これはかけ紙によく見られる言葉ですね。ほかにも、「空箱は腰掛の下に御置きください」「旅行カバンには名前を書いてください」というのもあります
「上等御弁当」年代不明、草津駅 南茶店
鉄道局が、「弁当のかけ紙には、食品の生産日や価格、そして名所の宣伝を入れるように」とルールを決めていたようです。
佐々木:こういうマナー公告のような内容を入れるのも決まりだったのか定かではありませんが、もしかしたら仕出し屋さんが配慮して入れていたのかもしれませんね
唐沢:そういえば今でも電車広告に小さく「車内では携帯電話のマナーを守りましょう」とか書いてありますね
佐々木:あと、「駅弁や雑貨を買うときは、おつりが出ないように」とお願いしているチラシもあります。
「冬こそ大気の中へ」昭和前期(戦前)、東鉄管内立売組合連合会
停車中に、車窓から駅のホームにいる立売人さんに声をかけて購入するのが昔のスタイル。
停車時間が短くなったことで、金銭のやりとりの効率化を呼びかけているわけです。
ここからも、旅がスピーディーになっていったことがわかっちゃいますね!
立売人さんのモダンな白エプロンファッションも見どころです。
喫茶室と食堂車
鉄道旅のグルメ体験であこがれの的はやはり食堂車。
唐沢:私、食堂車つきの列車に乗ったことないです…!ミステリー小説でしか見たことないです!
石川:ぼくも乗ったことないです…!
「成田鉄道汽車中の喫茶室」明治36(1903)年、『風俗画法』274号より
佐々木:これは上野-成田間の成田鉄道の喫茶室の様子です。
唐沢:そういえば、現在は上野から成田って1時間半くらいですよね?
佐々木:当時も2時間程度でしたが、ビールやコーヒー、果物などをたのしむのが人気だったようです。乗客の服装や調度品を見ると、やはり富裕層だということがわかります
「呼出札(各種)」昭和前期(昭和12年以降)、精養軒和食堂車・東洋軒
唐沢:なんですか?カード?
佐々木:呼出札です。食堂車の営業がはじまったというお知らせのために、客室に配布しました。当時は館内放送がなかったので
石川:呼出札をスクラップしてた人がいるのがいいですね
「御案内」昭和前期(戦前)、精養軒和食堂車
佐々木:食堂車はもともと一・二等車の客向けで、洋食の提供が中心でした。次第に三等車に和食堂車が連結され、誰もが利用できるようになりました
唐沢:精養軒(明治開業のレストラン)って食堂車事業もしてたんですね~。手広い
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佐々木:とある来館者の方が、「小さいころに行った旅では、食べ物の記憶が強く残っている」とお話をされていたのですが、やはり旅先の食事は特別な印象を残しますよね。
唐沢:私も、幼いころに行ったグアム旅行は、飛行機の中でもらったお菓子のことしか覚えてないです!
工場見学があったのかも⁉
唐沢:食べ物でいうと、以前観覧してびっくりしたのがこれなんですが…
「ちらし『野田町清水公園のつつじといちご摘み 牛島の藤(天然記念樹)』」昭和前期(戦前)、総武鉄道
「ちらし『野田町清水公園のつつじといちご摘み 牛島の藤(天然記念樹)』」昭和前期(戦前)、総武鉄道
「リーフレット『亀甲 醤油醸造工程一覧』」昭和前期(戦前)、キッコーマン醬油株式会社
唐沢:「戦前に工場見学あったん⁉」って衝撃が走りました…
佐々木:今のような形の工場見学ではなかった可能性もありますが、こういう近代的な施設を見るのがレジャーのひとつだったとは言えますね
「古今東京名所 飛鳥山公園地王子製紙会社」明治16(1883)年、歌川広重(3代)
いやー…旅行中の食べ物のたのしみと言い、最新の工場への興味といい、今の私たちと気持ちが通じあいすぎてドキドキしませんか…!

