デジタルリマスター 2023年3月28日

矢印のいいなりになる(デジタルリマスター)

矢印はどこへ導いてくれるのか

このあいだ新しいデジカメを買って、嬉しくていろいろと試し撮りをしていたときのこと。何か面白い被写体はないかと町中を隅から隅までジロジロみていて、ひとつのことに気づいた。町には矢印がすごく多いのだ。店の看板に交通標識、道案内。いたるところに矢印が使われている。

こんなにたくさんある矢印、それぞれ違う場所や方向を指しているわけだが、いっそのこと目に飛び込んでくる矢印全部に従ってみたらどうだろうか。いったいどんなところにたどり着くのか。それともどこにもたどり着かないのだろうか。

2008年2月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。

インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

前の記事:イスを背負えば寒くないか~キュリー夫人に学ぶ(デジタルリマスター)

> 個人サイト nomoonwalk

出発は蒲田西口

今回歩く街は、大田区の蒲田だ。ここを選んだのには理由があって、じつは僕は1年前までこの近くに住んでいた。1年ぶりに来た町は、思い出というほど遠い記憶ではないけれども、なんだかちょっとした懐かしさを感じる。そんなちょっとだけ懐かしい町を、矢印の案内でぐるっとめぐることができたら楽しいんじゃないか、とそう思ったのだ。

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この街の矢印はどこを指すのか

駅をの西口を出て、まずは毎日通勤のときに通り過ぎていた西口の商店街へ向かう。矢印たどり、スタートだ。

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第1矢印発見

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いきなり向かい合った2つの矢印

商店街に入らないうちに、さっそく最初の矢印の登場だ。矢印のほうへ方向転換する…と。あ、矢印の先にも反対向きの矢印がある。いきなり無限ループ。冒頭からとんだトラップだ。矢印に従うと、このまま2つの矢印の上を延々往復し続けなければいけないことになる。バターになる!

バターになる体験はそれはそれで興味深いものの、今回はそういう趣旨ではないのでここは割り切って、後のほうの矢印に従うことにしよう。あれ、いきなり商店街からそれてしまった。久しぶりに商店街の中、見たかったんだけどなあ。

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消化栓の標識に取り付けられた看板に矢印
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一方通行の標識も矢印

駅前のごちゃごちゃしたところは矢印もごちゃごちゃしている。車用、人間用の矢印がそれぞれ思い思いの方向を向いていて、複雑な矢印網を作り出していた。

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2方向を指している迷い矢印(この場合は好きな方を選んでいいことにしました。自分ルール。)

街中にある矢印の2大勢力は、①一方通行の標識、②電柱についた広告だ。電柱の広告は近くに同じ広告がたくさんあって、矢印に沿っていけば目的地まで誘導してくれることが多い。しかし今回は途中で別の矢印が紛れ込んできて、進路を横取りされてしまう。これは矢印を使った客の取り合いだ。普段は気づかないところで、矢印たちの熾烈な戦いが行われているのだ。

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前を指す矢印を見つけるとうれしい。自分の足取りを応援してくれるような気がする。
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飲食店の匂いに惹かれるものの

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平日の昼間もにぎわう学生通り

矢印に操られて駅前をクネクネしているうちに、工学院通りという通りに出た。このあたりは学生さんが多く、安い食堂がひしめき合っているところだ。時刻は午後1時半。そういえばお昼を食べていない。おなかがすいているのだが、このあたりで矢印がおいしいお店に誘導してくれないだろうか。どうせなら住んでいるときによく食べた店がいいなあ。久しぶりに蒲田の食を満喫したい。

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行列のできるラーメン屋(矢印なし)

しかし、矢印はなかなかそれを許してくれなかった。店の前には看板と一緒に「ココ→」なんて矢印が書かれているだろうと思ったのだが、意外とそういうものはないのだ。そうだよな、言われなくても店の前に看板が出てたらここだってわかるもん。いや理屈はわかるんだけどさ。グー。

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ここの丼物のランチがうまいです(矢印なし)

そうこうしているうちに工学院通りからはそれてしまい、食堂のなさそうな脇道に入っていく。しばらくすると、一度も来たことのない路地に入り込んでいた。

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来たことのない路地だ
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あっ!
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耳鼻科に着いてしまった

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知らない耳鼻科

矢印のいいなりで行き着いたところは、知らない耳鼻科だった。懐かしくもないし、おいしい食べ物もない。そしてのどの調子も別に悪くない。そして矢印はここで途切れた。

ひとまずの終着地点にたどり着いたわけだが、うーん、これはなんとも消化不良というか、僕の期待は完全に裏切られた形だ。ここで終わるのはなんかしゃくだ。少し戻ってやり直そう。最後の「ここ→」の矢印を無視して、元の路地を進んでいくことにした。

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気を取り直して歩き出すといきなりUターンの指示
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ややっ!
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耳鼻科の吸引力

行動を見透かされたかのように、逃げ道はしっかりふさがれていた。路地の先にはUターンの矢印。そして先ほどの電柱の裏にたどり着き、「←ここ」の文字。どうやらこの路地に入ってしまうと、二度と抜け出せないようになっているようなのだ。言ってみれば矢印の墓場。バミューダ・トライアングル!

仕方がないのでさらに道を戻って、分かれ道を違う方向に向かって再開する。3度目の正直だ。

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道中、ホテルに連れ込まれそうになったり
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マンション買わされそうになったり
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なぜか矢印はやたらと病院を薦めてくる
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しまいには人間扱いすらしてくれなくなった

矢印のいろんな思惑に翻弄されつつも、だんだん以前住んでいたところに近づいてきた。もう少し先に、家の近くでよく食べに行っていたカレー屋があるはず。久しぶりにあそこのレッドカレー食べたいな。たしか、カレー屋の看板には「ココ→」って矢印が書いてあった気がする。あとは店の前までたどり着くことができれば。

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カレー、カレー…
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知らない食堂に入らされる

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こんなとこに店あったかな

と思っていた矢先、目の前に食堂らしき看板が躍り出た。「食べ処 錦→」って書いてある。知らない食堂だ。おなかがすいているとはいえ、気分はすっかりカレー。あのおいしいレッドカレー。久しぶりにカレー屋の店長の顔も見てみたかった。でも、矢印はここに入れと言っている。しぶしぶ、お昼はここで済ますことにするか…。

店に入ってメニューを見ると定食が15個くらい並んでいて、そのなかに店の名前を冠した「錦定食」というのがあった。聞いてみると、野菜炒めの定食だそうだ。野菜炒めってこれまた地味だな。まあでもせっかくなので注文した。

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特製「錦定食」

野菜炒めがうまい

うまい。すげえうまい。揚げナスとフライドポテトが入っていて、特製の「錦ソース」を使っているそうだ。今まで食べた野菜炒めの中でいちばんうまい。おいしい、おいしいと脇目もふらず食べていると、店のおばちゃんが「私たちもいただこうかしら」と言って、店員一同が僕の隣のテーブルに着席。カウンター席の照明も落としてしまった。

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う、うまい

「今日は商店街撮ってきたの?」などいろいろ話しかけられたが、「ちょっと矢印のいいなりに…」なんて説明するのが面倒で、適当にウソをついてしまった。おばちゃんごめん。でもおいしかった。

腹ごしらえもすんだところで、引き続き矢印をたどります。

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質屋の指示で商店街に入って
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酸素カプセルの誘いで商店街を抜ける
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デニーズに行きたい人はデニーズ専用エレベーターに乗れ、という矢印
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ここは駐輪場なので入り口はあっちに回れ、という矢印。矢印にこめられたおのおののメッセージ。
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そしてなんか見たことのある通りだと思ったら
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こ、これは…

ちょっとだけ商店街に合流してからまた道はそれ、そのうちになんだか見覚えのある、スーパーホテルの看板が見えてきた。そこを一方通行の標識の矢印に従って曲がり、しばらく歩くと、電柱に一枚の広告が貼られている。このUターンのマーク、ついさっき見たような、気が、す、る!

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そしてやっぱり、またこの耳鼻科…

すべての矢印は佐藤耳鼻咽喉科に通ず

結局ぐるっと回った末、最終的にはさっきの耳鼻科についてしまった。

なんだか腑に落ちなくて、このあともう1回やった。駅から東急の線路をはさんで反対側からスタートしてみたのだ。そちらはかなり大回りのコースとなったものの、結果は同じ。最後にはあの耳鼻科に行き着いてしまった。

「すべての道はローマに通ず」というのは、17世紀にフランスの詩人が言った言葉だそうだ。当時、土木技術に優れた古代ローマの交通網は非常に発達しており、その繁栄をたたえる言葉だった、と言われている。

ひるがえって現代、緻密に張り巡らされた矢印網は、現代人の地理感覚を支え、同時に交通整理も行っている。その繁栄の頂点に立つのが佐藤耳鼻咽喉科である…ということはなくて、やっぱり単なる偶然だろう。ただ、何気なく生活している街の中にこういう「見えない行き止まり」みたいなものが潜んでいるのだと思うと、なんだか面白い。

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