飴伸ばし職人への道は険しい
欧米圏では「Dragon's Beard(龍のヒゲ)」という名前で、同じように飴を伸ばして作るお菓子が存在しているようだが、そちらではペーストをまぶさず、煎ったコーンスターチを絡めながら作っていた。
1人では伸ばせる飴の長さに限界があるようで、今回作ったSoanPapdiもインドの職人さんのふわふわ感には及ばない。自宅で美しい絹糸状の飴を作るノウハウをご存知の方がいたら、ぜひご教授いただきたい。
インドの伝統菓子で、SaonPapdi(ソーンパプディ/ソアンパプディ)というものがある。糸状の飴が折り重なったお菓子で、まろやかで口の中でほどける美味しさだ。
作り方を調べたところ、非常に興味深い動画を発見した。これをどうにか自宅でできないだろうか。筆者の長い戦いが始まる。
SoanPapdiというお菓子をご存知だろうか。
調べたところ、インドの伝統菓子らしい。学生時代のバイト先でお土産にいただき、あまりの美味しさにバックヤードでSoanPapdiをほおばる妖怪と化した時から、長年このお菓子のファンだ。
見た目は綿菓子のようだが、サクサクしていて層状に剥がれる。口当たりはとろけるようにまろやかで、カルダモンが爽やかに香る。
「ピシュマニエ」という名前のよく似たお菓子がトルコにもあるらしい。
輸入食品店でみかけるたびに購入しては妖怪の姿になっていたが、あるときこんなことを思った。
「このお菓子、綿あめみたいだけど実際どうやって作っているんだろうか…」
すぐさまYouTubeで「SoanPapdi」と検索したところ、驚くべき動画がでてきた。
Ghee SOAN PAPDI Making Team Skills | How it's Made Soan Papdi Recipe | Indian Sweet Making Video(投稿者:Big Food Zone)
ぜひこちらをご覧いただきたいが、あまりにも衝撃的だったため、動画のキャプチャでも紹介させていただきたい。
海外の職人さんの動画にすぐアクセスできる、なんといい時代だろう。
しかしこの作り方は予想外だった。使い込まれた鍋でダイナミックに煮られた砂糖が、なぜこんなにも美しい絹糸状になるのか。
いま日本で入手できるSoanPapdiは、こういった職人さんの技を再現したマシンメイドだろうが、それにしたってものすごく美味しいのだ。手づくりはどれほどの美味しさだろう。
なんとかして家で作れないかYoutubeを見漁り続けたところ、自宅でできるレシピを紹介している動画が何本か見つかった。これはやってみるしかない。
この記事は、筆者が手製SoanPapdiにたどり着くまでの、長い戦いの記録である。すぐにレシピにアクセスしたい方は、だいぶ下までスクロールしていただきたい。
最初に採用したレシピがこちら。複数の動画から集計したものだ。
レシピを調べ始めた頃の筆者の困惑をお察しいただきたい。「べサン粉」や「マイダ粉」とはなんなのか。日々この世界で食事をしているはずなのに、急に聞いたこともない名前の粉が台頭してきた。
しかし、レシピに書いてあるからには存在しているのである。べサン粉はひよこ豆の粉、マイダ粉とはインドでよく使われる小麦粉らしい。ちなみに「ギー」とは、バターを煮詰めてつくった高純度の油のことで、なにやら身体によろしいとのことだ。
筆者の家から歩いて行けるところにハラルフード(イスラム教徒向け食材)の店があり、行ってみたところ、べサン粉もマイダ粉も当然のように売られていた。
べサン粉とマイダ粉をレジに持って行ったところ、お店の方に「Are you Muslim?(あなたはイスラム教徒なの?)」と訊かれ、驚いてとっさに「No I'm not, just a fan of foods.(いいえ、私はただの食べ物のファンです)」というアホすぎる返答をしてしまった(本当はイスラム圏の食べ物のファンです、と言いたかった)。
ともあれ、これで材料はそろった。さっそく作ってみよう。
最初はそぼろ状で、いまにも焼け固まりそうなのだが、不思議なことにしばらく混ぜているとペースト状になる。
そのうち甘く香ばしい香りがしてきたら、火を弱める。電動ミルで砕いたカルダモンを投入。
ざっと全体を混ぜたらペーストの完成、火からおろす。
ちなみに、SoanPapdiの作り方動画が現地の言語で紹介されたものしか見つからず、各工程における"完成"の根拠がなにもない。オリジナル根拠で進行させていただく。
ペーストの粗熱をとっている間、飴を溶かす。ここから猛烈に熱い飴&オイリーなペーストを素手で扱いながら撮影をしているため、お見苦しい写真が多いがどうぞご容赦いただきたい。
まず砂糖、水飴、水を鍋に入れ、たまにかき混ぜながら沸騰させる。
ギリギリ触れそうだぞ!というところで飴をあつめ、こね始める。
これ以上は伸びないぞ…!というところで、先ほどのペーストを塗り込む。するとなぜか飴が少しだけ伸びるようになる。
ペーストをつけては伸ばし、つけては伸ばしを繰り返し…
完成したものがこれだ。
まあ、なんて美味しそうな玉子そぼろ!
どうして?
なぜ飴を伸ばしていたはずなのに、玉子そぼろができあがるのか。不幸中の幸いといっていいのか、味はSoanPapdiそのものだ。サクサクとした口あたりはなく、SoanPapdi味のハイチュウといった雰囲気。
何が起こったかを説明させていただきたい。
飴が熱々の状態では問題なく伸びていたのだが、ある時を境に全く伸びなくなってしまった。ナイフで切ったようにバキバキ割れてしまうのだ。
ペーストを塗り込むことによって、柔らかさは一時的に回復するが、またすぐに伸びなくなってしまう。というか、職人さんの動画のように美しい糸状にならない。
このあとも様々な飴の温度で試してみたが、同じような結果になってしまった。
失敗SoanPapdiはすべて筆者の茶菓子となる。私はこれから1日に何度ティータイムをはさむことになるのか。
飴を引く腕が限界を迎えたため、Youtubeに投稿されている作り方動画をはじめから見直すことにした。
そして、2点ほど重要なことに気がついた。
さきほど紹介した動画の、このシーンをご覧いただきたい。
少々見づらいが、砂糖の粒が大きいのがお分かりになるだろうか。筆者が使っていたのは上白糖で、雪のように白く粒が小さい。対してこちらの砂糖は、やや透明感があり大粒だ。
もしや、インドで流通している砂糖が、日本の砂糖と別物なのではなかろうか…?
急いで他の動画を確認してみたところ、皆一様にこの粒子の大きい砂糖を使っていた。
もし砂糖の種類によって、加熱した際のふるまいが変わるとしたらどうだろう。インドの砂糖がどういった種類のものか特定できなかったため、上白糖よりも粒が大きいグラニュー糖に変更してみることにした。
また、別の作り方動画で、飴を溶かす際にレモンを投入している方がいた。最初は味付けのためかと考えていたが、どうやらレモン汁を飴に混ぜることで、固まりづらくなるらしい。
グラニュー糖とレモン、この2点を踏まえてできたレシピがこれだ。
先ほどのレシピから全体的に減量させた。失敗した際に大量のSoanPapdiもどきが残されてしまうからである。量が多いとそのぶん筆者のティータイムが増えてしまう。
途中までの作業工程は割愛するが、グラニュー糖とレモンの成果は確かにあった。
ご覧いただきたい、飴が絹糸状に伸びている。
これだ!このテクスチャが見たかったのだ!!と思ったのもつかの間。
できあがったものがこちらである。
うにフレーバーのさきイカ????
なぜだ。なぜさきイカに。途中まで絹糸のようだったではないか。
何が起こったかというと、ペーストを塗り込むほどに飴がくっ付き合い、ぶちぶち切れてしまうようになったのである。伸ばせば伸ばすほど自重で切れ、癒着し、糸はイカとなった。
もう打つ手はないのだろうか。
その後も同じレシピで試してみたが、さきイカが増えるばかりであった。
2日間飴を練り続けて腕はヘナヘナだし、指は火傷を負っている。
なかば自暴自棄で、失敗したSoanPapdiをバットのままIHコンロにかけた。もう疲れたよ。全て溶けてしまってくれ。
一息つき、すぐキッチンに戻って驚いた。
最初は、飴と油分が分離して溶けるだろうと思っていたのだ。
それがどうだ。飴と油分が混じり合い、白く柔らかいペースト状になっている。
少し冷めたそれを練ってみて直感した。私は、いま真理にたどり着こうとしているのではないか。本当に欲しかったものはこれではないのか。
直感は徐々に核心に変わる。油と馴染んだ飴はやわらかく、固まる速度が遅い。練るほどに空気を含んでふわふわになり、追加のペーストを加えたら糸状にほぐれた。
やわらかく軽いこの質感!これだ!!!
ついに完成したSoanPapdiがこちら。
筆者の腕力ではこれ以上伸ばすことが叶わなかったが、Youtubeのレシピ紹介動画で見た姿にはなった。より細く伸ばすには上腕二頭筋のトレーニングが必要だ。
ナイフで切るとザクザクとパイ生地のように割れ、それでいてふんわりとしている。味もまろやかで、口の中でほぐれる優しい甘さだ。とてもおいしい。
市販品はシャクシャクした歯ごたえがあるため、この辺りが大きな違いといえよう。
偶然から完成してしまったが、さらなる実験の末、比較的安定して作れる下記のレシピを編み出した。
①ギーを中火にかけて溶かし、べサン粉、マイダ粉を加えて混ぜながら加熱する。ポタージュ状になるまで根気強く混ぜ続ける。
②サラサラになったら弱火にし、ミルで粉状にしたカルダモンを投入。ざっくり混ぜたら火からおろす。
③フライパンを一度洗い、グラニュー糖、水飴、水、レモン汁を入れ、中火にかける。沸騰してからはなるべく触らずフライパンを回すようにして混ぜ、きつね色の135℃あたりで火からおろす。ギー(分量外)をたっぷりと塗ったバットに注ぐ。
④すぐに硬化がはじまるため、溶けたギーと混ぜながら菜箸ではがし、手で折りたたんでは伸ばし…を繰り返す。この工程でループ状に形成し、輪っかを広げては2重に折りたたみ、としていくと後々楽である。
⑤やや伸ばしづらくなってきたところでペーストを表面に塗り込み、さらに伸ばす。だんだん糸状にほぐれてくるため、限界がくるまで伸ばす。
⑥折りたたんでタッパーなどの型につめたら完成。しばらく放置すると型の形にパリッと固まる。
飴を伸ばしながら、太さが均一にできるかが腕の見せどころだ。
インドの職人さんを目指してチャレンジしてみてほしい。
欧米圏では「Dragon's Beard(龍のヒゲ)」という名前で、同じように飴を伸ばして作るお菓子が存在しているようだが、そちらではペーストをまぶさず、煎ったコーンスターチを絡めながら作っていた。
1人では伸ばせる飴の長さに限界があるようで、今回作ったSoanPapdiもインドの職人さんのふわふわ感には及ばない。自宅で美しい絹糸状の飴を作るノウハウをご存知の方がいたら、ぜひご教授いただきたい。
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