渋抜きだけで数年
訪れたのは新潟県は加茂市。上越新幹線「とき」で東京から約2時間、燕三条で降りる。
日本全国に桐タンス生産地は数あれど、原木から製材、そしてタンス製造まで全てをカバーできるのはここ加茂だけ。国内生産量の7割を占める、桐タンスの一大産地だ。
今回同行するのは、デザイナーの友人・平社(ひらこそ)氏と吉尾氏。「加茂箪笥協同組合」から依頼を受け、加茂の桐を使った家具のデザインを世界に発信している。その縁で今回の取材が実現した、というわけだ。
桐タンスの製造工程をなぞりつつ、驚きの技術をクローズアップしつつお送りしていこう。お邪魔したのは朝倉家具さん。
まず目にしたのは、ショールームに隣接する敷地内いっぱいの、板・板・板。
大きな板から小さな小さな板まで、木目に沿って原木から効率よく切り出した板たち。
「原木から製材したあと、このように天日に干して“渋抜き”をします。“渋(しぶ)”という、木のアクのようなもの(正確には樹脂)を抜くためですね。抜いておかないとあとから変色して真っ赤になってしまったり、木に狂いが生じてしまうんです。」と朝倉さん。
上の写真でもわずかに灰色の部分が見えるが、これを2~3年(!)もの間、定期的に掛け替えたり裏返したりいろいろ手を入れつつ寝かせる(そのための、上のマーカー印である)。すると、下左の写真のように一面の灰色に変色してくるのだ。
渋を抜くのに何年も待つのか……。するとこの板たちも、まだ2夏もここにいるのか……とすっかり気が遠くなっている間に、いよいよ工場へと通される。「お、いよいよ家具に組み立てる工程かな?」と思うでしょう。思いますよね。
柾目への執念
よくよく考えたら、外に干してあったあの板たち、幅数センチ・長さ50センチ程度のものもたくさんあった。あれらはいったい、家具の中のどこにどうやって活用するというのだろう。
その答えの一端がここにある。「板はぎ」と呼ばれる工程だ。何枚かの板をはぎ合わせて1枚の板にするというのだが・・・。
なんと接着剤の登場だ。
接合面に接着剤(環境にやさしいエコボンド使用)を塗った板を下写真の機械に平らに並べ、圧力を四方からかけると、高周波で接着剤がガチガチに固まり1枚の板になるのだ(電子レンジと同じ原理)。加熱時間3分で、強度も十分なものになるという。
自然。どうにも自然だ。板の柾目(平行に何本も走る木目)の方向が完全に揃えられ、つぎ目がほぼわからない(色がちょっと違ったりと、よく見ればかろうじてわかる)。そこが技術力なのだろう。うーん、この柾目に対するこだわりには、うなるしかないのだった。
うちにも欲しいが用途が見つからない、ボンド付け機
さらに桐は、「合板」にすることで強度を増してもいる。タンスの扉や引き出しの前板に使われる板を、「練り付け」という方法で接着し、狂いのない板にするのだ。この工程も興味深いのでぜひ紹介したい。
同行の平社氏も言う。「なぜ桐タンスが高価なのか、ここに来て初めてわかったんですよ。材料の段階でこれだけ手間をかけてるのがすごいんだと」
“すごい”はまだまだ続く。次ページでもまだ、タンス組み立てまで進まない、と来た。
いっそここで働きたい
この日、訪れたもう1社の「加茂桐タンス」さん、そこでも驚きの技を見せていただいたのでぜひ紹介したい。やはり地味だが驚愕必至だぞ。
原木から取れる柾目の板は、ご想像のとおりほんのわずかだ。木目がまっすぐ平行に、きれいに通っている箇所など、ごく一部。ならどうやってタンス扉などに大きな柾目の1枚板が使えてるんだ、というと前ページでご覧に入れたとおり。
しかし はぎ合わせる前の1つ1つの小さい板も、「まっすぐな」木目だけとは限らない。木目が左右に弧を描いて湾曲していたりする。ならどうするか。こうする。
このように細くすることで曲げやすくなり、木目をぐいっとまっすぐに正してやることができるというわけだ。商品をより美しくするため、どのメーカーでもやる重要な作業だという。
世界の見聞に長けてない自分だが、あえて ひいき目交じりで言わせて貰おう。皆さん、こんな民族、どこにいるでしょうか。これほどに「木に気を入れる」意志、技巧ってあるのだろうか。ここまでして、柾目を。「手仕事ニッポン」の国に生まれて本当によかった、と思える瞬間だ。
私はこの工程、1日中やってみてもいいと思った。
平社氏らが参加したイタリアでの展示会でも、桐の柾目がきれい過ぎて “オー、これはプリントじゃないのかマンマミーア?”と何度も聞かれたそうだ(マンマミーアと言ったかは知らん)。外国の方にはどうしても印刷にしか見えないほど、完璧な出来ということ。それはそれでちょっと歯がゆい気もする。印刷と間違えられるとは。
さて次でやっと組み立て工程だが、またまたうなりまくる私たち、なのであった。
知ってしまったら今までのようには扱えない
ここでやっと組み立ての工程だ。といってももう4ページ目、誌面も尽きる。急がねば。
では特に心惹かれた、桐タンスの特質のひとつを支える重要な箇所について、皆さんにぜひ知って帰ってもらおう(モデルはふたたび朝倉家具さんに戻ります)。
その工程とは「引き出し」。引き出しの前面の板、「前板」は外枠よりも大きめに作り、スキマのできないよう職人さんが少しづつ削って大きさを合わせていく。「少しづつ」というところ、覚えておいてください。
しばらくこの作業の様子を見守っていたのだが、本当に何度も、あらゆる箇所に少しづつ手を入れては確認していく。人の手が、ここでもまた無数に積み重なる。
もちろんこの作業、見た目を美しくするのみに腐心しての作業ではない。ここまでぎりぎりの仕立てをすることにより、タンスの密封性が増し、内部の環境が一定に保たれやすい。ということは「燃えにくい」ということでもあるし、「防湿性が高い」ということにもつながる。
こうやって出来た桐タンスの数々。意識をあらたにする気持ちで、しばしご覧下さい。
なかなか普段見ることのできない現場を訪れるのは愉快だ。しかもそこに、今回のような予期せぬ驚きが多数埋まっていると、なおさら興奮度合いも高くなる。そして人に教えたくてたまらなくなる。
桐家具のいいところは、本文で紹介したものの他にもまだまだあって、例えば「軽量」だとか「腐りにくい」「3回以上洗い直し(再生)できるでの100年はもつ」など挙げられるのだが、私の役目としてはこれら実際に見てきた驚きを少しでも伝えられれば、と思う。
照れくさいが最後にもう一度。「日本人は尊敬に値する」。今回はほぼ冗談抜きでお送りしました。
■加茂箪笥協同組合の皆様、ありがとうございました。
加茂桐箪笥協同組合 Webサイト
https://www.kamokiritansu.com/
注:下記展示や団体名等は2008年当時の情報です
今回取材に同行いただいた、平社氏・吉尾氏の参加するデザイン・エキシビジョン「GIBA(ジバ)」。そのGIBAと、加茂箪笥協同組合とのコラボレーションブランド「PAULOWNIA」の展示が、ちょうど本日から五反田にて開催されます。下の写真はその「PAULOWNIA」の一部。
伝統的な桐タンスのイメージとはまた違う、斬新な解釈で送る展示会です。「JAPAN DESIGN in Milano Salone 2008 Vol.8 GIBA」
東京デザインセンターによる展覧会情報は下記の通りhttps://www.design-center.co.jp/events/index.html