コピー機は窯だ!
20年以上前、新卒で会社に入った頃はけっこうな頻度でカラーコピー機が紙詰まりを起こしていた。何もできない私は先輩方の大量の書類のコピーを命ぜられ、ひたすら原稿を紙送り装置に突っ込んでいた。
突然奥の方でガシャガサクワッと音がしてコピー機は動作を止めピーピーと鳴く。「紙が詰まってるから取り出せ」という指示にしたがってカバーを開け、くしゃっとなって引っかかっている紙を抜き取る。そんなんでいちいち作業を止めては仕事が遅いと先輩に怒られ、紙を無駄にすんなと総務部門に怒られていた。
時が経つにつれコピー機の性能がぐんぐん向上し、紙詰まりもめっきり少なくなると、実は自分がそれを待ち焦がれていた事に気づいた。
詰まった紙を探すためにカバーに手をかけた時にほのかに伝わってくる熱気、「コピー機こんなところまで開くのか!」という驚き、そしてスキルゼロの自分でも味わえる整備士感。
詰まっている紙の仕上がり具合はどうだろうか。
ぐしゃぐしゃになっていたり、破れていたり、人の手では不可能なほど繊細な蛇腹折りができていたり、二つと無い不作為の美が生じている。コピー機は陶芸の窯だったのだ。
みたいな思いを今から9年ほど前にツイッターで投稿したら「わかる!」とけっこう共感された。
これを機に、ちゃんと詰まった紙を見ていこうと決意した私はすっかりレアーなアクシデントとなってしまった紙詰まりに遭遇するたびにその姿を記録してきた。
9年間でわずか5回、焼成された紙は9枚。戦国大名がこれを巡って戦を起こしかねない貴重さである。ゆったりとこの作品たちを鑑賞したい。数奇者(すきもの)道を爆進しようぜ。
白地縦筋詰(しろじたてすじづまり)
初出がいきなり2015年、あのツイートから3年である。
紙を横切るシャープな折り目が緊張感を醸し出し、その右手の緩やかな折りが紙肌に心地よい調子を生み出している。この溝にジャスミン茶を注ぎ、結構なお点前でと言われたい。
さらに縁の絶妙な凹みが単調にならずにほどよく趣きを加えている。
白地角折れ詰(しろじかどおれづまり)
のたうつような一筋のドレープが優美で上質なシルクのようだ。くいっと曲がる角の折れもさらに品の良さを添えている。いっちょうらのジャケットの胸ポケットからちょっと覗かせるといいかもしれない。
この2枚はいずれも排出トレイ付近で詰まっていた。同じコピー機(窯)の場所でもこれだけ表情に違いが生じるのだ。なんだかテンションが上がってきましたね。
白地端凹詰(しろじはしへこみづまり)
縁に微妙な折れがあるのみでほぼ元の紙のまま焼成された。これまでのものに比べると寂しく、物足りなさを感じるかもしれない。しかし、室町時代中期の茶人、村田珠光(むらたじゅこう)が起こした「わび茶」を受け継ぎ、その萌芽を築いたとされる武野紹鴎(たけのじょうおう)が目指した茶の湯の境地は「枯れかじけて寒かれ」とされている。このような冷たく、寂しい風趣の中にこそ、高潔な紙詰まりの美が見出されるのではないか。
白地乱れ谷筋詰(しろじみだれたにすじつまり)
荒々しい折り目が地形を削って海に注ぐ雄大な川に見える。大きく歪んだ自由で大胆な造形が独創的な破調の美を産み出しているし、手前の折れもすごくダイナミック。
千利休より「わび茶」の薫陶を受けながらも大胆奇抜な発想で茶の湯に新風を巻き起こした古田織部(ふるたおりべ)の織部焼さながらに、素材との対話が感じられる逸品である。
白地端破れ詰(しろじはしやぶれづまり)
中央に走る幾筋かのほのかなシワが茶器を彩る釉薬のなだれのように独特の味わいを醸し出しておりなんか渋い、実に渋い。右上にいい形のやぶれが出ている。
白地紋紗詰(しろじもんしゃづまり)
中央部分にほのかに刻まれた詰まりじわが静かに、しかし周りの空気まで律するような存在感を放っている。
紙詰まりを嗜むものなら誰もが憧れる静謐な美しさがここにはある。
白地春凪詰(しろじはるなぎつまり)
詰まってできたとは思えないなだらかなしわが穏やかな春の海のようにやさしく波打つ。猛々しい音をたてて止まるコピー機からこんな温和なものが生み出されるのだ。
白地墨飛沫詰(しろじすみしぶきづまり)
少しつまんだようなシンプルなしわがワンポイント。一見画竜点睛を欠く感もあるがよく見ると表面に黒インクの飛沫を飛ばして細やかな表情を創りあげている。
コピー機の中の小さな古田織部が手を加えたに違いない。さすがオフィスOAのへうげもの。
白地雪原詰(しろじせつげんつまり)
最新作はひたすら雄大である。紙面をゆったりと、遥か彼方へ続く道のごとく横たわるシワは、小さなA4の紙を無限の空間へと拡張している。
千利休がわび茶の宇宙をたった2畳の茶室「待庵」に表現したように、物理的な空間を超越した奥深い詰まりの世界を見た時、私は興奮をおさえて静かに廊下を歩いていた。
21世紀の数奇者たちよ
紙詰まりを愛ではじめてから約9年、未だ私が追い求めている詰まりがある。かつて紙詰まりが頻発している時代に出会った、なんともいえない、あの精巧な蛇腹折りである。
これからもカラーコピー機は性能を上げ、さらにドキュメントはデジタル化されてゆく。紙詰まりは今以上に希少な現象となり、この無垢な美をたたえた名物との出会いは減少する一方だろう。馬の目を抜くビジネスシーンでパワーポイントと向き合いながら日常の風流に癒しを求める21世紀の数奇者たちよ、コピー機の挙動に静かに耳をすまそう。一国一城にも比肩するほどの体験がそこには確かに存在するのだ。