「塹壕ラジオ」とは?
突然、塹壕(ざんごう)ラジオなどと意味のわからんことをいい出したが、この塹壕ラジオについて、説明しておきたい。
AMラジオの電波は、かなり簡単なしくみでも受信できるのが特徴で、特に鉱石ラジオと呼ばれるものは、電源がなくてもコイルや検波器やイヤホンやらがちゃんとつながっていれば、ラジオの電波を受信して聞くことはできる。
さらにいうと、AMラジオ電波の送信所近くだと、ガードレールや水道の蛇口が、AMラジオの電波を受信して、しゃべり出すこともある……という噂がまことしやかに語られることもある。つまり、それだけ簡単な仕組みで音がなることもある。ということだ。
さて、塹壕ラジオである。これは第二次世界大戦のおり、兵士が塹壕の中で、娯楽のために作った鉱石ラジオの一種だ。限られた物資の中から作られるので、カミソリの刃、針金、鉛筆、安全ピン、銅線といった、戦場であればすぐ手に入るものだけでできている。
塹壕ラジオの歴史などは、ウィキペディアをごらんいただくとして、今回はこの塹壕ラジオを実際に作ってみて、本当にラジオを受信できるのか、試してみたい。
しかしラジオの知識はない
ラジオ好きかと言われれば、好きである。昼間はテレビを消してラジオ(FMだけど)をつけて仕事をすることが多い。
とはいえ、ラジオがなるしくみに関しては、まったくなにもわかってない。ラジオの技術にめちゃくちゃ詳しいひとを100とすると、おそらくぼくのラジオ知識は10前後ぐらいだと思う。呂布の武力(100)に対する、曹豹の武力(10前後)みたいなものである。
しかし、今はインターネットの力がある。
インターネット上にある塹壕ラジオ作成記事をいろいろと見比べ、YouTubeに上がっている作成動画も参考にしたうえで、以下のような設計図を書いてみた。
もちろん、これで合っているのか、間違っているのか、さっぱりわからない。コイルの意味や、アースがなぜついているのかも不明だ。だいたい、鉛筆でカッターのうえをグリグリするだけで音がなるというのもにわかには信じがたい。
さっそく、近所の100円ショップに行き、材料になりそうなものを買いそろえてきた。
ただし、銅線とイヤホンに関しては、秋葉原に行って購入してきた。
イヤホンは、ダイソーで売っているようなものではダメで、セラミックイヤホン(またはクリスタルイヤホン)と呼ばれるものでなければ、音が聞こえない。
まずは、コイルを作りたい。コイルにする銅線は0.5mmのものが巻きやすいということだったので、直径0.5mmで100m以上ある銅線を買ってきた。じつはこれが1500円ぐらいしたので、いちばん高かった。
角材にぐるぐる巻きつけた銅線は意外とビロビロしており、スリンキーみたいになるので、セロハンテープ等で適宜押さえつけながら巻きつけなければいけない。
銅線を200回ほど巻くことに、どんな意味があるのか、どんな効果が生まれるのかわからない。が、とにかく巻きつける。
刑務作業のような巻きつけ工程が終わると、一部を紙やすりで削り、中身の銅線をむき出しにしておく。
そして、塹壕ラジオのポイントである、カッターの刃だ。おそらく、本来は薄い鉄の板があれば、何でもよいのだろう。昔の塹壕ラジオでは、カミソリの替刃を使ったらしいが、カミソリの替刃は最近なかなか売っていない。そんなわけで、カッターの替え刃を折って使うことにする。
カッターの刃は、ガスコンロで焼く。どの程度焼けばいいのかがわからないので、とりあえず赤くなるまで焼いてみた。
どうやら、焼いたときにできる酸化皮膜というものが重要だという。話によると、錆びた剃刀の刃でも音がなる場合もあるらしいが、これからカッターの刃を錆びさすと、確実に原稿を落とすことになるので、焼くほうで勘弁してほしい。
続いて、鉛筆。
鉛筆は3センチほどに切って、ぐにっと曲げた安全ピンを突き刺す。この鉛筆が、さっきのカッターの刃にくっつくように取り付ける。
難しい工作はこの程度で、あとはこれらの部品を基盤にくっつけていくだけだが、自分のやっている作業がなにを意味するのか、よくわかっていないので、とにかく不安しかない。
ゴミ感あふれるみてくれだが、塹壕ラジオの完成である。左側のまるい銅線はアンテナで、右側のもう一つのコイルにみえるのは、アースのための銅線だ。これはゴチャゴチャ長くなるので、紙管にまきつけている。
まずは、自宅で受信を試してみたい。
果たしてきこえるのか?
私の家は、鉄筋コンクリート造の団地の上の方の階であるため、地面がない。こういう場合は、コンセントの下にあるアースに線をつなげば良いということであったので、エアコンの下に余っていたアースにアース線をつなぐ。
いいのか、これでいいのか? と、しらない宗派のお葬式に行った時のお焼香みたいな不安はぬぐえない。
で、音を聞いてみる……。
どこかを触ると「ザリ、ザリ」という音がかすかに聞こえる。さらに鉛筆をクイクイ動かすと「ザザ……、ザザ……」と、線香花火の最後の方みたいな音が聞こえる。
が、それ以上のことはなにも起こらず、空は青く、日差しは強かった。
いや、YouTubeをみるとですね、もっとこう、音は小さいながらもラジオ放送を受信している動画がいっぱいあるんですよ。わたくし、線香花火の音再現マシンを作ったのではないのです。AMラジオ、ききたいんですよ。
専門家に泣きつく
このまま「失敗しました」と、正直に書くのもひとつの手だが、いちおう、なぜ音がならなかったのか、専門家にきいてみたい。
実は、デイリーポータルZではかつて「ビニール傘で受信する」として、傘ラジオづくりに挑戦し、考案者の小池清之先生(東京高専)に話を聞きに行ったりしている。
デイリーポータルZ編集部古賀さんの紹介で、小池先生とコンタクトをとることができた。
小池先生は、忙しいにもかかわらず、すぐに返事をくださり、ぼくの作った塹壕ラジオがうまく受信できなかった理由をいくつか考えてくださった。
曰く、参考にしたYouTubeと同じようにラジオを受信するためには、YouTubeで作っているものと同じ塹壕ラジオを作るのが前提で、さらに、この動画を収録している場所と建屋で受信する必要がある。とのこと。
そのうえ、塹壕ラジオが難しいのは、調整しなければならないものが「同調」と「検波器」の二箇所あり、その両方が同時に最適な状態でなければ聞こえない点などがあり、調整はかなりシビアになるという。
いずれにせよ、塹壕ラジオでAMの電波を受信するためには、放送局(送信所)とどれぐらい離れているのか、どんな建物の中で受信しているのか? が、けっこう重要らしい。
東京近辺には、埼玉県の久喜(NHK)、川口(文化放送)、戸田(TBSラジオ)、千葉県の木更津(ニッポン放送)に、それぞれAMの電波塔があるらしいが、うち(東京都中央区)はいずれの電波塔からも微妙に遠かった。
それならば、こっちから送信所の近くまで出かけるのはどうか?
戸田の電波塔のふもとにやってきた
というわけで、戸田のTBSラジオの電波塔のふもとまでやってきた。
ラジオ送信塔から、数百メートルの場所に、うってつけの小さな公園があったので、そこでラジオをセッティングする。
じつは、送信塔の近くに行って受信する場合のアドバイスを、小池先生にもらっていた。まず第一に、①送信塔と平行になるよう、なるべく高くアンテナを伸ばす。②アースは直接地面に置くか、土の中に埋めるぐらいの気持ちで。③最初は検波器(カッターの刃と鉛筆)を調整してから、コイルを調整するとよい。の3点だ。上の写真では、はっきり見えないが、アース線は釘に巻きつけて土の中に突き刺してる。
さっそく、検波器の調整をしてみる。
あれ……おぉ、なんか聞こえる!!
かすかに、人のしゃべる音、めちゃくちゃ音が小さいけれど……今度は歌だ。うわーすごい!
自宅のベランダで聞いた時とは全く違って、検波器をいじると、ラジオっぽいものがものすごく小さい音だが、聞こえるのだ。
しかし、音が小さすぎて、セラミックイヤホンをiPhoneのマイクを近づけても鳥や風の音がでかくて録音できない……。
このまま、ただ「聞こえた!」と、表情で表現するだけだと、読者諸氏にご納得いただけないかもしれない。
そこで、セラミックイヤホンをマイクに近づけたiPhoneを、持ってきたリュックにつっこんで遮音し、さらに着ていた上着を脱いでくるんで防音した上で録音してみた。そのときの音声がこちら。
鳥の鳴き声に負けてしまっているけれど、ラジオ放送が受信できているのがわかるとおもう。
ただし、検波器の位置が決まったら、コイルをいじってもTBSラジオしか受信できなかった。
自分で適当に(丁寧には作ったつもりではあるけれど)1時間ぐらいで作ったラジオが、しっかり電波を受信している。ほんとにおもしろい。
その昔、鉱石ラジオにハマる少年がいっぱいいたのは、これか……と時間を超えて彼らに共感してしまった。
最終兵器を投入
さて、もう、聞こえたんだからいいじゃないかというきもするが、実は用意してきた最終兵器がある。ゲルマニウムダイオード1N60だ。
カッターの刃と鉛筆の検波器部分を、これに変更したばあい、どのくらいきこえるのか。試してみたい。
ゲルマニウムダイオードを、みのむしクリップで挟んだ瞬間、くい気味で、イヤホンからでかいラジオ音声が聞こえてきた。す、すげえ、工業製品の底力よ……。
上のYouTubeはその時の音声だが、途中、トラックが公園前の道を通り過ぎる音が聞こえるものの、それに負けないぐらいの大きい音でラジオ放送が聞こえる。しかも、交通情報とラジオCMをやっているのがちゃんとわかるほど明瞭だ。
もはや、この塹壕ラジオに愛着さえわいてきている。名前を名付けたい。戸田市氷川町で音声がはっきり聞こえたので、ひーちゃんとでもしようか。ゲルマニウムひーちゃん。
もし、小学生の頃にこの実験をやっていたら、確実にラジオや電気工作にハマっていただろう。
鉱石ラジオは前から興味はあったんだよ、もっと早く試してみればよかった……と、すこし後悔してしまった。
こんなにおもしろい実験ができるのもあと数年
radikoはもちろん便利ではあるけれど、AMのあのこもった音質の、雑音が適度にはいるラジオを聞きたいときは、いちいちCDラジカセを持ち出して、ラジオを聞いている。
NHKは、現在2局あるAM波を、ひとつに削減するものの、放送法の決まりでAM放送は続けなければいけないため、NHKのAMラジオは残るらしい。
ということは、当面、AM波がなくなるようなことはないけれど、それにしても、こんなに手軽に聞くことができるAMラジオが少なくなっていくのは、なんだか寂しい気もする。