餌やりは下準備が肝心
やはり気になるのは餌やりである。朝と夕の2回に分けて行われている。
クラゲの餌は、主にアルテミア、コペポーダ、シラス、ミズクラゲ。ここではイトメイトという、うなぎの稚魚を成長させるために使う餌も試験的に与えているとのこと。
ほとんどのクラゲが好むのはアルテミア。エビやカニの仲間でとても小さく、1mmにも満たない大きさだ。
実は、このアルテミアの下準備の合間に別の餌の準備も進めていた。
「ダンダンダンダン!」とクラゲ研究室から響き渡る包丁とまな板がぶつかり合う音。朝の台所のようなほのぼのとする風景だ。
そしてもう1つ、ミズクラゲの下準備だ。
――クラゲを食べるクラゲがいるんですね。
「アマクサクラゲやオワンクラゲなどがそうです。ミズクラゲを角切りやミンチ状にして与えています。」
たまにスーパーで食用のクラゲが売られているのを見掛けるが、あれはビゼンクラゲという種類なのだそうだ。酢味噌につけて食べると美味しいらしい。
「良かったら切ってみますか?」
――えっ!良いんですか!
お言葉に甘えて切らせてもらった。
――クラゲって死ぬとどうなるんですか?
「体がぼろぼろになって、最終的には溶けます。でもこの段階ではまだ身は残っているので、容器に入れますね。」
――素朴な疑問ですが、クラゲの死因って寿命(一般的には一年程度)やケガ以外にあるんですか?
「寄生虫が付いてしまうと、傘の部分に穴が開いて弱ってしまいそのまま死ぬことがあります。」
――そうなんですか、切ない。天敵はいますか?
「天敵というか、カワハギはおやつがてらクラゲを食べますね。ウミガメは水分補給に食べることもあるそうです。」
――そろそろカワハギが旬ですね。肝ポン酢を啜りながら日本酒を飲みたいなと思ってます。ウミガメは、よくビニール袋を飲み込んでしまうことがあると聞きますが、クラゲと間違えて食べてしまっていたんですね。
ところで、同じ水槽に入っているクラゲは共喰いをしないのかと尋ねたが、自然界のものと繁殖させたものを一緒に入れない限りはあまりないという。
ケガと隣り合わせの餌やりタイム
下準備を終えた餌を持って、館内に展示されているクラゲ水槽を1つ1つ回り餌やりをする。といってももちろん、普段わたしたちが見ている展示の裏側に行くのだ。
人一人が入れるような狭い空間に、木製の足場、張り巡らされた配管。展示の裏側はまるでホールの舞台裏のようで、芝居の出待ちのような緊張感に包まれる。
一般のお客さん向けに行われているバックヤードツアーでも入れない場所にお邪魔することができて、嬉しさのあまり終始目がキョロキョロしていた。
餌はアルテミアの場合、ボトルもしくはスポイトで上から流し込む。
しかし、シラスやミズクラゲ、イトメイト等を食べるクラゲに対しては直接お口へ運んであげるというVIP対応なのだ。
食べこぼしで水槽が汚れてしまうのを防ぐためと、一匹一匹に確実に餌を届けるためでもある。
まさに「あ~んして」である。わが子の離乳食時代を思い出した
でも相手はクラゲだ。餌を直接届けるため水槽にかなり深く手を入れるので、触手にふれないよう気を付けなければならない。
――やっぱりケガはつきものですか?
「そうですね。長い触手が絡みついてビリッとやられたことがあります。酷い時はなかなか腫れが引きません。ちなみに展示水槽の横に貼っている“毒レベル”は図鑑を参考に設定しているのですが、個人の体験が反映されることもあります。ここでは毒レベル2で表記していたクラゲが、うっかり刺された時とんでもなく痛くて、こりゃあ2じゃないだろってことでレベルを上げたいと思ったことがあります。」
――何気なく見ていた毒レベルの裏側には職員さんの犠牲(?)もあったのですね。
餌やり中は常に片手がびちょびちょなのでタオルは欠かせない。
なんと今回、特別に「クラゲシンフォニードーム」のメイン展示の内部にお邪魔することができた。
この作業を約30~40分かけて行っていく。クラゲの食事時間はじっくり1時間程度なので、11:00の水槽の水換えまでには余裕を持って終わらせる必要があるのだ。
後藤さんは勤続1年半ほど。ようやく色々と慣れてきた頃合いらしい。大学の頃からクラゲ研究に励んできたが、就職したここでも色んな発見があるとのこと。
「新しい餌にもチャレンジしているのですが、クラゲって意外に選り好みすることがあって。一回触手で掴んだのにポイっとされてしまうことがあるんです。あと、海で収集したミズクラゲの胃の中に時々『シミコクラゲ』が入っていることがあるらしいです。ミズクラゲもクラゲを食べるのかな……?とか。まだまだ分からないことだらけです。」
別の飼育員・木下さんは、ツノクラゲに餌をあげたとき、一瞬虹色に光った(櫛板にある小さな毛が細かく動き、光を反射するためそう見えるらしい)のを見て「かわいい!」となったらしい。
食べる姿は子どもでもクラゲでもキュンとくるものがあるんだなぁ。