特集 2023年10月12日

クラゲ飼育員ってどんなお仕事?

餌やりは下準備が肝心

やはり気になるのは餌やりである。朝と夕の2回に分けて行われている。

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バックヤードのクラゲを含め、現在館内で飼育しているのは24種類ほど。それぞれにどの餌をあげるかが一目で分かるようになっている。ちなみに手書きされている「カギノテ」と「アマクサクラゲ」は職員さんが採集したクラゲだと後になって分かり、じんとしたキャプション

クラゲの餌は、主にアルテミア、コペポーダ、シラス、ミズクラゲ。ここではイトメイトという、うなぎの稚魚を成長させるために使う餌も試験的に与えているとのこと。

ほとんどのクラゲが好むのはアルテミア。エビやカニの仲間でとても小さく、1mmにも満たない大きさだ。

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アルテミアの卵は研究室奥の冷蔵庫に缶詰で保存されている。ベトナム産の方が栄養価が高いため高価だそうだ。アメリカ産は比較的低いコストで手に入るが、栄養価が低いため強化剤で補っているとのこと。
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27~28℃を保ちながら、24時間かけて孵化させる。
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孵化させたアルテミアを光で集め、卵の殻と分離させる。じっと見てると、小さな粒が光の方へよじよじと動いているのがわかる。一方、茶色い粒が卵の殻で、上方に浮いてきている。見るものが小さすぎるせいか、目のピント合わせにチカラが入るぞ(今後ずっとそうです)。
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アルテミアは、ベトナム産とアメリカ産を混ぜて与えます。
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卵の殻を避けつつアルテミアのみをチューブで吸い出して、完成!簡単に言いましたが、けっこう精密な作業です。
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たんとお食べ。

実は、このアルテミアの下準備の合間に別の餌の準備も進めていた。

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シラスをミンチにします!一匹まるごと食べるクラゲもいます。

「ダンダンダンダン!」とクラゲ研究室から響き渡る包丁とまな板がぶつかり合う音。朝の台所のようなほのぼのとする風景だ。

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慣れた手つきで細かいミンチにしていく後藤さん。

そしてもう1つ、ミズクラゲの下準備だ。

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研究室にある、餌用のミズクラゲ水槽から水揚げされたばかり。触手にふれないよう気を付けながらカットし、入念に海水で洗う。こんな形でクラゲを見るのは初めてだ。

――クラゲを食べるクラゲがいるんですね。

「アマクサクラゲやオワンクラゲなどがそうです。ミズクラゲを角切りやミンチ状にして与えています。」

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アマクサクラゲ(画像提供:九十九島水族館海きらら)
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オワンクラゲ(画像提供:九十九島水族館海きらら)

たまにスーパーで食用のクラゲが売られているのを見掛けるが、あれはビゼンクラゲという種類なのだそうだ。酢味噌につけて食べると美味しいらしい。

「良かったら切ってみますか?」

――えっ!良いんですか!

お言葉に甘えて切らせてもらった。

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本当に台所に立っている気分だ。

 

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包丁が恐ろしいほどスッと入る。切れ味が良いのではなくて、クラゲがほぼ水だからじゃないかなって思います。おそるおそるヌルっとした身をつまみながら切っていく。
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ミンチにするとだんだん身が溶けたようになって見えなくなり動揺する。わたしが正直者でないから見えんのかと、「はだかの王様」に登場する民のような気持ちになった。

――クラゲって死ぬとどうなるんですか?

「体がぼろぼろになって、最終的には溶けます。でもこの段階ではまだ身は残っているので、容器に入れますね。」

――素朴な疑問ですが、クラゲの死因って寿命(一般的には一年程度)やケガ以外にあるんですか?

「寄生虫が付いてしまうと、傘の部分に穴が開いて弱ってしまいそのまま死ぬことがあります。」

――そうなんですか、切ない。天敵はいますか?

「天敵というか、カワハギはおやつがてらクラゲを食べますね。ウミガメは水分補給に食べることもあるそうです。」

――そろそろカワハギが旬ですね。肝ポン酢を啜りながら日本酒を飲みたいなと思ってます。ウミガメは、よくビニール袋を飲み込んでしまうことがあると聞きますが、クラゲと間違えて食べてしまっていたんですね。

ところで、同じ水槽に入っているクラゲは共喰いをしないのかと尋ねたが、自然界のものと繁殖させたものを一緒に入れない限りはあまりないという。

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ケガと隣り合わせの餌やりタイム

下準備を終えた餌を持って、館内に展示されているクラゲ水槽を1つ1つ回り餌やりをする。といってももちろん、普段わたしたちが見ている展示の裏側に行くのだ。

人一人が入れるような狭い空間に、木製の足場、張り巡らされた配管。展示の裏側はまるでホールの舞台裏のようで、芝居の出待ちのような緊張感に包まれる。

一般のお客さん向けに行われているバックヤードツアーでも入れない場所にお邪魔することができて、嬉しさのあまり終始目がキョロキョロしていた。

餌はアルテミアの場合、ボトルもしくはスポイトで上から流し込む。

しかし、シラスやミズクラゲ、イトメイト等を食べるクラゲに対しては直接お口へ運んであげるというVIP対応なのだ。

食べこぼしで水槽が汚れてしまうのを防ぐためと、一匹一匹に確実に餌を届けるためでもある。

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後藤さんの背後にある、配管の整列がこれまた美しくため息が漏れる。

 

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角切りのミズクラゲをあげますよ。
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アマクサクラゲの目線で覗く水族館。基本的にクラゲ水槽は丸型もしくは多角形。自身では泳ぐことができないため、水槽中を回遊させるよう水流が作られている。ストレスの軽減および体が傷ついたり変形したりするのを防ぐためだ。
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パクっと食べている感じがかわいい。

まさに「あ~んして」である。わが子の離乳食時代を思い出した

でも相手はクラゲだ。餌を直接届けるため水槽にかなり深く手を入れるので、触手にふれないよう気を付けなければならない。

――やっぱりケガはつきものですか?

「そうですね。長い触手が絡みついてビリッとやられたことがあります。酷い時はなかなか腫れが引きません。ちなみに展示水槽の横に貼っている“毒レベル”は図鑑を参考に設定しているのですが、個人の体験が反映されることもあります。ここでは毒レベル2で表記していたクラゲが、うっかり刺された時とんでもなく痛くて、こりゃあ2じゃないだろってことでレベルを上げたいと思ったことがあります。」

――何気なく見ていた毒レベルの裏側には職員さんの犠牲(?)もあったのですね。 

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クラゲの水槽そばに表示されている毒レベル。

餌やり中は常に片手がびちょびちょなのでタオルは欠かせない。

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円筒状の展示は上部がカパッと開くようになっているので、そこからザバー。

なんと今回、特別に「クラゲシンフォニードーム」のメイン展示の内部にお邪魔することができた。

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超貴重だ!浮ついた声が出そうになったが、外側にはお客さんがいるためヒソヒソ話す。
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上を見上げれば、天井にクラゲの映像。わたしたちが水槽の中にいるような気分になってくる。
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こんなにたくさんのクラゲがいるのに手を突っ込めるのがすごい
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「あ~ん」が見れたときはとってもうれしい

この作業を約30~40分かけて行っていく。クラゲの食事時間はじっくり1時間程度なので、11:00の水槽の水換えまでには余裕を持って終わらせる必要があるのだ。

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餌を食べたかどうかは体の色を見ればわかるそう。また、食べた餌の重みで沈むので位置や動きで判断。プカプカ水流に乗ってやってくるクラゲめがけて餌を注入していく。クラゲはほぼ目が見えないので、こちらから介助してあげる必要があるのだ。
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ミズクラゲ。かさの中央部分が口で、四葉のクローバーみたいなのが胃。色が変わっているのが分かるだろうか。のんびりとモグモグ中なのである。

後藤さんは勤続1年半ほど。ようやく色々と慣れてきた頃合いらしい。大学の頃からクラゲ研究に励んできたが、就職したここでも色んな発見があるとのこと。

「新しい餌にもチャレンジしているのですが、クラゲって意外に選り好みすることがあって。一回触手で掴んだのにポイっとされてしまうことがあるんです。あと、海で収集したミズクラゲの胃の中に時々『シミコクラゲ』が入っていることがあるらしいです。ミズクラゲもクラゲを食べるのかな……?とか。まだまだ分からないことだらけです。」

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シミコクラゲ。傘の大きさは成長しても5mm前後。(画像提供:九十九島水族館海きらら)

 

別の飼育員・木下さんは、ツノクラゲに餌をあげたとき、一瞬虹色に光った(櫛板にある小さな毛が細かく動き、光を反射するためそう見えるらしい)のを見て「かわいい!」となったらしい。

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体全体に小さな突起を持つ「ツノクラゲ」。刺されると痛そうだけど、刺胞がないので触っても問題ないのだそう。体が非常に柔らかく、少しの水流で崩れてしまうことも。(画像提供:九十九島水族館海きらら)

 食べる姿は子どもでもクラゲでもキュンとくるものがあるんだなぁ。

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キュンとくるといえば、水玉模様で丸くコロンとしたフォルムの「タコクラゲ」。ペットとしての人気もあるのだそう。
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餌やりのあとは水槽の水換え。小さいクラゲは1匹ずつスポイトで吸い出してから新しい海水の入った水槽へ。この時も汚れをしっかり落としたり、数ミリにも満たないポリプが別の水槽へ入ってしまわないようにするなど気を遣う場面が多い。あと重い水槽を運ぶとき、けっこう腰にくるそうだ。いつもお疲れさまです。

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