80年代に発行されていた少女向け手芸雑誌を読んでいたら、
めちゃくちゃ初歩的だが極めて重要でリアルなアドバイスが書いてあって感心した。
過去最高にわからない。
襟部分の拾い目をしなきゃいけないんだけど、拾う目ってどれ?
無理。全然わからない。普通にどんぐりとか拾いたい。
10年後のわたしだったらわかるかもしれない。でも、今わからなきゃ意味がない。
…燃やそうかな。
ウールって燃やすと髪を燃やしたみたいな臭いがするんだよなぁ。髪を燃やしたみたいな臭いってなんだよ。もっと他に例えないのかよ。
いや、でもその前に祖母を頼ろうか…。郵送して、編んでもらって、返送して……。ゴーストライターならぬゴーストニッター……。
ま、無理か………タハハ…………………。
…いや、違う。いまこそ、「要は気持ち」だ。
要は気持ちって言い聞かせなきゃ、そもそも完成しないじゃん。合ってる合ってないとかは今は二の次。完成予定日を過ぎてたっていい。とにかく進めろ。完成させないと話にならない。要は気持ちの精神で押し切れ。
そこからは、もう全部「要は気持ち」パワーで進めた。
要は気持ち、要は気持ち、と唱えながら、会社の薄暗い休憩室で1人黙々と袖付をしていたら、パッと明かりが付いた。
「手元が暗いとやりづらいでしょう」
ハッとして顔を上げると、他部署の女性が電源タップの横に佇んでいた。
「いいわね、編み物。すごいもの編んでるじゃない。」
「いえ、全然…そんなことは…。」
「わたしも昔は夫にカーディガンを編んだりしたけどねぇ。今はもうめっきりだわ。」
お、夫にカーディガン………?!
わたし、そういうテーマについてここ数日ずっと考えてたんです…!!!!!と前のめりで話を聞き出したい気持ちをグッとこらえ、落ち着いて会話を続けた。
「すごい…カーディガンですか。難しいですよね、カーディガンって。」
「他人のためって思ったから作れたのよね。自分のじゃ途中で飽きちゃうもの。」
そうか…たしかにそういう考え方もあるかも………。
「そうなんですね。他人のために……。それにしたって、大変な作業ですが…………。」
「まあね…そりゃあもう大変だったわ。」
彼女はわたしの側に腰掛け、事の詳細を語ってくれた。
はじめて作ったセーターを夫はあまり着てくれなかったこと。それがくやしくて、次はカーディガンを作ったこと。夫にバレないように制作するのはとてもスリリングだったこと。そのほかにも、夏には夫にアロハシャツを作ったこと。現在は夫婦でクロスステッチにハマっていること。
彼女の口から仲睦まじい夫婦のエピソードがポロポロと溢れ出る。
圧倒的な光のオーラにさらされて、黙々と練りかためてきた卑屈な思考が崩壊していくのがわかる。
…でも、ここで気圧されちゃダメだ。手に持ったかぎ針を握りしめ、わたしは尋ねた。
「そのカーディガンって、なんで編んであげようと思ったんですか?」
彼女は一瞬キョトンとした顔をした。そしてすぐ、屈託のない笑みを浮かべ、こう答えた。
「だって、寒そうにしてたから」
シ、シンプル……………。
脳内を覆った雲が突風に吹き飛ばされる。みるみると青が広がる。宇宙に直結した空を、飛行機が走る。横断幕をはためかせている。書かれた文字は『だって、寒そうにしてたから』。
呆然とするわたしをよそに、彼女はこう続けた。
「でね、そのカーディガン、夫が気に入って今も着てるの」
遮るものはない。青空を見上げ、太陽を浴び、わたしはサラサラと砂になった。
2週間ではできなかった。でも、2週間でやろうと思ったからできた。
ただ、そもそもの話、趣味の編み物(もとい手芸全般)って、急いで作るものではないと思う。自分のペースで楽しみながら作るのが醍醐味なわけで。
しかし、「自分のペースで」「急がなくていい」となると途端に完成する可能性が低くなるのもまた事実である(※個人差あり)。
少なくともわたしは非常に飽き性なので、編み物においての何よりの大敵は飽きであると感じた。
編み物本には、編み図や技法は載っている。しかし、どーしたら飽きずに完成させられるかという1番の問題の答えはどこにも書いていない。
当時、その難問に対して編み物本出版社が捻り出した答え、それが「彼」だったのではないだろうか。
そして編み始める理由は、「だって寒そうにしてたから」で十分だったのだ。
80年代に発行されていた少女向け手芸雑誌を読んでいたら、
めちゃくちゃ初歩的だが極めて重要でリアルなアドバイスが書いてあって感心した。
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