実は紀州鉄道は最近、赤字経営に廃線の危機が報じられており、存続に向けて市と会社、国、県、有識者などで様々な対策が協議されているそうだ。
乗って歩いて体感した紀州鉄道は、古びた車体に御坊の街の雰囲気や人の温かみをこびりつかせて走っていた。
いち旅行者の私が軽々しく言えることではないが、なんとかいい形で存続できるとよいな。
駅を出て、こんどは歩いて始発の御坊駅を目指す。駅に調和するように、ところどころ昭和の記憶が見え隠れする街並みが広がっている。
300mほどの短い通りだが人形店や呉服店、金物屋に表具店と今ではなかなか見かけない店が立ち並ぶ魅惑のストリートだった。
商店街を抜けたところでいきなり間違えて目的地と逆方向に歩いてしまった。川沿いに建てられた石看板と目が合った。
これも何かの縁だろう。移転した地蔵堂を見ておきたくなるのが人情というものだ。こうして方向性を見失ってゆく。
地蔵様に導かれた勢いで逆方向にさらに進んだが、日高川にぶつかって引き返し方向を修正することができた。こんなチクタクバンバンみたいな動きでいいのか。
しかし、寄り道したらしただけの収穫もあったのだ。
ようやく西御坊の前の駅、市役所前に向かう。古めかしい宅地の中をせまい道と線路がへだたりなく走っている景観は良さしかない。
市役所前から次の紀伊御坊駅に向かって線路はゆるく東にカーブしている。
線路に忠実に沿った道はないのでまず東に進み、北に曲がってジグザグに歩いて行くことにしたが、最短(と思われる)ルートの少し先にごちゃごちゃしていそうな路地があった。なんせ一期一会なので寄らずにはいられない。
ふらふらしながらちょっとした商店街に出たので写真を撮っていると、「なんかいい写真撮れました?」と声をかけられた。
自転車を押し歩きながら笑顔で向かってきたのは年配の女性だった。
知らんやつが写真撮ってて不審だったかなと思い、「いや、すいません、旅行で紀州鉄道に乗ってきたんですけど、いい感じの街並みなので散歩していました」と答えた。
すると女性は「でもこのへんはみんなボロボロや」と笑い、「私ここに住んでるんやけど、中で休んでいきません?そっちから入ってきて」と店舗のような玄関を指差し、自身は自転車を引いて奥の勝手口に消えた。
中は広々として、古びていながらも清潔感と高級感のあるラウンジのようなスペースで、何がしかの飲食店のような面影はあるが、じゃあ今何かやっているのかというと微妙だ。
メニューなども無いし、こちらに消費を促すような商業的なテンションが感じられない。
私を招き入れてくれた女性は池浦さんといい、御歳81歳。
池浦さん:「ここは北新地いうてね、昔は歓楽街で、この家は芸者さんの置き屋さんだったわけよ」
伊藤:「そうだったんですか。まったくそんな気配を感じなかったです」
池浦さん:「そうそう、それでこの家の人がもう手放したいっていうんでね。買わせていただいた。それでクラブをはじめたんですよ。もうずいぶん昔やけどね」
置き屋だったこの家を買取りクラブを営んでいたが、今では月に1回ほど、「おかげさま食堂」と題して、地域住民や子どもたちに格安で手作りカレーを提供する市民ボランティア食堂を行っているそうだ。
「ここまでいろいろあったけど、今があるのはいろんな縁のおかげやから、恩返しのつもりでな」
池浦さんは年齢を感じさせないほど快活によどみなく、これまでの人生の波乱万丈や転機を聞かせてくれた。
クラブを営んでいただけあり聞き上手で、私もなぜか実家の宗派まで身の上をいろいろと語ったが、毒蛇のハブの記事を書いていることはいまいち伝わらなかった。まあ、そうだよね。
私もお年寄りのお話聞くの大好きマンなので話ははずみ、滞在すること1時間弱、さすがにおいとましよう、というかまだ道のり半分だしと思ったら、「あなた、お食事は?」と聞かれた。
まだですと答えると、「ほな前(の喫茶店)で取ってあげるわ、安いからね」と池浦さんが電話をかけ、慣れた調子で何かを注文した。
代金を払おうとしても、「ええから。安いしな、接待されてもらうから」と今までされたことのないアプローチでピラフをごちそうになってしまった。
名刺まで交換して、おかげさま食堂をおいとました。
残すところは学門〜始発の御坊駅の2駅である。 この紀行の最大のイベントは紀伊御坊でのご自宅ご招待だったのだが、最後に学門〜御坊駅歩きのトピックスを列挙したい。
・学門駅のぎりぎり地蔵
紀伊御坊駅と距離が近く、ちょっと歩くと着いてしまう学門駅。
近くに学校の裏門がある ことが駅名の由来となっているが、「学問」にも通じるし縁起いいんじゃね?となってホームの端っこに学業成就の地蔵堂が設置されていたりする。
・線路沿いすぎるバー
ちょび髭のマスターと常連客で通過する走行音に耳をすませながら「お、今通ったね」なんてやってるのだろうか、すてきじゃないか。
とはいえ上りも下りも20時前後が最終だからそんなに機会があるわけではないか。
・気になるくぼみ
実は紀州鉄道は最近、赤字経営に廃線の危機が報じられており、存続に向けて市と会社、国、県、有識者などで様々な対策が協議されているそうだ。
乗って歩いて体感した紀州鉄道は、古びた車体に御坊の街の雰囲気や人の温かみをこびりつかせて走っていた。
いち旅行者の私が軽々しく言えることではないが、なんとかいい形で存続できるとよいな。
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