特集 2026年6月30日

日本一短いローカル私鉄、紀州鉄道を歩く

歩いて戻ろう

駅を出て、こんどは歩いて始発の御坊駅を目指す。駅に調和するように、ところどころ昭和の記憶が見え隠れする街並みが広がっている。

駅の北側を東西に走る松原通りを行く。いつもどおり、あまり深く考えていない。
「酒酔い運転事故のもと」盃になみなみと注いで酒豪すぎる。
松原通り商店街のアーチをくぐるぞ!

300mほどの短い通りだが人形店や呉服店、金物屋に表具店と今ではなかなか見かけない店が立ち並ぶ魅惑のストリートだった。

月星印(MOON STAR)のトタン板。え、あのシューズメーカー?と思いきや月星商事といって建材系を扱う会社のブランドだった。
もちろん、かっこいい橋と階段もあります。

商店街を抜けたところでいきなり間違えて目的地と逆方向に歩いてしまった。川沿いに建てられた石看板と目が合った。

茶免の地蔵堂跡とある。河川改修事業で近くに移転したらしい。

これも何かの縁だろう。移転した地蔵堂を見ておきたくなるのが人情というものだ。こうして方向性を見失ってゆく。

よっしゃお地蔵様(茶免の延命地蔵尊)

地蔵様に導かれた勢いで逆方向にさらに進んだが、日高川にぶつかって引き返し方向を修正することができた。こんなチクタクバンバンみたいな動きでいいのか。

日高川。紀州鉄道線はもともとこのあたりまで来ていた。

 しかし、寄り道したらしただけの収穫もあったのだ。

和歌山県発祥のおかず味噌、金山寺味噌の老舗を発見。生姜入り味噌が絶品だった。
躍動するやまたのおろち、こわい。小竹八幡神社にて。
鉄琴のような側溝蓋もあったぞ!
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住民と交流どころか家の中

ようやく西御坊の前の駅、市役所前に向かう。古めかしい宅地の中をせまい道と線路がへだたりなく走っている景観は良さしかない。

路地と交錯する踏切。
路地を抜けると郷土菓子店が!
紀州鉄道菓子をゲット。かわいい!みかん味の求肥もちを生地で包んでいる。
「りんこー」とは紀州鉄道の創業時の名称「御坊臨港鉄道」の愛称。
そんなこんなで市役所前駅。ホームにベンチとダイドーだけのシンプルな無人駅である。
駅前のビジネス旅館、その名も「旅路」。たたずまいから名前まで徹頭徹尾かっこいい。

市役所前から次の紀伊御坊駅に向かって線路はゆるく東にカーブしている。

線路に忠実に沿った道はないのでまず東に進み、北に曲がってジグザグに歩いて行くことにしたが、最短(と思われる)ルートの少し先にごちゃごちゃしていそうな路地があった。なんせ一期一会なので寄らずにはいられない。

旧中川家住宅。昭和13年築、代々材木商として栄えた中川家の元邸宅。現在はカフェやギャリラーなどに活用されている。
すっかり錆びついてネガフィルムのようになった看板。

ふらふらしながらちょっとした商店街に出たので写真を撮っていると、「なんかいい写真撮れました?」と声をかけられた。

ほんとにちょっとした目抜き通りという感じ。

自転車を押し歩きながら笑顔で向かってきたのは年配の女性だった。

知らんやつが写真撮ってて不審だったかなと思い、「いや、すいません、旅行で紀州鉄道に乗ってきたんですけど、いい感じの街並みなので散歩していました」と答えた。

すると女性は「でもこのへんはみんなボロボロや」と笑い、「私ここに住んでるんやけど、中で休んでいきません?そっちから入ってきて」と店舗のような玄関を指差し、自身は自転車を引いて奥の勝手口に消えた。 

レトロなレンガ風の門構え、ドアの横には「おかげさま」とある。

中は広々として、古びていながらも清潔感と高級感のあるラウンジのようなスペースで、何がしかの飲食店のような面影はあるが、じゃあ今何かやっているのかというと微妙だ。

メニューなども無いし、こちらに消費を促すような商業的なテンションが感じられない。

テーブルやソファは整然と並べてあるが、そっけない。

私を招き入れてくれた女性は池浦さんといい、御歳81歳。

池浦さん:「ここは北新地いうてね、昔は歓楽街で、この家は芸者さんの置き屋さんだったわけよ」

伊藤:「そうだったんですか。まったくそんな気配を感じなかったです」

池浦さん:「そうそう、それでこの家の人がもう手放したいっていうんでね。買わせていただいた。それでクラブをはじめたんですよ。もうずいぶん昔やけどね」

置き屋だったこの家を買取りクラブを営んでいたが、今では月に1回ほど、「おかげさま食堂」と題して、地域住民や子どもたちに格安で手作りカレーを提供する市民ボランティア食堂を行っているそうだ。

モダンな市松模様の床にガラス貼りの壁。なるほど、クラブだった感がある。

「ここまでいろいろあったけど、今があるのはいろんな縁のおかげやから、恩返しのつもりでな」

池浦さんは年齢を感じさせないほど快活によどみなく、これまでの人生の波乱万丈や転機を聞かせてくれた。

クラブを営んでいただけあり聞き上手で、私もなぜか実家の宗派まで身の上をいろいろと語ったが、毒蛇のハブの記事を書いていることはいまいち伝わらなかった。まあ、そうだよね。

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いきなり昼食をいただく

私もお年寄りのお話聞くの大好きマンなので話ははずみ、滞在すること1時間弱、さすがにおいとましよう、というかまだ道のり半分だしと思ったら、「あなた、お食事は?」と聞かれた。
まだですと答えると、「ほな前(の喫茶店)で取ってあげるわ、安いからね」と池浦さんが電話をかけ、慣れた調子で何かを注文した。

「前の」とはこの喫茶店。ここもいい雰囲気。

代金を払おうとしても、「ええから。安いしな、接待されてもらうから」と今までされたことのないアプローチでピラフをごちそうになってしまった。

美味しいし、皿や盛り付けもこれ以上ない喫茶店のランチ感がすばらしい。

名刺まで交換して、おかげさま食堂をおいとました。

で、紀伊御坊駅。紀州鉄道で終日有人となっている唯一の駅である。この駅名に引っ張られてつい「紀伊鉄道」と書いてしまう。誤字があったら紀伊御坊のせいです(なにが)
すぐ近くには1975年から2009年まで活躍したキハ603号機が保存されている。
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学門駅〜御坊駅でさっくり踏破

残すところは学門〜始発の御坊駅の2駅である。 この紀行の最大のイベントは紀伊御坊でのご自宅ご招待だったのだが、最後に学門〜御坊駅歩きのトピックスを列挙したい。

・学門駅のぎりぎり地蔵

紀伊御坊駅と距離が近く、ちょっと歩くと着いてしまう学門駅。

近くに学校の裏門がある ことが駅名の由来となっているが、「学問」にも通じるし縁起いいんじゃね?となってホームの端っこに学業成就の地蔵堂が設置されていたりする。

とはいえ、駅名表記は「学問」ではなく「学門」というひっかけ問題仕様。
地蔵堂がホームぎりぎりであぶい。
ここは「学問」そらそうか。
どの駅でも顔を出すダイドードリンコ。

 

 ・線路沿いすぎるバー

畑に囲まれ、すぐ脇を線路が走る粋なバー?に遭遇。

ちょび髭のマスターと常連客で通過する走行音に耳をすませながら「お、今通ったね」なんてやってるのだろうか、すてきじゃないか。

とはいえ上りも下りも20時前後が最終だからそんなに機会があるわけではないか。

テナント募集中だった。

 

  ・気になるくぼみ

なんだろう、プロパンガスかな。電気メーターがあるから自販機だろうか。
そして御坊駅!このまま練馬へ!

実は紀州鉄道は最近、赤字経営に廃線の危機が報じられており、存続に向けて市と会社、国、県、有識者などで様々な対策が協議されているそうだ。

乗って歩いて体感した紀州鉄道は、古びた車体に御坊の街の雰囲気や人の温かみをこびりつかせて走っていた。

いち旅行者の私が軽々しく言えることではないが、なんとかいい形で存続できるとよいな。

御坊の記憶はこのちっさい線路とともに。
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編集部からのみどころ
紀州鉄道の終点西御坊駅から徒歩で始点駅まで戻った伊藤さん。 『年配の女性に声をかけられ家に招き入れてもらい、喫茶店のピラフまでごちそうになる』 そんなことある?と信じられないのですが、伊藤さんの人柄の良さからでしょう。
街歩き中の写真のキャプションが気が利いています。(橋田)

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