特集 2022年12月21日

キムタクは現代の空海だ〜全国各地に伝わる「キムタクが住んでる」噂はどうやって生まれたのか?〜

平成を代表するスーパーアイドル、木村拓哉。今なお人々を夢中にさせる存在である。彼について、こんな噂を聞いたことはないだろうか。

「あそこのマンションの最上階の部屋、実はキムタクが別荘に買ったらしい」「あそこの海にキムタクが別荘を持っていて、時々サーフィンをしているらしい」

キムタクからしたらなんとも迷惑な話かもしれないが、こうしたキムタクの住まいに関する噂は全国各地にあるらしい。気になってアンケートで集めてみたら、100件を超える噂が集まった。

100て!

※本記事では敬意を込めて木村拓哉さんをキムタクと表記します

まちを歩くのと建物が好きで不動産会社に入りました。
休日は山を登り川を渡り海で石を拾います。

前の記事:つくばエクスプレスに並走する道路がめちゃめちゃ波打っている

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キムタクは河童か空海か

ここまで来ると生きる伝説だ。この資料がなにかの手違いで100年200年と残ってしまったら、未来の人はキムタクを一体何者だと思うだろう。

 

集まったアンケートを読み込んでいくと、キムタクの噂に一定の傾向があることがわかった。

そこでDPZライターの唐沢むぎこさんと編集部の石川さんをお呼びし、噂の分析検討会を開催することにした。

キムタクの噂 めん.001.jpeg

むぎこ:
DPZライター。地元にキムタクの住まいの噂があった。

石川:
担当編集。キムタクの噂は聞いたことがない。

3yk:
DPZライター。キムタクの噂を最近になってから聞いて驚いた。

むぎこさんは美術史を学んでいて、昔の書物に残された偉人の伝説に触れる機会が多いのだそう。キムタクの噂を読み解くヒントがあるんじゃないかと思い、参加していただいたのだが、これがすごくおもしろかった!なので途中途中にいきなり歴史の話が挟まりますが、ぜひそのまま読み進めてください。

おらが町の、一番良い建物の一番いい部屋にキムタクを住まわせたいという願い

まずはざっくり、アンケート全体の集計結果を見てみよう。

噂があった都道府県を数に応じて塗り分けてみた。

104件の噂は各都道府県に均等に分かれるのではなく、うわさの多い地方・少ない地方と濃淡があるようだ。

3yk:
首都圏に次いで滋賀県や岐阜県でも噂が多く集まったのが不思議でしたね

石川:
恥ずかしい…!

3yk:
ははは、石川さんは岐阜県の出身でしたよね。

石川:
やめてくれ〜って思いますね…どういう自意識なんだと。

3yk:
キムタクが住むわけないじゃないかと。

なんで岐阜県にキムタクの噂が…不思議そうにしている石川さん。その謎はもう少し先に解き明かされることとなる。

3yk:
噂の詳しい内容を聞くと、東京都23区内だと「見かけた」っていうのがすごく多かったです。

石川:
キムタクが身近なんだ

3yk:
一方、東京以外の地域や、東京でも都心から離れるにつれて、噂にもっともらしい理由がつくようになるのが面白くて、分類して数えてみました。

サーフィンと子どものためっていうのがとても多かった

3yk:
例えば滋賀県で集まった噂はどれも、「琵琶湖でバス釣りのために別荘を買った」という内容で、中には「同じ内容で江口洋介バージョンもあります」という方もいました。

むぎこ:
有名人が琵琶湖でバス釣り用の別荘を買うというのは、関西で聞く噂あるあるですね!

石川:
そういう噂がテンプレ化してるんでしょうね

続いてはキムタクがどんな家に住んでいるのか、その種類を数えた。

圧倒的に多かったのは集合マンション。それもただのマンションではなく、「タワーマンション」が多く、しかも「駅前の」とか「地域で初めてできた」といった形容詞がつくのが印象的だった。例えばこんな噂。

「角部屋だって角部屋!」のテンションがとってもいいな〜

ここで石川さんがあることに気づく。

石川:
「地域で最初にできたタワーマンション」…岐阜は絶対このパターンですね、昔、僕が岐阜を離れてからですけど、岐阜駅前の再開発でタワーマンションがひとつ建ったんですよ。そのときの噂だ。

3yk:
確かに、岐阜駅前のタワマンをキムタクが買ったという噂がありました!

石川:
「おらが町にタワマンがやってきた!これはキムタクが住んでいるにちがいない!」って思ったんじゃないですか。

3yk:
自分の街の、自慢のマンションにキムタクを住まわせたかったんだ。

石川:
そう思うとキムタクって、昔の日本でいう神様みたいな存在ですね。

むぎこ:
土地に箔をつけたいときに龍を持ち出すのに似てますね。

3yk:
龍ですか。

むぎこ:
「この池には龍が住んでおるぞ(だから大切にしなさい)」っていう伝説が多いですよ。神様と妖怪の間のような感覚です。

石川:
たしかに、龍なんとか池って地名はよく聞きますね。

むぎこさんがさらっと話してくださった、「その土地を盛り上げようとして伝説が生まれる」という説を聞いて、わたしはもう、興奮が止まらなかった。まさに今回、キムタクの噂たちを読み込んで感じたことそのまんまだったから!

歴史からキムタクの噂を読み解く①

場所のありがたみを伝えるために、その場所に龍や神様的存在がいるという伝説が生まれることがある。キムタクも同じ。

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〜というわけで一旦自説「キムタクは地方都市の希望の星」をお聞きください〜

都道府県ごとの集計から、更に詳しく市町村単位で深堀りしてみよう。

縦軸は市町村数、横軸は市町村の人口を表す

濃い青のグラフはすべての市町村を集計したもので、左端の人口5万人以下の市町村が多いことがわかる。

薄い青は噂のあった市町村。人口の多い街にも山ができている。(噂があった市町村については噂があった当時の人口を反映した)

これだけ見ても、日本全体の市町村の人口分布と比べて、噂があった市町村は人口が多い市町村に多いと言えそうだ。

さらに噂のあった市町村をひとつひとつ見ていくと、今まさにその当時人口が増えつつあったとか、平成の大合併で大きな市になった直後とか、勢いのある街が目立つ。

例えばつくばみらい市では「キムタクが駅前のマンションを買った」という噂もあって、新しくできる街への期待や高揚感が感じられる。

3yk:
「俺たちの街、盛り上がってきたぜ」っていう気持ちが、噂の根底にあったんじゃないかな。キムタクが住んでたって不思議じゃない!って。

石川:
自意識がすごい伝わってきますね。

むぎこ:
歴史的にも、無名の小さなお寺が例えば空海とか、有名な人を担いで盛り上げようとすることがよくありますよ。

空海弘法大師(774−835)真言宗の開祖

空海は「寺院を建てた」「泉が湧き出た」などなど全国各地に史実を遥かに上回る5000もの伝説があるのだそう。(三土さんが過去に、このむちゃくちゃとも言える噂の数々を追って記事を書いていた。)

噂の内容は違えど、二人に対する民衆の期待感やありがたみは通ずるものがあったのではないか。

歴史からキムタクの噂を読み解く②

・キムタクと同様、実在の人物から伝説が生まれたといえば、空海

・キムタクの噂も、地元の発展に対する住民の期待感から生まれたのではないか

続いて、どの年代にキムタクの噂を聞いたかという時期と、キムタクの活動時期を比較してみよう。

3yk:
わたしが物心ついたときにはもうキムタクとして完成していたんですが…あらためて見ると90年代の売り出しっぷりがすごい!ドラマの出演数は35本だそうです。

石川:
噂はドラマ本数のピークより遅れてきてますね。「誰もが知るキムタク」になってから噂が生まれやすくなったのかな。

むぎこ:
そういえば、キムタクは幼少期の住まいに関する噂ってなかったんですか?

3yk:
幼少期の話はなかったですね、どれもその当時のキムタクに関する噂ばかりです。

 

むぎこさんによると、そもそも空海に関する伝説が全国的に広がったのは、実際に空海が活動していた頃の何百年も後、鎌倉時代に絵伝が描かれてからのことなのだそう。

むぎこ:
例えば空海が旅をしたと言われている期間や、幼少期は(正確な)記録が少ないので、後から勝手に伝説をつくりやすいんです。

むぎこ:
うちが空海誕生の地だって謳っているお寺がふたつあって、訴訟問題にもなっていました。

3yk:
訴訟問題!

むぎこ:
その点キムタクはまだ生きてるのに、こんなにその当時の噂があるから不思議ですね。すぐにガセだってわかりそうなのに。

石川:
現代の交通機関の発達によって、可能だと思われたのかも。

 

ドラマに音楽活動にバラエティにと引っ張りだこだったあの頃は、それこそ全国各地を飛び回っていたように見えただろう。見知った存在だけど生態は謎、という点で空海と同じように噂が作りやすく、ある意味信憑性があったのかもしれない。

歴史からキムタクの噂を読み解く③

・空海の伝説のほとんどは空海の死後に、記録が少ない空白期間を埋めるようにつくられた。

・一方キムタクの噂は、後付ではなくリアルタイムに「今どこに住んでいるか」という内容がほとんどである。

・空海が「旅をしていたからここに来てもおかしくない」と伝説が作られたように、キムタクも「お金持ちだから」「全国各地で仕事があるから」と、人物の特徴にあわせて噂が作られた(のかも)

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ここからは年代ごとに噂の様子を詳しく見ていきたい。

3yk:
この頃は水辺での噂が多かったですね

むぎこ:
河童と一緒ですね。

 石川:
景気がいい話ですよね、街が栄えると、キムタクがやって来るって。

むぎこ:
河童は水辺の危ないところ、人気のないところに出没しますが、同じ水辺でもキムタクは「陽」の雰囲気ですね。

90年代のサーフィンに関する噂だけでもこのバリエーション!どれもちょっぴり信じたくなる語り口なのが可笑しい。

キャラクター性とヴィジュアルの力が強いですよね、とむぎこさんは言う。

例えば空海は、満濃池という池をつくったという実際の記録と、のちに描かれた絵伝でも雨乞いをしたり、枯れた池に龍を呼び戻して泉を沸かせるというシーンがあるのだそう。

史実と絵という説得力の強さに、「水」という身近な要素が重なって、全国どこでも空海の水伝説が作れるようになったのだそうだ。

空海が枯れた池に龍を呼び戻すシーン「弘法大師御本池 第3巻」国立国会デジタルコレクションより

むぎこ:
キムタクがどれだけ雑誌のインタビューでサーフィンが好きって言っても、文字で書かれているだけではここまで爆発的に広まることはなかったんじゃないかな。イメージが浮かぶのが重要だったんだと思います。

確かに、キムタクと聞くと脳裏に海が背景の、サーフ系ファッションの姿が鮮烈に浮かぶ。

ネットで探してみると1998年のファッション雑誌で大々的にキムタクの特集が組まれていた 

前年の1997年には海を舞台にしたCMがあったりと、この頃にはサーファーキムタクのイメージが確立していたのだろう。

歴史からキムタクの噂を読み解く④

・空海は絵伝によって、伝説の原型となるイメージが全国に広まった

・キムタクも雑誌やテレビの影響で、全国にキムタク=海というイメージが定着し、サーフィンができそうな場所で噂が生まれたのではないか

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3yk:
さて、2000年代に入ると一気に噂が内陸部に進出しました。

石川:
ここで噂のピークが来るんだ!

むぎこ:
サーフィンだけじゃないぞと。

3yk:
キムタクが2000年にご結婚されたからか、子どものために別荘を買った・引っ越したっていう理由がすごく増えました。

石川:
ライフステージが上がったことによって噂が変わったんだ。

3yk:
海だけじゃなく、内陸の人でも噂に説得力が持たせられるようになったみたいです。

これはまだキムタク=サーフィン像を追いかけているが、あえて若干離れるという、この妙なリアリティがいい

石川:
誰に対して、どう迷惑だったんですかね。

3yk:
人目を集めてしまうってこと?

石川:
渋滞とか?あいまいなのがいかにも噂って感じでいいですね〜

3yk:
これは岐阜県内で本当にたくさん集まった噂です!

今回記事を書くきっかけになった、DPZライター高瀬さんから聞いた噂もほとんど同じ内容だった

むぎこ:
面白いですね。いくつもある噂を統合して、誰も傷つかないように全部キムタクが渡り歩いていたってことにしている。

3yk:
そうそう、どれか一つが正解でどれが間違いじゃないってことにして。おそらく全部間違いだけど…

全文味わい深かったのがこの噂

3yk:
「(当時)県内唯一のタワマン」「バス釣り」「江口洋介」と噂のテンプレがぎゅっと集まってますね。これ、うわさの建物そのものもすごいですよ!

住宅街の端にそびえ立つ41階建てマンション(Photo by Ch0331)
​​​​​​

むぎこ:
シチュエーションがまたいいですね〜!夜の病院で、二人でご飯食べながら「ああそうなんだ」って。朦朧としてたときに聞いたんでしょうね。

石川:
想像できるな〜

2010年代は2000年代と同じ様子が続いた。

引き続き子どものために家を買うという噂が多数を占める中、気になったのは山梨県で聞かれたとある噂。

むぎこ:
これは…本人じゃなくて似ている人っていう可能性も0じゃないですよね…?

石川:
全然ありえますね。

むぎこ:
噂を聞く回数が増えることで、なぜか信憑性が高まるという。

3yk:
まさに噂が噂を呼んでいる…!

2020年代はまだ2年分しか無いので噂自体は少なめ。でも今回一番のインパクトある噂が採集できたので紹介したい。

3yk:
二世代に渡ってテロリストのアジトとキムタクの隠れ家と噂されるという。最高だな〜!

石川:
隠れ家っていうのがまた意味がわからなくて可笑しいですね。

むぎこ:
キムタクをなんやと思っているのか…

3yk:
妖怪とかおばけの一種になっているな…

むぎこ:
小学生と大人で、うわさの作り方が全く違いますね。

むぎこ:
小学生は怪しい家を見つけて、妖怪とか特別なものが住んでるって考えるのに対して、大人はキムタクはお金持ちだから、駅前は便利だからと合理的に考える。

 

本当だ!と思わず画面越しに身を乗り出した。2020年になって、キムタクはとうとう子どもの七不思議や怪談の世界の登場人物になったのだ。

むぎこ:
最近のキムタクはダークな役も増えましたしね…

3yk:
ただのアイドルではつくれない噂なんだ…!

分析会を終えて

3yk:
ちなみに、石川さんは誰か有名人が住んでるって噂を聞いたことはありますか?

石川:
具体的な名前は覚えてないけど、近所にタワマンがいくつも建築中の地域があって、その噂は聞きますね。スポーツ選手だったかなあ…

 

誰だったかな、と思い出そうとする石川さんの様子に、むぎこさんがハッと気づいた。

むぎこ:
こういう、誰かわからないけど…ってときに、つい「キムタクとか…」「空海みたいな名前の…」って名前を出してしまうのかも。それが独り歩きするんだ。

石川:
そのパターンはありそう!

3yk:
それぐらい二人が象徴的存在だったということですね。

歴史からキムタクの噂を読み解く⑤

・空海もキムタクも、当時のお坊さんや有名人を代表する存在だったがために、色んな人の噂を肩代わりしていたのかもしれない。

 

初めてキムタクの噂を聞いたとき、この噂全国の若者が言っていたんだろうな…と笑ったが、こうも各地で言い伝えられていたとは!

歴史的上の伝説とキムタクが重なる瞬間には、私たちの生きる時代も歴史の一部なのだといよいよ気持ちが高まった。

こうなったら、500年先までキムタクの噂を保管しておいて未来の人に解読してほしい。わたしがお墓に入るときに一緒に入れてもらおうかな。そして発掘してもらうのを楽しみに眠るのだ。

 

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