特集 2020年7月7日

家庭用超音波洗浄器は人間も洗える(ただしケガがない場合に限る)

最新型の家庭用超音波洗浄器、SWT710(画像提供:シチズン・システムズ)

かれこれ20年近く眼鏡をかけて生活している。

眼鏡屋さんに行ったときにうれしいのが、超音波を使った眼鏡洗浄だ。返された眼鏡は美しさを取り戻していて、それを装着すると、世界が一段クリアに輝いて見えるのだ。

それがなんと、家庭用の超音波洗浄器を使えば同じことを自宅で体験できるというではないか。なんなら、毎日でも。

詳しく知りたくなったので、日本初の家庭用超音波洗浄器を開発し、今も国内トップのシェアを誇るメーカー、シチズン・システムズ株式会社に話を聞いてきた。

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

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眼鏡率100%の陣営で話を聞く

シチズン・システムズの本社は東京都西東京市だが、このご時勢、ZOOM越しのインタビューである。

インタビューの予定時間は約1時間。実際はあれこれ質問しているうちに大幅に超過してしまった。たぶん、聞き手が3人とも眼鏡ユーザーだったからだろう。

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左上が、シチズン・システムズ株式会社の鈴木さん。左下が筆者。

――眼鏡以外のものも洗浄できるようですが、やっぱり眼鏡を洗う人が多いですか?

「だいたいみなさん、眼鏡と腕時計やアクセサリーを洗うのに使われるようです。

入れ歯の洗浄にもおすすめしてるのですが、入れ歯のことを秘密にしたがる人が多く......入れ歯用として購入する人は少ないようです」

ものを売る難しさである。

逆に、ハーモニカやプラモデルや電子タバコのパーツ、ネイルの道具の洗浄といった想定していなかった方面に需要があるらしく、驚いているそうだ。

ちなみに生き物の骨格標本を作る人の間では、拾ってきた動物の骨を洗うのによいと評判で、最適な洗い方についての論文まで出ている。

「骨!なんて思いつきませんでした。こんなものが洗えますアピールができると、こちらもうれしいです」

超音波洗浄は人間もきれいにする。が、とても痛い

――人間も洗えたりしますか?超音波風呂とか。

「実は以前、ケガしていることを忘れてうっかり指を入れてしまったことがあるのですが、もう痛くて声にならないですよ。もうもう.......」

――そんなにですか!?

「もう超音波を実感しましたね。ただ、爪はきれいになりましたよ。傷がないときにやるならいいかもしれないですね」

超音波風呂の案は致命的な欠陥が露呈してボツに。超音波洗浄の特性上、皮膚の傷のような細かい隙間に水がぐいぐいともぐりこんでくるらしい。考えるだにおそろしい。人に使ったら、ほとんど拷問器具ではないか。

ほかにも、入れたらまずいものが

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シチズン・システムズのHP上で公開されている、超音波洗浄器で洗えないものリスト。

――リストに載ってないのに洗ってたら壊れちゃった!みたいなことはないですか?

「そういう報告はないですね。ダイバーズウォッチみたいな防水性のある製品も、5秒程度の短時間の洗浄ならおすすめします。長時間だと超音波の振動でパッキンに隙間ができて浸水する心配があるので。たった5秒で洗えるの?と思うかもしれませんが、最初の1秒ですぐにモワッと汚れが出始めます」

――これ、いろいろ洗って壊れるか実験したのでしょうか?

「洗浄できるものは多岐に渡るため、全て実験することはできていません。超音波の性質から真珠やメッキ加工された剥離が心配されるものなどを載せています。業務用の洗浄器で公開されているものを参考にすることもあります。」

リストに載っていないものでも、表面の傷があったりするとそこから壊れてしまうことがあるらしい。社内で実験して「壊れなかったから大丈夫!」と太鼓判をおしたにもかかわらず、実際に使って大丈夫じゃないなんてことになったら訴訟ものだ。そういう意味では、とてもセンシティブなリストなんである。

家庭向けに出力を下げ、小型化

「先に業務用の洗浄器で洗えないものとして公開されていたもの」という言葉が出てきた。おもに眼鏡屋さんで普及していた業務用のマシンを家庭向けに小型化して発売したものが、日本初の家庭用超音波洗浄器SW7800である。

発売は1997年、今から23年前のことだ。

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家庭用超音波洗浄器第一号、SW7800。当時の流行を反映したポップなデザインだ。(画像提供:シチズン・システムズ)

――家庭用と業務用でどんな違いがありますか?

「家庭用は電波法で出力が50W以下に制限されているので、その範囲で作ることになります。業務用だともっと強力にできるのですが、その分筐体に強度を持たせないといけないので、家庭用のようにプラスチックではなくてステンレスで作られていることが多いです」

そして、業務用はその分値段も高めに設定されているようだ。

試しにモノタロウで検索してみたところ、最低グレードのものでも2.3万円スタート。そしてとても場所をとりそうで、ちょっと自宅に気軽に置けそうではない。

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業務用超音波洗浄器の値段はピンキリ。総じてデカい。

このことをふまえて、家庭用超音波洗浄器の開発ではとにかく小型化することが意識されたようだ。だがこれには弊害もあり、たとえば眼鏡を洗うためには別売りの背の高いビーカーが必要だった。これでは使いにくい。さらに上にいくほど超音波が届きにくく洗浄力が落ちるということで、次に発売されたSW1500(1997年~2015年にかけて販売)では横置きにした眼鏡がすっぽり入るサイズの容器が採用されたという。

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SW7800は小さいので、眼鏡を洗うにはオプションのビーカーが必要だった。(画像提供:シチズン・システムズ)

 

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よく売れるらしい

――売れてますか?

「実は......家庭用に関しては50%のシェアを持っています!」

有力なメーカーが数多あるのが白物家電の世界。単独でシェア50%というのはちょっと驚くべき数字だ。

――発売当初はそれまでにないジャンルの家電だったと思うんですけど、販促ではどんなことをされたのでしょうか?

「当時のチラシを見ると、眼鏡や入れ歯を洗いましょうといってビフォーアフター写真を載せたりしています。清潔ブームだったので、それを強調しながら売り込みをかけたみたいです」

必要は発明の母だが、逆もまたしかり。

新しい洗浄器が発明されたことで、今まで「こんなもんでしょ」と放置されていた汚れが気になりはじめることもあるのだ。

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当時のチラシから抜粋。これを見たら、誰だって洗いたくなる。

 

とはいえ、すべてが順風満帆だったわけでもない

――これは失敗だったな、てこととかありますか?

「失敗というか、期待と現実の乖離でしょうか。

こちらは手のひらにのっかるコンパクトサイズの洗浄器なんですね」

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小型超音波洗浄器(画像提供:シチズン・システムズ)

――小さい。

「小さいから旅行先にもって行ったりするのに便利です。海外でも使えるようにACアダプターも100Vから240Vまで対応できるようにしました。

洗浄槽が取り外しできて、アクセサリーと入れ歯で別々の洗浄槽を使うことを想定して追加購入ができるようにしていました。お子さんのいる家庭だと「お父さんが入れ歯を洗ったもので私のアクセサリーは洗いたくない!」とか、ご夫婦でも「入れ歯は別々の洗浄槽を使いたい」なんて意見もありましたし。

幅広い方に使っていただけるようにしたつもりでした。ですが......」

――(お父さんかわいそうだな.......)ですが?

「実売がふるわずに3年で廃番となってしまいました。小さい洗浄器の需要は確実にあり、企画も仕様も練りに練ったものでしたが......売り方がまずかったのかもしれません。」

――えー。

「大は小を兼ねるの発想で、大きいサイズの方が需要があるんですね。このサイズで8000円は高かったのかもしれません。

それから洗浄槽の深さが5センチあるかないかなんですけど、入れ歯を上下いっぺんに入れるにはもうちょっと深さが必要でした」

――入れ歯って結構大きいんですね。

「そうですね。ちょっとこれは、残念な結果でした。」

とにかく小さくすればいい、というものでもないのである。

容器のサイズで周波数が決まる

素人考えだが、例えば超音波を出すバイブレーターのようなものを単体で販売して、容器は洗いたいものの大きさに合わせてコップなりバケツなりを自分で用意してください、ではだめなのだろうか?

そう聞いてみたところ、「そういうのは難しいですね......」とあえなく却下されてしまった。本日二度目の撃沈だ。

そういう製品も(他社から)出てはいるらしい。しかし洗浄に使う超音波の周波数との兼ね合いできちんと洗えるものにはならないそうである。

技術的な話である。おもしろそうなので深堀りしてみることに。

――周波数と洗浄力に関係はありますか?

「周波数が高いほど洗浄力があがる、というわけではないです。洗浄槽の大きさに合った周波数を選択することで、洗浄力が決まります」

――じゃあ設計するときは、たとえば眼鏡の大きさに合わせて容器の横幅を決めてから、それにあわせて超音波の周波数を決定するっていうことでしょうか?

「そうですね」

――意外でした......。

中身さえ作り込めばハコは水が漏れない入れ物ならなんでもいい、などという訳ではないのだ。ものづくりの奥深さを感じる。

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まず、容器のサイズありき(画像提供:シチズン・システムズ)

そして、洗浄層の裏側に貼りつけられているのが、超音波を出すための振動子と呼ばれるパーツだ。鈴木さんいわく「オセロみたいですよ」とのことだが、分解してみて納得。

この二つある振動子の貼りつける位置によっても、洗浄力が大きくかわってしまうそうだ。さらにさらに、振動子そのものも初代洗浄器のころとくらべると大幅に超音波の発振効率が向上しているらしい。とにかくいろいろな技術が満載である。

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超音波を発生させるための振動子。スマホのバイブレーター用のモーターみたいなやつを想像していたけれど、ぜんぜん違った。

 

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超音波が汚れを直接ゆさぶって落とす......わけではない

――そもそもどうして超音波で汚れが落ちるんでしょうか?

「超音波で水中に振動が発生して、目に見えない空気の泡が隙間に入りこみます。その気泡がはじけるときの衝撃波で、汚れをはじき出すっていうイメージです。泡は目に見えないのですが、汚れがもわっと出てきます。」

超音波は目には見えないし耳にも聞こえないからいまいち実感しにくいが、洗浄槽にアルミホイルを入れると穴があくほどの威力があるらしい。エキサイティングな挙動をしているのである。

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いったん気泡を経由して汚れを攻撃する。はじける気泡がパックマンっぽい(画像提供:シチズン・システムズ)

超音波洗浄は、汗や皮脂や砂のような汚れを落とすのには絶大な威力を発揮する。その反面、錆や、金属が酸化してできた膜なんかは落とせない。

そのほか、洗浄効果について聞いていると鈴木さんが待ってましたとばかりに洗剤の紹介をはじめた。

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鈴木さんが名付けたという洗剤「ミクロマジック」

「これ、超音波洗浄器専用の洗剤で、ミクロマジックと言います。

界面活性剤が入っていて、一回包み込んだ汚れがもう一回洗浄物に戻ることがないんですね。

グループ会社のシチズン時計で、腕時計のメタルバンドがなぜ動きが悪くなったり、壊れたりするのかを調べてる部署があり、汚れのほったらかしはバンドを腐らせたり錆びさせたりするので、洗ってほしいっていう研究結果がありました。彼らが洗剤も作っていたので、超音波洗浄器にちょうどいい洗剤を作ってもらいました。日本製です」

――名付け親!効果がそんなに変わりますか。

「はい。例えば、5分かかるのが1分で終わるようになったり。洗車したあとの車みたいにつるっつるに。ほんと、お試しいただきたいです」

1+1の発揮する力が相乗効果で10にも20にもなるのが名コンビというもの。超音波と界面活性剤は洗浄界隈における最強の二人なんである。

最後に鈴木さんは「なんだかテレビ通販やってるみたいですね」と言って話を締めくくった。聞いているこっちは、そのころにはすっかり、ぜひ自分の眼鏡で試してみたい!という思いで頭がいっぱいだ。シェア50%は、こういうトークにも支えられているのだ。


ファンタジーかもしれない

超音波は目に見えない。耳にも聞こえない。しかし眼鏡やアクセサリーを置いておくと、人の手で洗うよりもずっときれいになる。

これはあれだ、もう、ほとんど妖精の仕業だ。

そんな超音波洗浄器も最新型ではタッチパネルを装備するにいたり、現在は「今後どう改良するか模索中」だという。洗うべきものがある限り、その進歩は続く。

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最新型のスタイリッシュなデザインもいいけど、初期の妖精の住んでそうな外見も好きです。

超音波洗浄器の意外な使われ方をもっと知りたいので、「うちではこんなものを洗ってます!」みたいなのがあったら教えてください。

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