デリーのカシミールカレーを食べてみよう
こんなものを読んだら本家で食べない訳にはいかないだろうと、まんまと乗せられてデリーを目指す。
上野店と銀座店でかなり迷ったが、その歴史を感じようと創業の地である前者を訪れた。
デリー上野店はカウンターとテーブルを合わせても15席のコンパクトな店で、いわゆる街のカレースタンドという佇まい。最近になって知った料理と店なのに、「このデリー上野店からカシミールカレーの歴史は始まったのか……」と感慨深い。私は情報を率先して食べるタイプなのである。
看板には「インド料理」ではなく、「インドパキスタン料理」と大きく書かれていた。インド・ネパール料理の店は日本各地によくあるけれど、インド・パキスタン料理は珍しいかも。
ちょうどお昼時に訪れたこともあって、店内は満席だった。入り口前でメニューを眺めつつしばらく待ち、縦長の店の一番奥のテーブルに案内していただき、うっかり間違えてデリーカレーと言いそうになりつつカシミールカレーを注文する。
今日は打ち合わせではないから、普通サイズだと足りなくなるであろうライスを中盛り(普通より多い量)にした。
改めてメニューをじっくりと眺めて、デリーカレーもインドカレーもカシミールカレーも、インドスタイルのチキンカレーであることを理解した。インドは宗教的に牛肉を食べられない人が多いので、デリーのカレーも基本はやはり鶏肉なのだろう。羊肉(マトン)だと日本人には馴染みがなかっただろうし。
デリーのサイトで学習した通り、カレーについている地名はこの店でだけ通じる辛さの記号であり、特に深い意味はないのだ。インドカレーをより辛く、より黒くしたものが、たまたまカシミールカレーという名称なのである(もちろん単純に唐辛子とカラメルの量を増やすのではないと思われる)。
注文してすぐにやってきたカシミールカレーを見て、ライスの多さに笑ってしまった。超大盛だ。
どうやらファミレスのロイヤルホストとカレースタンドのデリーでは標準のライスの量がかなり違うようで、ここでは普通サイズのライスでよかったみたいだ。
でもきっと大丈夫。見るからに濃厚なカシミールカレーなのだから、ライスが多い分にはちっとも困らないだろう。
シルバーのボート型の器に注がれているシャバシャバに磨きをかけたルーは、これぞカシミールカレーという黒寄りの茶褐色。
もし私がこの辺に勤める会社員だったならば、新人が入る度にデリーへと連れてきて、「このカラメルの黒さが辛さを連想させるんだよ」と蘊蓄を垂れていたかもしれない。ぜんぜん粋じゃない。
カシミールカレーも早三回目なので、この辛さにもだいぶ慣れてきた。ファーストインパクトで感じる甘さは、セブン‐イレブンにくらべるとやや控えめだろうか。スッと辛さが飛び込んでくるイメージで、江戸前の老舗蕎麦屋の真っ黒いつゆの如し。
具はセブン‐イレブンのやつよりも二回り大きい鶏もも肉とジャガイモがドーン。やはりオリジナルは迫力が違う。さすがに値段が倍近いので当然といえば当然なのだが。
そしてライスは程よく硬めで、これがシャバシャバのルーを見事に受け止める。あのセブンの炊き具合がしっかり範を取ったものであることに感動を覚えた。
食べ応えのある大きな鶏もも肉はもちろんだが、しっかり火が通っているけれど煮崩れていないジャガイモがうまい。
煮崩れはルーのシャバシャバを邪魔する要因にもなるので、そこは最大限の注意を払っているのだろう。
そして地味に驚いたのが、卓上に置かれた付け合わせのキュウリとタマネギ。一応食べておくかというくらいのテンションでとったのだが、どちらも滅法うまいのだ。
セブン‐イレブンやロイヤルホストとの最大の差は、このキュウリとタマネギの有無かもしれないと思う程気に入った。
ガーリックが香るシャキッとした生タマネギは、その見た目ほど辛くはなく、カシミールカレーを食べているからか甘さを強く感じた。
大振りに切られたシャキシャキのキュウリもまた素晴らしい。よくある漬物とはちょっと違って、ピクルスと呼ぶべき酸味とスパイスの風味がある。
両者の鮮やかな色と歯ごたえは最高のアクセントで、この一皿に足りない要素を見事に補完してくれている。これらの付け合わせは、例の佃煮を作っていた職人が考えたものなのだろうか。
中盛りのライスを少し持て余したけれど、超好みの付け合わせのおかげで食べ飽きることなく完食。
元祖であるデリーのカシミールカレーは当然おいしかったけれど、ロイヤルホストみたいにビーフを使った贅沢な味も食べてみたかった。あれはロイホのオリジナルなのだろうか。
デリーはファミレスではなくインド料理を謳う店。安易に牛肉を使えないのだろう……と思ったら、曜日替わりのカレーというものが存在して、その月曜日が『牛バラ肉のカシミールカレー』であることに気がついた。ロイヤルホストの原型はこっちか!(どっちが先にビーフのカシミールを出したのかはわからないけど)
牛バラ肉のカシミールカレーを食べにやってきた
三日後の月曜日、迷うことなくまたデリー上野店へとやってきた。連日異常とも言える暑さでまったく外出したくなかったが、この気温もカレーをおいしく食べるためと思えば我慢もできる。
注文するのは当然ながら牛バラ肉のカシミールカレー。ライスのサイズは普通で十分。
チキンもビーフもベースのルーはおそらく同じなのだろうが、やっぱりコクが圧倒的に違う。鶏肉のカシミールカレーが日常における贅沢ならば、牛バラ肉のそれは非日常を彩るご馳走様の味。
しっかりと煮込まれた肉は角煮サイズ。大きすぎてナイフが欲しくなるけれど、そのまま口に入れれば繊維がホロリとほぐれる柔らかさ。それでいて肉の旨味をルーに出し切ることなく蓄えている。
牛肉の中でも脂肪や筋膜の多いバラ肉を使っているので、ちょっとワイルドでホルモンっぽさがあって素晴らしい。ご飯の量は普通で正解。予想通り十分な量だった。
ちなみにカシミールカレーの作り方を検索したら、デリー上野店の総料理長がレシピをほぼ公開していてびっくりした(こちら)。
自分で作る気にはまったくならない材料の多さ(種類も量も)と作業行程の複雑さだが、この味の組み立て方や理屈が少し判明してうれしい。どうやら甘口のデリーカレーをベースに使って、仕上げの段階で辛さと黒さを調節してカシミールカレーにしているようである。

