ここで紹介した足場の歴史は、仮設工業会のWEBサイトで より詳しく閲覧できる。鈴木さんによる丹念な資料収集と端正な分類整理によって足場の歩みがわかりやすく紹介されている。足場ファンもそうでない人も必見のコンテンツだ。
展示室は常時一般に開放されている施設では無いので絵巻や浮世絵がめっちゃ動くコンテンツの閲覧や見学を希望する場合は一度WEBサイトから問い合わせをしてほしい。
◼️取材協力
一般社団法人 仮設工業会
WEBサイト:http://www.kasetsu.or.jp
建設中の家やビルなどの施設を囲むように、ジャングルジムの親分のような巨大な鉄パイプの構造物がそびえている。
建築の作業用に作られる仮設の足場である。
現場での安全な作業をサポートしつつも建物が完成すると消えてしまうはかなき名脇役。その足跡をしっかりと刻む仮設足場の専門家に足場の深淵を聞いた。
足場の話を聞きに行くのはいい。いいんだけどなんでそんな事が実現したのかというと、「デイリーポータルZをはげます会」の会員であるラリスズキさんのお父様が足場の品質試験を行う組織で調査役として従事しているだけでなく、足場の歴史や講習会の資料編さんなどの情報発信も行なってきたので、「デイリーポータルZなら興味を持ってくれそうだと思い…」という事で機会を設けていただいたのだ。
足場をはじめとした建設工事用の仮設機材に必要な基準を設定したり、製品の安全試験や認定を行う一般社団法人「仮設工業会」、 埼玉県所沢市にある東京試験所には大型の機材も試験可能な設備だけでなく、足場の各部材や試験の解説、さらに足場の歴史など様々な足場情報を閲覧できる展示室が設けられている。
伊藤:「なんだろう、僕の知ってる足場とちょっとイメージが違うような......」
鈴木:「おそらく街で見かけるときはメッシュのシートで覆われているからじゃないですか。ここでは部材を見せたいのでシートはつけていません」
伊藤:「この展示室は鈴木さんの監修なんですか?」
鈴木:「外部の識者を交えた運営委員会に私も参加しており、そこからの意見で機材を集めて展示用に足場を組みました。目的としては安全対策のために手すりなどを付けるという事例を見せるためです」
鈴木さんは仮設工業会で40年以上、足場機材の安全性や品質維持に関して多岐にわたるポストに携わってきた足場の仮設機材に関するスペシャリストである。
三土:「何種類か置いてあるんでしょうか」
鈴木:「ここに展示しているのは大まかに2種類です。アメリカから輸入されたもので、門のような建わくに足場の板や手すりを付けて使う『枠組足場』と……」
鈴木:「鋼管の支柱にくさびで手すりなどを取付ける『くさび緊結式足場』です」
鈴木:「法令が改正され、安全対策に必要な設備も変わってきているのでその推移がわかるように改正前、改正後の状態を展示しています」
伊藤:「改正後の方に手すりがついてますけど…先行手すりっていうんですか?」
鈴木:「読んで字のごとく先に手すりを下から持ち上げて取り付ける仕組みになっています。そうすれば上に登った時はすでに手すりがつけられているから、これに安全帯(高所作業で使う命綱付きベルト)をつければ転落事故防止になるというわけです。これを『手すり先行工法』といいます。」
三土:「あー、手すりが先だから」
伊藤:「そうか、そうしないと手すりをつけようとして上がった時に何もなくて危ないんですね」
鈴木:「危ないし、高所で何もないというのはかなり怖いですよ」
これらの部材の強度をテストするのも主要業務のひとつだ。
鈴木:「部材によってテストのやり方は異なりますが基本、負荷をかけてどの位で変形するか。それが設定した強度の基準を満たしているかをテストします」
実際の試験場には安全面や機密面で入れないが実験の動画を見せてもらった。
鈴木:「先ほどの手すりの試験です。手すりに重りをつないで落として、その衝撃にどこまで耐えるかを見ます。」
古賀:「これ……重りはつまり人って事ですよね……」
鈴木:「そうですね、では動画を見てみましょう」
三土:「伊藤〜気をつけろ〜」
古賀:「伊藤〜落ちるぞ〜!」
伊藤:「おれかよ!」
重り(伊藤)を落とします。手すりのひしゃげに注目。
伊藤古賀三土:「おおー!」
伊藤:「めちゃめちゃひしゃげましたね」
鈴木:「はい。でもこれは足場2層分の高さ(約4m)から地面に落ちていないので合格です。人と手すりを結ぶ安全帯の長さ約1.5mと身長でどうしても3mくらいは落ちてしまいます。そこから地面に激突せずにすむか、つまり手すりが曲がりすぎないかという事になります。」
古賀:「へぇー」
鈴木:「あとは手すりの端だったり、側面へ落としたり、さまざまな方法で試験します」
妻側(端側)への落下試験。ギャラリーがうるさい。
鈴木:「もちろん、手すりだけでなくその他の部材の試験も行います」
伊藤:「あの、そもそもなんですが、この試験はどういった時に行われるものなんですか?」
鈴木:「認定品は必ず年に1回認定試験を受けなければならないんです」
古賀:「決まりなんだ」
鈴木:「試験に合格して認定を受けるとこういうシールを貼って認定品として使用できます」
伊藤:「品質が大事とはいえ1年に1回っていうのは結構厳しい気もしますね」
鈴木:「昔は製造する量もかなり多くて、短い期間でロットも変わったのでわりとこまめにやる必要があったというのもあります」
鈴木さんの監修による足場の歴史をまとめたタッチパネルコンテンツの凄さに一同のテンションはまたアガリ切った。
鈴木:「今の所、足場に関する情報で一番古いものは700年代、奈良時代のものになります。平城京の宮の遺構に足場の跡とみられる丸穴が見つかっています」
三土:「やっぱり跡なんですね」
鈴木:「足場の宿命というやつで建物ができた時にはもう無いですから、やはり実物は残ってないんですね。
足場自体が資料に登場するのは鎌倉時代の絵巻です。松崎天神縁起絵巻といって1311年ごろの作品ですが、描かれているのは900年代の建築現場の様子です」
鈴木:「いい足場が描かれているのでつい動かしてしまいました。デジタル処理をして、識者の指導を受けつつこうやって作ったんじゃないかという風に」
伊藤:「ついやったにしてはクオリティがはんぱないですね……」
鈴木:「江戸時代に歌川貞秀によって描かれた秀吉の姫路城改築の浮世絵にも大規模な足場が書かれています」
三土:「これも足場は丸太ですか?」
鈴木:「はい。姫路城のはもっと時代が進んだものもあるので見てみましょうか」
古賀:「おお〜かっこいい!」
三土:「あ、でもまだ丸太なんですね」
鈴木:「そう、足場の歴史において丸太足場の時代はかなり長くて、昭和の初期にやっと強い強度の鋼管を日本鋼管が開発して、1931(昭和6)年に東京都中央区の明治屋ビルの工事で足場に鋼管が使われていたという記録がありますが、一般化にはほど遠く、まだまだ丸太が主流でした」
伊藤:「いまここにあるような足場が出てきたのはどのくらいからなんですか?」
鈴木:「1952(昭和27)年、三井物産がアメリカのBEATTY SAFWAY SCAFFOLDから我が国で初めて枠組足場の建わくを輸入したのが始まりです」
鈴木:「今でも枠組み足場のことを『ビテイ』と呼ぶのはこのBEATTY SAFWAY SCAFFOLDの創始者David E. Beatty(デビッド・イー・ビテイ)氏の名前から来ています」
伊藤古賀三土:「へえー」
鈴木:「で、1955(昭和30)年に日本ビテイ(株)が設立されて日本で正式に生産が始まります」
鈴木:「この当時から現在まで枠組み足場の基本形は変わっていませんからかなり完成度の高いシステムだったことは確かです。くさび緊結式足場が登場するのはこれよりさらに後の1980年からになります。」
最後に街角図鑑の三土さんからいかにも三土さんらしい質問が飛び出した。
三土:「街で見かけた足場のメーカーを判別する方法はあるのでしょうか?」
鈴木:「枠組み足場はどのメーカーでも互換性があって見分けにくいですが、くさび緊結式はくさび形状が異なるほか、メーカー印も刻まれているのでそれを見るのがいいでしょう」
鈴木:「この刻印から読み取れる情報はまず、仮設工業会の認定品である事、製造年期、用途上の区分、そしてメーカー名です」
鈴木:「この部材はホリーというメーカーが2010年の下期に作ったものという事がわかります」※ホリーは2018年、株式会社タカミヤに吸収合併されている。
伊藤:「すごい!製造年までわかるんですね、これは興奮する」
鈴木:「そ、そうですか?」
三土:「思わぬビンテージ物が見つかったりするんですかね?」
鈴木:「それでいくと(なんかノッてきた)足場の部材はほとんどリースで回っているので、古いものは取り替えられがちです。よく駐車場に鋼管で作った柵があるでしょう、あの留め具(クランプ)もうちが認定を出しているんですがそちらのほうが古いものは見つかりやすいんじゃないでしょうか」
三土:「なるほど、駐車場にもチャンスがあるんですね、ありがとうございます」
鈴木:「なんのチャンスだかよくわかりませんがこの知識が役に立ってよかったです(笑)」
早速このノウハウを活かそうと帰りはふらふらとさまよいながら時間をかけて駅まで歩いた。
「お、あの駐車場の柵、いいクランプ持ってそう」
「行ってみましょう」
この日の素敵な講座は新たに足場や駐車場の刻印に飢えた獣たち(だけど人畜無害)を生み出し、街に放つ事となったのである。
ここで紹介した足場の歴史は、仮設工業会のWEBサイトで より詳しく閲覧できる。鈴木さんによる丹念な資料収集と端正な分類整理によって足場の歩みがわかりやすく紹介されている。足場ファンもそうでない人も必見のコンテンツだ。
展示室は常時一般に開放されている施設では無いので絵巻や浮世絵がめっちゃ動くコンテンツの閲覧や見学を希望する場合は一度WEBサイトから問い合わせをしてほしい。
◼️取材協力
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