干したさつまいもと餅をまぜて作る「かんころもち」
かんころとは、五島地方の方言でサツマイモの切干しのことだ。皮をむき、薄く切り、茹でて天日干ししたものを指す。漢字で「甘古呂」と表記することもある。
干してカッチカチになったかんころと、お餅を混ぜて作ったものがかんころもちである。
初めて手にしたのは数年前。仕事で訪れた離島のお土産店だった。
小腹が空いたわたしは、総菜パックに詰められたかんころもちを手に取った。ラベルには企業名ではなく、地元の女性の方らしい名前が記載してある。売場のPOPには味わい深い手書きで「できたて!」とある。おお、ひょっとすると作り手がわたしの近くにいるかもしれないぐらいの。250円。買った。餡子は苦手なので餡なしを選んだ。
高速船に揺られながら、1つ口に運ぶ。お餅より柔らかい、しかし大福よりは硬い食感。もちもちではなく、控えめな、モチ……とした餅独特の歯ごたえ。噛むごとにほろっと出てくるイモ部分を舌の上で転がし繊維だけ残して飲み込む。
素朴なイモの甘さと同時にほんのり生姜の風味がした。昔おばあちゃんからもらった和菓子を食べた時に「なんで!」とぐぇっとなったのを思い出したけど、「思ってたよりうまい!」が勝った。とても不思議な気分になった。解像度の高い素朴な味。これはいい買い物をしたなと、窓から見える海を眺めにやりとした。
後日、スーパーに行ってまた買った。「かんころもちはフライパンでバター焼きにすると美味い」と上司から聞いたからである。これがまた、雷に打たれたほど美味かったのだ。大勝利である。
サツマイモ×バターのマリアージュはサツマイモの自然な甘さを持つかんころもちも例外ではなかった。あまりに美味かったので脳が安直に「塩スイーツじゃん」と処理しようとしていたが、塩スイーツと呼べるほどの強さはなく、ステラおばさんのクッキー並におだやかな味だった。
昨年訪れた佐世保市の離島・宇久島で出来たてならぬ“つきたて”をいただいたときは、上には上がいるもんだと改めておののいたのだった。
イモのポテンシャルの高さを思い知る。
そもそも、かんころもちの原料となるかんころ(イモの切り干し)は、サツマイモの収穫時期にあわせて五島列島で作られていた保存食。驚くべきことに、江戸時代後期から昭和初期あたりまで島の主食だったらしいのだ。
潜伏キリシタン時代から、イモは命だったんです
そう教えてくれたのは、佐世保の絵本作家・にしむらかえさん。足掛け4年ほど、かんころもちの原料となるかんころ生産地の新上五島町を取材し続けている。温かみのある文章や絵で島の生活や暮らしを発信しているのだ。
にしむらさんには、前職の編集記者時代から取材を通じお世話になったのだが、最近は趣味の演劇を通じて顔を合わせることも多くなり、気がつくと会話の中でボケとツッコミが成立するまでになっていた。とってもフランクで素敵な女性なのだ。
そんなにしむらさんが、昨年9月、1つの集大成となる『かんころもちと教会の島』を「月刊 たくさんのふしぎ 438号」として発行した。
2018年に、新上五島町の頭ヶ島集落を含む「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録されたことで注目を浴びるようになった五島列島。その歴史とかんころもちの結びつきはとっても深いのだという。
来島約20回というにしむらさんにお話を伺う。よろしくおねがいします!
――にしむらさんの絵本を拝見しました。かんころもちの原料にもなっているかんころは、江戸時代後期から作られていたんですね。
江戸時代後期、潜伏キリシタンの人々は大村藩の弾圧から逃れ五島列島をはじめとする島々に移り住んだ。
先住者のいない土地の多くは急斜面で米が育たないため、荒れた地面から石を取り除きそれを積んで石垣にして段々畑を作っていった。
畑には、キリスト教より少し遅れて日本に持ち込まれたサツマイモを植えた。やせた土でも、サツマイモはたくましく育った。
人々はサツマイモを主食とした。しかし冬になり寒くなれば枯れ、温かくなれば芽が出てしまい食べられない。そこで彼らは、そうだ干しイモにしよう! と考えた。
薄く切ったサツマイモを茹でるじろという釜と、それを干してかんころにするやぐら(干し棚)を屋外に作った。
屋根上と床下は、それぞれかんころと収穫したサツマイモの保管場所となった。
「生きるためにイモを植え、かんころを作る」。潜伏キリシタンの人々が移住先で得た生きるための知恵だったのだ。
時代は流れても、その食文化は島で大切に受け継がれてきた。
やぐらはとにかく通気性が命。なので、斜面に家を建てたご家庭は乾いた風が登ってくる場所に作る。もはや建築物の1つなのだ。
現在では、島によって生活様式の変化に応じたバリエーションがあるそうだ。通年設置しているところもあれば(かんころの時期以外は大根や魚の干物、洗濯物が干されることも)、
港だったり道路脇だったり公用地や田んぼの脇だったり、風が吹く場所を探し数週間だけ設置されるところもあるそうだ。「かんころシーズン中ならOK」というおおらかさなのだそう。
町中では、家と家の屋根の間に干し棚があり、カラスからかんころを守るために抱き人形を設置するところも見られたそうだ。ちなみに、人形にはクミコちゃんと名前が付けられていた。
干し棚には人柄がにじみ出ているので、見ていて興味深いとにしむらさんは話す。
船の便もよくなりイモが主食でなくなっても、島の人々にとっては生活と密接なものとなっている。
無農薬が楽なんです
――ある島人の方の、さつまいも畑の描写が印象的でした。取材に同行したにしむらさんのお子さんが「土がフワフワ! 学校で掘った時とぜんぜんちがう! 」と驚いているシーンです。
「春になる前に、石灰とか落ち葉をすきこんで、よく耕しておくんだよ。小さな畑だけど、たくさん手をかけてあげると、野菜はこたえてくれるんだよ」という畑の世話をする女性の言葉の通り、畑との向き合い方がすごいのだ。
――え!無農薬って、健康や環境を意識して、大変だけどあえてやる…というイメージがありましたが。
――能動的にやってらっしゃるというよりは、生活環境に応じてやらざるを、という感じですね。もちろんそこには大きいやり甲斐と生きがいがあるというか。
かんころもち作りは島外で暮らす家族への仕送り
みなさんは、家族で集まってなにかをワイワイ作って食べたりした経験はあるだろうか。わたしにとってはお正月の餅つきが思い出されるが、たぶんそれに近いものだろうと思う。
島では、故郷の味を島外に住む家族に送りたいということから毎年12月になるとかんころもちを作るのだそうだ。
作り方は先述した通り、かんころを蒸して餅と混ぜて作る。にしむらさんの本によると、詳しい工程はこうだ。
1.もちを作る
水につけておいたもち米を布にくるんでせいろに入れて蒸す。製もち機にかける。作ったもちは正月用とかんころもち用に分ける。
2.せいろにかんころともちを入れて蒸す
3.蒸したものに砂糖、生姜を混ぜ合わせる
そのあと製もち機に2回かける。1回目はボソボソだが2回目はもっちりとなるようだ。
4.ナマコ型に成形する
(小値賀島のあるご家庭での作り方です)
島にとっては冬の風物詩。早朝から親子三代、親戚家族らで集まり、きっちり役割分担をしてせっせと作る。
その本数は何10本単位。なんせ多いのだ。この中の多くは、島で獲れる魚介の乾物や特産品などと一緒に段ボール箱に詰められ、島外で暮らす家族のもとへと送られる。
わたしだったら、段ボール箱を開けた瞬間ホームシックで泣いてしまうかもしれない。ずっしりとした重量感には思いがパンパンだ。
家族総出という光景は、ここ数年でなかなか見られないものとなった。ここまで揃っているのはけっこう珍しいそう。
にしむらさんの絵本を見ていたらすっかりお腹が空いてしまった。食べたい。いや、食べる!
シンプルに味わうのがおすすめ
――ずばり、にしむらさんおすすめの食べ方を教えてください。
――やはりベストはそのまま。イモの食感を楽しむには厚切りなんですね。
――地域によって配合する素材や味が違うそうですね。
――まさに家庭の味ですね。味噌汁やカレーに似たものを感じます。
――えっ、島に住んでなくても作れるものなんですか!
――わたしも作ってみたいです!原料はサツマイモですよね。
――とってもいいこと聞きました。ところで、かんころもちをイチから作ってみていかがでした?
手間暇をかけた収穫、加工にかかったコストは、できるだけ安く早くな販売や取引の現場で求められるものとはズレが生じることも多々あるんだろうな。
わたしもかんころもち作りにチャレンジ
後日、わたしもかんころもち作りにチャレンジ。にしむらさんのように、サツマイモを茹でてかんころにするところからスタートしたかったのだが、直売所にかんころが売られていたのでつい買ってしまった。料理番組の「完成したものがこちらです」の一歩手前である。
まず、かんころを40分程水に浸して柔らかくする。
その後、餅米と一緒に炊飯器のおこわモードで炊き、ボウルに入れひたすらモチモチモチモチついていくのだ。
両腕が重くなってきた30分後、ようやくそれっぽく完成。
こりゃー大変!サツマイモを茹でて干す工程も考えると、完成まで最短で一週間はかかる。
30分つきまくっただけでも達成感はひとしおだ。
なお、かんころを購入しなくても蒸したサツマイモでお手軽に作れるレシピもあるのでお試しください。
近い将来、食べられなくなるかもしれない
――そういえば、にしむらさんが今回取材しようと思ったきっかけは、あるお菓子屋さんの一言がきっかけだったんですよね。
そのお菓子屋のご主人によると、人口流出によってかんころの作り手が激減しているのだという。
人口流出はどの地方や島においても切実な課題だ。島の文化や生活の営みが徐々になくなっていく、そんな課題が取材を通して見えてきたとにしむらさんは話す。
島本来の環境下で、良質な素材を使って作られる「美味いかんころもち」の流通と島の課題はイコールで繋がっているようだ。
――「美味しい! 」の背景にはいろんなものがあったんだ……。
――今後も応援しています、ありがとうございました!
いろんな気持ちで噛みしめてみる
食べ物にはさまざまなルーツがあって、物語がある。特に郷土の味はさもありなんで、かんころもちもその1つだ。
その背景を知ってから噛みしめてみると、きっとより解像度の高い味わいになるんだろう。
取材のなかで、にしむらさんのこんな一言が印象的だった。
「島の人ってゆっくりしてるイメージがあるけど、実際は忙しくてずっと用事してるんだよね。島外の人たちとは違う種類の忙しさ」
聞くと、自然や天気を受け入れ淡々と生きている島人の姿に生き物としての幸せを感じたらしい。
どっしり両足で立って味わいたいかんころもち。わたしもがんばって生きるぞ。
【取材協力】
にしむらかえさん(Dodo Days 絵本作家的日常日記)
【参考文献】
『かんころもちと教会の島 月刊たくさんのふしぎ 2021年9月号(第438号) 福音館書店刊』(にしむらかえ 文・絵)
『長崎 かんころ餅リーフレット 長崎県2018年3月作成』(にしむらかえ 文・絵)
『絵本作家がいく カンコロの島紀行』(毎日新聞)