『アイスクライマー』はどんなゲームか?
ゲームの方のアイスクライマーを大雑把に説明すると、
・階層になっているステージを、
・アザラシなどの敵を避けながら、
・床に穴を開けてジャンプで登り、
・時にはプレイヤー同士で殺し合いをし、
・上の方でナスを取ったりしながら、
・頂上まで登ってコンドルに掴まればクリア。
というゲームです。よく考えると荒唐無稽ですね。
動画を見たほうが理解が早そうなので知らない人は動画を見てください。
【コメ付】アイスクライマー【TAS】
で、実際のアイスクライミングはどうなのかというと。
凍った滝を地道に登る
ゲームでは床に穴を開けて豪快にジャンプして登っていくけど、実際は凍った滝を地道に登っていきます。
床に穴を開けたりしないし、ジャンプもしない。そんな事したら死ぬ。(夏沢鉱泉G4 のF1 2019/3/16)
登る高さは色々だけど、国内だと10m~100mとか。僕は30mくらいの滝しか登ったことありません。
これで高さは30mくらい。八ヶ岳の南沢大滝という超有名な氷瀑です(2019/3/3)。
滝は自然の寒さで凍るので、形や硬さも色々です。年や日によって変わります。
柔らかめでクラゲ状の氷。崩壊しやすい怖さがある(ジョウゴ沢F2 2018/12/9)。
さっきから写真の下に書いてあるF1とかF2というのは滝の番号です。
山にある沢には滝がありまして、大抵は複数の滝が連なっています。下の滝からF1、F2と数えます。
この記事で出てくる滝はどれも、アイスをやっている人は大体登ったことがある有名どころばかりです。
ゆるい傾斜の氷。これくらいだと僕のような初心者でも簡単に登れます(裏同心ルンゼF1 2018/12/8)。
雪の量も氷の硬さも、毎回違うのが面白いところかも知れません。
雪が積もると谷が埋まって滝が短くなります(夏沢鉱泉G2のF1 2019/3/17)。
ハンマーではなくアックスを使う
ゲームではハンマーで床を壊して穴を開けながら登っていきますが(考えてみればすごい登り方だ)、実際のアイスクライミングではアイスアックスとアイゼンを氷に刺しながら登っていきます。
ペツルのノミックというアックス。2019年3月現在、1本4万円。2本必要なので8万円。(なお、僕が買った頃は3万円くらいでした)
刃の先はヤスリで削って尖らせています。
足にはアイスクライミング用のアイゼン
アックスだけでは登れないので、靴にアイゼンを着けます。雪山登山用のアイゼンとはまた別の、氷を登るためのアイゼンです。
縦爪アイゼンというやつです。前の爪を1本にしています。
アイゼンは2万5千円くらい。アックスと比べるとお安くなっております。
爪の先はヤスリで研いであります。氷に蹴り込んで刺します。
滝と滝の間もツルツルに凍ってるのでアイゼンを履いてないと滑落して死にます。
5m後ろは滝で、足元はスケートリンク。滝の先は300mくらい下までずっと凍ってるので多分落ちたら死ぬ。
こうして書いてみると、メチャクチャ危ない遊びだな、これ。
氷にアイススクリュー打ち込んで安全を確保する
ただ登るだけならアックスとアイゼンでいいのですが、落ちたら怪我したり死んだりするので、落ちても大丈夫なようにロープで確保します。
ゲームのキャラと違って、僕らは不意に1m落ちれば怪我をします。弱さとしてはスペランカーの人に近い。
Google検索 スペランカー
確保用の支点は氷にアイススクリューというネジを打ち込んで作り、そこにロープを掛けていきます。
適当な間隔でアイススクリューを打ち込んで、自分のロープを掛けていく。すると下まで落ちずに済む(掛ける間隔や氷の形によっては下まで落ちるし、スクリューが抜けることもあります)。(夏沢鉱泉G3のF1 2019/3/17)
アイススクリューも色んな種類がありますが、例えばこんな感じ。 素材や長さが違います。
短すぎると落ちたときに抜けるし、長いと氷が薄い場所に打てない。氷の状態によってどれを使うか考えなくてはいけません(加減は正直わからない)。
先は鋭くなっています。普通に服や皮膚に穴が開く。
先っちょをねじ込んだらハンドルを立てて回すと気持ちよく入っていきます。
パイプ状になっていて、削った氷が出てきます。
ちゃんと根本まで入ったらヌンチャク(スクリューとロープを繋ぐ道具)とロープを掛けて確保します。
これで根本まで入った状態。氷が薄いと根本まで入らないこともある(怖い)。
登りながら片手でスクリューを打ってヌンチャクとロープを掛けるのは大変な作業ですが、これをやらないと落ちた時に大変なのでがんばります。
今なら落ちても大した被害はない。
もちろんスクリューを打つ前に落ちると地面まで落ちます。グラウンドフォールと言います。
はじめてのグラウンドフォール。下がフカフカな新雪でよかったよ!(雪まみれ)
スクリューを打って確保して、上に登っていくと落下したときの距離が増えるので適当な位置でまた打ち込みます。
なぜなら、最後に打ったスクリューから登るほどに落下距離が増すからです。
スクリューを打っては登り、打っては登る。地面まで落ちない様な間隔でスクリューを打ちます。
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道具がいちいち高くて鼻血が出そうになる
ゲームのアイスクライマーは発売当時4,860円でしたが、リアルアイスクライミングの道具はとにかく高価です(たぶん市場が小さいから)。
登りながら打っていくのでアイススクリューは何本も使うのだけど、1本で8,000円程度します。正気では買えない値段ですね。
金銭感覚をマヒさせないと買えない。
「アイスアックスと比べれば安いじゃん!」と自分に言い聞かせることで購入に踏み切れます。
ウェアも重ね着します
登るためだけの道具ではなく、防寒のためのウェアも重要です。なぜなら、すっげー寒いから。
ゲームは温かい部屋で遊べますが、リアルはとっても寒い。
-13℃ならたぶんマシな方で、この日は風も無かったので助かりました。
一番下はドライレイヤーという速乾下着とタイツを着けて、半袖シャツ、長袖シャツ、ソフトシェルの上下と、ハードシェル(冬用)を着ます。
このウェア類や冬用の登山靴がまた高いので、財布がどんどん軽くなります。
手袋も厚い冬用を使います。なお、こういうのを付けてても、アックスを持って登っていると指先が凍って凍傷寸前になるくらい冷えます(指先がもげそうに痛くなる)。
登山と違って登るのを待っている間など、止まっている時間が長いので体がとても冷えます。
普通の雪山登山では汗をかくくらい暖かい手袋なんですが。アイスクライミングでは冷えます。腕を上げて力を入れているから血が通わないのでしょう。
手袋を無くしたら指も無くなるので絶対に無くさないように工夫しています。生活の知恵です。
風が強い日などは装備が吹っ飛んでいくので無くさないようにします。アイスクライミングにおいては落として回収不能という事もあります。
氷点下なので濡れているものはどんどん凍っていきます。手袋も外すと凍ります。凍ったら手が冷えるので凍らせてはいけません。
手を入れて温めて融かすか、予備を使います。
登り始めるまでが大変
ゲームはファミコンにカセットを挿して電源を入れれば遊べますが、リアルは氷瀑に行くまでが大変です。
東京から氷瀑のある山まで行くのも遠いし、着いてからも深い雪が積もった沢を雪にまみれながら登っていくことになります。
膝下ならマシな方。
足がずっぽり埋まったりします。
踏み跡から外れると簡単に腰まで埋まります。足を上げても崩れて来るのでなかなか進めません。
K先輩が先行してトレースを付けてくれたので多少は楽に登れてる。ラッセルは最初の一人が大変です。
格好良く登るのはとても難しい
アイスクライミングにおいて『格好良く登る』のはとてつもなく難しいことです。
ゲームのアイスクライマーも難しいけど、たぶんそれ以上。だって、怖いんだもん。
人は、恐怖を感じると腰が引けて内股になります。(夏沢鉱泉G4のF2 2019/3/16)
単純に僕が下手だからというのが大きいのだけど、人は必死になると格好悪くなります。
滝の抜け口(角度が変わるところ)が特に怖い。氷が脆くて足元もよく見えないし、写真では死角だけど滝の上に積もった雪でアックスがうまく刺さりません。
はい、では上手い人の登り方を見てみましょう。
H先輩。姿勢がよく、体勢が安定しています。
見比べて分かりましたが、姿勢がとてもいい。腰が入って体重が足に乗っています。上体も氷から適度に離れ視野が広いですね。
O先輩。やはり足が安定している。だから腕への負担が小さく、垂直の氷でも難なく登っていけます。
一方、僕はというと。
始祖鳥の化石みたいな体勢になっています。不安定な分を腕で支えるので腕が死ぬ。
一体なぜそこまで足を広げたのか。
登ってる時は必死なんだよ!
なお、これはさっき説明した、アイススクリューを打ちながら登っていく(リードと言います)のと違って上からロープで確保する登り方です。トップロープと言います。
最初に登れる人が上までリードで登って、上の木などを使ってロープを掛けてきてくれました。トップロープは落ちる距離が短いので初心者の練習に最適です。
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つららではなく氷塊が落ちてくる
ゲームではつららが落ちてきますが、リアルでは氷塊がバコバコ落ちてきます。アックスで氷を叩きながら登るのだから当然ですね。
30cmくらいの氷塊は普通に落ちてくるので、落ちてくる場所には立たない、もし当たりそうなら必ず避けるのが肝要です。
これくらいのは普通に落ちてくる。ロッククライミングの落石と比べて圧倒的な高頻度で大きいのが落ちてくるので気が抜けない。
顔に当たると簡単に流血沙汰になります。
足元を見たら血がついた氷が落ちてました。
つららは滝でも落ちてくるけど、山小屋の軒下なんかも危険です。
軒下は立入禁止になってました。当たったらかなり痛そうだ。
殺し合いはしない
アイスクライマーのゲームではどんどん先に進むことで相手を殺すことが出来るのですが、アイスクライミングはお互いに命を預け預かる事になるので仲良くやらなければいけません。
一人目がリードで登る時は、下の人がロープを操作する。お互いの信頼で成り立っているシステムです。撮影はK先輩。O先輩が確保で、簡単なところなので僕がリードさせてもらった。
ロープ操作は阿吽の呼吸と会話(声が小さいと言われがちな僕でも声を張ります)で行います。
一人目が上に着いたら、こんどは下の人を確保して登ってもらう。これを繰り返すことで滝をいくつも登っていけます。
下に降りるのが地味に大変
ゲームだと上まで登れば終わりですが、リアルの場合は家に帰らないといけないので自力で降ります。
山の上まで抜けて歩いて降りてくるパターンもありますが、ロープを使って懸垂下降することも多いです。
懸垂下降は事故ると大落下になり死ぬことが多いので気を抜いてはいけません。
ロープの真ん中を立木などの支点に掛け、両側が下の地面に着いたのを確認したら下降器(ゆっくり安全に降りるための器具)にセット。降りたらロープの片側を引っ張れば回収できます。ロープを回収しないとロープの長さを超える場所を降りられないので回収は重要です。
どこにロープを掛けて降りるかはその都度変わります。ロープを掛ける場所を探すのが難しいので経験者がいないと降りられなくなります。
懸垂下降をするときにロープを掛ける場所ですが、アイスクライミングの場合は立木や、氷に穴を開けて紐を通したもの(アバラコフ、またはVスレッド)を使います。
アバラコフにスリングを通した状態。結構な荷重を掛けても壊れません。
時には雪の塊にロープを掛けることもあります。アルパインクライミング(大自然の中での登攀行為)では日常茶飯事だという。
雪崩の跡を丸く大きく掘ってロープを掛ける。スノーボラードといいますが、かなり怖い。雪はかなり深くまで積もって締まっていたので崩壊はしないだろうという。
雪崩の跡(デブリ)は雪が固く凍っているので懸垂下降にも耐えるのだそうです。でも、もしロープが雪を切ってしまえば落ちます。熟練クライマーの経験が無いと判断は難しいでしょう。
なだらかに見えますが、下は10mの氷瀑です。
苦労して登って懸垂下降をしてようやくクリアとなります。難度高くないですか、この遊び。
登ったあとのご飯が異常においしい!
下に降りたら美味しいご飯が待っています。八ヶ岳周辺の山小屋はご飯が美味しい。
夕飯にステーキが出る小屋もあったりします。
こちらは鴨鍋。タンパク質多めの夕飯は嬉しい。
小鉢多め、唐揚げは揚げたて!全部美味しいし、鍋付き。
はい、猪鍋です。ワイルドな食感と濃い肉の味。スープは胡椒が効いておりピリ辛です。
下山後に街で食べるご飯も美味しい。アイスクライミング後のご飯の美味しさは異常です。
とても柔らかい馬刺し。
ツルッツルの蕎麦。最高かよ。
帰り道の気分が最高なので山に行ってます
山でも岩でも滝でも、登ってる時はツライし寒かったり暑かったり、手や足が痛かったり指先が凍傷寸前でもげそうに痛かったりします。「なぜ俺は山に来てしまったのか」と思うこともしばしば。
でも、終わったあとの気分が最高で、ご飯が美味しく、仲間と会話するのが楽しくてまた行ってしまいます。
ゲームはやってる最中が楽しいけど、リアルの山は終わったあとが楽しい。これが最大の違いかなって思います。
そのために、時間もお金もリスクも惜しみなく突っ込んでいます。皆さんもなにかに突っ込みましょう。突っ込んでこそ生きてる意味があります。