世界が広がる味
美味しい不味いではなく、懐かしい、趣があるなどという感想があってもいいのではないだろうか。ティントはそれだった。別に不味くはないし、特別に美味しいわけではない。そういう飲み物があるのね、という世界が広がる感じだ。醤油がテーブルに並ばない国だからあるものだとは思う。
コーヒーというものがある。黒い飲み物だ。豆から挽いて作るパターンや、インスタントコーヒーなど、いろいろな方法でコーヒーは飲まれている。街を歩けば必ずコーヒーを出すお店はあるし、その人気は盤石だ。
先にも書いたように、コーヒーの淹れ方は様々。ドリップ式があったり、サイフォン式があったりする。飲み方も砂糖を入れたり、ミルクを入れたり、練乳を入れるパターンもある。今回はティントというコーヒーを飲んでみたいと思う。
日本だと緑茶、イメージだけどイギリスだと紅茶、インドだとチャイのように、その国を代表する飲み物がある。同じ飲み物でも国が変われば飲み方が変わる。たとえば、緑茶は海外だと砂糖が入って甘いパターンがよくある。
緑茶だけを見ても、淹れ方は様々だ。お茶っ葉を急須に入れて湯飲みに注ぐスタンダードパターン。ティーパックになっているパターンや、粉末をお湯で溶かして飲むパターンなど、とにかくいろいろあるのだ。
コーヒーも淹れ方は様々だ。豆から挽いて淹れるにしても、ペーパードリップがあり、金属フィルターを使ったものがあり、サイフォンを使ったものなどもある。調べるともっといろいろな方法があるだろう。もちろんインスタントコーヒーもある。
そんないろいろあるコーヒーの淹れ方だけれど、今回は「ティント」というコーヒーを飲んでみたいと思う。これは豆の種類ではなく、コーヒー豆の粉末を煮詰めたものを、お湯を入れて薄めて飲むというもの。日本ではあまり一般的な飲み方ではないと思う。
私はコーヒーが好きだ。スタバに行くとコーヒーではなく、チャイティーラテを頼む私だけれど、コーヒーも好きなのだ。むしろ飲んでいる方だとは思う。だからこそ、むかし何かの本で知った「ティント」も飲んでみたいと思ったのだ。
ティントを求めてやってきたのは、南米・エクアドル。日本人が緑茶を飲むように、コーヒーを飲む国だ。コーヒー豆の生産も自国で行っているので、コーヒーの国の一つだとは思う。生産量ベスト10みたいなことはないけれど、割と作っている。
エクアドルのコーヒーが全てティントということではない。むしろ逆でそんなことは全然ない。聞いた話では年々減ってきているそうだ。スペイン語で聞いたので自信はないけれど、たぶんそう言っていると思う。その証拠にティントはなかなか見つからなかった。
一つ言えるのはエクアドルはインスタントコーヒーの国。お店では上記のような普通のコーヒーが出ることもあるけれど、テーブルにインスタントコーヒーが置いてあり、自分で淹れて飲むパターンもあった。スーパーでもよくインスタントコーヒーを見かけた。
ティントを飲みたいのだけれど、なかなかないのだ。行く先々で「ティント」を飲めるお店を聞いても、「そんなお店あるかな」という感じだった。エクアドルはティントだ、と勝手に思い込んでいたけどそんなことはないようだ。
ティントを求めて無駄にコーヒーを飲んだ気がする。夜、眠れない。ティントかなと思ってお店に入っても普通のコーヒーが出てくるのだ。結果、夜、眠れないのだ。眠れぬ夜を抱いたのだ。そして、あきらめかけた時、ついにティントに出会った。
クエンカという街の、バスターミナルの中にあるカフェ的なお店にそれはあった。街中ばかりを探していてバスターミナルは盲点だった。このバスターミナルには数日前に来ているのに気づかなかったのだ。
定食屋のテーブルに並ぶ醤油にように見えるかもしれない。日本だと間違いなくこのポジションは色から考えても醤油だ。しかし、これがティント。コーヒーの濃いやつだ。これをお湯に淹れて飲むのだ。ティントを頼むとお湯が運ばれてきた。
原液のままでも意外といけるのではないかと、スプーンに注ぎ飲んでみると驚くほど苦かった。子供なら泣いているし、詩人なら旅に出るし、火星人なら牛を連れて帰る、そんな苦さだった。お湯に注がなければ、という苦さだ。
いよいよティントだ。あんなに透明だったお湯がコーヒーの色になっている。今までいろいろな方式で淹れられたコーヒーを飲んできた。そんな私のコーヒーの歴史に新たなる1ページが加わる感動的な瞬間だ。
薄かった。宿題なら嬉しい薄さだけど、コーヒーとしては薄い。ただ先の自販機のコーヒーも薄かったので、もしかすると薄いコーヒーを好む国なのかもしれない。ティントが減っていることを考えると濃さを今は求めているのかもしれないけれど。
結局、上記のカフェでは原液を半分以上お湯に注ぎ飲んだ。私が濃い目のコーヒーを好むというのもあるだろう。しかし、飲み方としては楽しかったし、自分のさじ加減で濃くも、薄くもできるのは素晴らしい。ということで、家でティントを作ろうと思う。
コーヒー豆を挽いて粉となったものを準備した。これを煮詰めればおそらく原液になる。コーヒーの粉をパックに入れてあとはひたすら煮詰める。出汁を取る感じでティントはできるのだ。
2時間ほど煮詰めてみた。そのうち1時間は火を止めて放置もしてみた。煮物は一度冷やした方が味がしみる的なことを聞いたことがあったので、そうしてみたのだ。結果、とても黒い液体が完成した。これでたぶんいいと思う。
作り方自体は簡単だったけれど、インスタントコーヒーの方が普通に買えるのでもっと簡単。エクアドルでなかなかティントを見つけることができなかった理由がわかる気がする。日本だと特に、醤油と間違えるから。刺身をこれで食べちゃう可能性もあるから。
エクアドルで飲んだティントを再現できている。とても苦かった。子供なら泣いているし、約4億年前の生物なら陸に上がるし、木星人なら火星経由で地球に攻め入る、そんな苦さだった。お湯に入れてティントを作ろうではないか。
何を基準にすればいいかわからないけれど、常識的な量を入れたらやっぱり薄かった。エクアドルと同じだ。その後、追加すると飲めるものになった。特別に美味しいというわけではないけれど、夏祭りの焼きそばのような趣のある味だった。それがティントなのだ。
美味しい不味いではなく、懐かしい、趣があるなどという感想があってもいいのではないだろうか。ティントはそれだった。別に不味くはないし、特別に美味しいわけではない。そういう飲み物があるのね、という世界が広がる感じだ。醤油がテーブルに並ばない国だからあるものだとは思う。
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