特集 2019年5月10日

日本一の放流を見てずぶ濡れになってきた

暗闇にダムだけがぼんやり光っていた

4月中旬のある夜、僕は岩手県和賀郡西和賀町の山あいにいた。どこだそれ、と思うだろう。東北新幹線の駅もある北上市から西にまっすぐ15km。秋田県横手市方面に向かう国道107号沿いにある湯田ダムに来たのだ。

お昼前に東京を出て、車でのんびりやって来たら着いたのは夜の7時過ぎ。山に囲まれたあたりはもう真っ暗だ。しかし、深い谷に作られた巨大なアーチ型のダムは青っぽい照明が当てられ、暗闇にぼんやり浮かんでいた。なぜこんな山奥のダムが唐突にライトアップされているのだろうか。

1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

前の記事:変わり種アメリカンドッグを作ろう(デジタルリマスター版)

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最高すぎる放流イベント

この翌日から2日間、この湯田ダムでイベントが行われる。その名も「錦秋湖スプリング放流inにしわが2019」。その前夜祭…ではないけれど、前日からライトアップして盛り上げていくスタイルなのだろう。僕以外誰もいないけど。

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誰もいない暗闇で目の前に青いダムがある非日常
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既に翌日の準備がしてあった

スプリング放流とは、ダムに設置されている、非常時にしか使われない水門の動作試験を兼ねた放流で、滅多に見られない光景をダムと地元がコラボしてイベントに仕立てたのだ。

日本中に広まった

以前に、群馬県の矢木沢ダム、奈良俣ダムで行われた同様の試験放流イベントを見に行った記事を書かせてもらったことがある。

ダムの放流に1200人が集まった

そこで最後に「それぞれのダムと地元地域はもっと手を取り合って、街おこしの一環としての試験放流をどんどんしたらいいと思うのだ。」「この流れが群馬から全国に広がったらいいな、と願っています。」などと書いたのだけど、それは現実になった。

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ダムの放流で群馬の山奥に1200人が集まった

近年、地元とコラボして試験放流をイベント化するダムが増えてきているのだ。湯田ダムでも2014年から試験放流が行われるようになり、2016年からは「錦秋湖スプリング放流inにしわが」と銘打って大々的なイベントが開催されるようになった。

ダムに貯まっている水はすべて利用する目的が決まっているので、無駄にできる水は1滴もない。だからいくら地元がイベントを企画してもダムが放流することは難しいのだけど、「貯水池の水が計画通り貯まっている」状態で「雪解けなどで大量の水が流れ込んできている」と、通常は水位を維持するために平常時に使う水門から放流される。それを、平常時に使う水門から放流されるはずの水を使って「非常用の放流設備の動作チェックを行う」ことでイベント化している。そういう理由づけが必要なあたりはいかにもお役所というか公共インフラなので仕方がないけれど、たぶん中の人がいろいろ調整して可能にしているのだと思う。

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この水すべて使い道が決まっている

正直言ってこの展開はダム好きにとって夢のようである。ダムの目的や構造にもよるけれど、いちばん上の放流設備からの放流は滅多にないのだ。

雪解けや大雨のあとの放流はよく見かけるけれど、基本的に通常使う放流設備はダムの下の方についている。それはそれで迫力あるけれど、せっかく水がたくさん貯まっているときに、同じ放流をするならたまには上から放流してほしいな、放流したらきっと大勢見に来るのにな、と思っていたのだ。タイムボカンでカブトムシではなく稀にバッタやクワガタのメカが出てくるとワクワクしたじゃないですか。あんな感じ。たとえが古すぎるな。

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下から放流している姿は珍しくないけれど、上の緑の水門から放流されることはまずない
 

昔からダムを見学するたびに、案内してくれてた職員さんにそんなリクエストしていたのだけど、もちろん回答は「いやー難しいですねー」という感じ。そりゃ素人がいきなり前例のないワークフローの提案をしたところでまともに取り合ってもらえるはずがない。今回行った湯田ダムでも言ったことがあるけれど、ダムの職員さんは3~4年でみんな転勤してしまうのだ。そんな提案が記憶されて受け継がれたなんてことはないと思う。

とにかく、翌日10時からいよいよ放流開始である。湯田ダムの駐車スペースは小さいので、今回は周辺にいくつか臨時駐車場が設置され、ダムまではシャトルバスが運行されるらしい。1番乗りのバスに乗らなければ、と誓って今日の宿に向かった。

全国から放流に集まる

翌朝、気合を入れすぎて最初のシャトルバスが出る1時間も前に臨時駐車場に着いてしまった。当日は風が強くて、4月下旬とは言えかなり寒かったけれど、駐車場の誘導係の方々も朝早くからスタンバっていた。本当にご苦労様です。

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シャトルバスの時刻表まであった

しばらく車の中で待機していると、次々に車がやってきて、やがて駐車場は満車近くなった。ナンバーを見てみると、地元も多いけれど関東地方もそれなりにいた。みんな遠くから来ているのだ。謎の連帯感を勝手に感じる。

放流開始が1時間後に迫り、いよいよシャトルバスの第1便に乗車。マイクロバスだけど補助席も全部埋まって満席だった。数分走ってダムに到着。既にほかの駐車場から到着したシャトルバスもあるようで、早くも絶好の放流の鑑賞ポイントには数人の先客が待機していた。僕もカメラを準備したりしてその中に加わった。

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なんだよこの盛り上がり…!!

完全にお祭りである

ダムの敷地内には臨時のダムカード配布スペースが作られ、地元のお店などが屋台を出して軽食や飲み物を売っていた。テーブルとイスが並んだ、屋根つきの飲食スペースも完備。もう完全にお祭りである。風がビュービュー吹いて超寒いけど。

やがて時間になり、会場に緊張感が漂いはじめた。まずは地元の演奏家の方々によるバンド演奏があり、そして放流前のおなじみ、下流の河原や川の中にいる人にこれから放流で水量が増えることを知らせるサイレンの吹鳴である。そしていよいよ放流開始だ。

せっかくなので、三脚に固定したカメラは知り合いに託して動画を撮り、僕は人の少ない反対側、ちょうど放流が行われるクレストゲートの方に行ってみた。

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動画はこのベスポジで撮影しよう

サイレンが終わって会場が静けさに包まれると、6門あるクレストゲートの両端から勢いよく水が流れはじめた。いよいよ放流開始!ゲートは両端の2門から開き、続いてその隣の2門、そして最後に真ん中の2門が開く。一気に全部開けて下流の水位が急上昇しないように配慮されているのだ。

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放流きたー!!

ついに放流開始!

ゲートから流れ出た水は、巨大な滑り台を流れ落ちて行き、突然ぶっつりと途切れたところから空中に放り出される。流れ出た勢いのまま落下し、コンクリートの三和土部分に打ち付けられると、粉々に砕け散った水滴が真っ白な霧となって舞い上がった。

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流れ出た水は途中で空中に放り出される
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大量の水しぶきが舞い上がる!

この日の最大放流量は毎秒48㎥。右岸側から左岸側に強い風が吹いていたので、ちょうど放流を見る絶好スポットに鈴なりになっていた人々の方へ真っ白な霧の塊が流れて行った。今ごろあそこは阿鼻叫喚だろう。しばらく堤体の上で写真や動画を撮っていたら、あんなに大勢の人がいた左岸側の絶好スポットから人影が消えていた。上から下から飛んでくる水しぶきにみんな逃げ出したのだろう。

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絶好スポット(矢印のあたり)に思いっきり水しぶきが直撃

あ、あそこにカメラ置きっ放しだった…。

急いで戻ると、カメラを託した知り合いはどこかにいなくなり、ずぶ濡れになった僕のカメラと三脚だけがポツンと残されていた。

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このカメラ過去に何度も放流でずぶ濡れになってるのでそろそろ壊れそう

というわけで湯田ダムの放流の凄さ、分かってもらえただろうか。ハッキリ言って、個人的にはここが日本一の放流だと思っている。ここより凄い放流は見たことがない。もちろんすべてのダムの放流は違うしどこもそれぞれ素晴らしいのだけど、ここを超える迫力の放流はちょっと思いつかない。ウチの方がすごいよ、というダムの職員さんいましたら、ぜひもろもろ都合つけて放流してください。見に行きます。

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最終的にものすごい虹が出た

特別見学ステージとは!?

さて、全身ずぶ濡れだし強風だし曇ってるから凍死しそうなほど寒いので、いったんお昼ごはんを食べて少し休憩した。このあと、午後からダムの内部見学、そして特別見学ステージからの放流見物の予約をしてあるのだ。

特別見学ステージとは、湯田ダム右岸側の斜面を補強してある場所である。ちょうど階段でアクセスできるようになっていて、放流を少し下から間近で眺めることができる。通常は立入禁止の場所だけど、今回は事前に電話で内部見学を予約すると、最終的にこのステージに連れて行ってもらえるのだ。

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上の矢印の場所が特別見学ステージ。下は宿泊者限定ステージ
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放流をこんな間近で見られる!

なんという…なんというサービス!これに気付いたときには既に申し込みが始まっていて、放流を開始する瞬間が見られる最初の回はすでに定員に達していた。

また、町内の指定された宿に泊まると、そのさらに数段下の「宿泊者限定ステージ」に連れて行ってもらえるという。これも魅力的だったけれど、1名で宿泊できる宿が見つけられなかったのと、自由に動き回りたかったので今回はパスした。

というわけで時間になり、堤体内見学に出発。ダムの上の通路からエレベーターで堤体の中に降りて行き、狭い通路を通ってまずは通常の放流で使用するコンジットゲートが見下ろせる部屋へ。このゲートも巨大でかっこよくてずっと見ていたいのだけど、この部屋の中にも放流で巻き上がった水しぶきが下からものすごい勢いで吹き込み、非常に寒かった。

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通常の放流で使用するコンジットゲート。クレストゲート放流中はちょっと休憩
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いま赤い矢印の建物の中にいます

その後、いよいよ特別見学ステージへ。また狭い通路を通ると屋外に設置された階段へ出る。案内の職員さんに続いて、その階段を延々と下がっていくと途中のドアが開け放たれた。

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狭い階段を降りて行く
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矢印の階段を降りている

恐る恐る外に出てみると、目の前にあのジャンプ台が手の届きそうな大きさで現れた。そこからはものすごい量の水が空中に放たれている。

やばいマジ無理…最高かよ…!!

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ぬっぽんいづー!!!!

試験放流は2日間行われ、合計で3200名以上の人が訪れたという。湯田ダムのスプリング放流は本当にすごいので、そしてきっと来年も行われると思うので、ぜひお誘い合わせのうえお出かけください。

まだ間に合う!今年の試験放流

そして、やばい見たかった…!でも来年まで待つのしんどい!!という方のために、そのほかのダムで近々見られる試験放流を紹介します。もちろんこちらも最高なのでぜひ!

5月11日12日、みなかみ3ダム春の点検大放流

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以前に僕が記事にした群馬県みなかみ町の3ダム放流がなんと明日明後日!(写真は藤原ダム)

公式ホームページ

 

5月18日19日、薗原湖堰堤まつり2019

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その翌週には同じ群馬県の沼田市にある薗原ダムで放流イベント開催!

公式ホームページ

 

5月25日美和ダム放流

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さらにその翌週、長野県伊那市の美和ダムが初の放流イベント実施!

公式ホームページ(PDF)

このほかにも、放流はないけれどダムでのイベントはたくさんあるので、ぜひ近くのダムに出かけてみてください。


やばかった

湯田ダムの試験放流を見に行ったのは実は3回目だった。でもだいぶ前からかなり楽しみにしていたし、実際現地ではあまりにもすごすぎて我を忘れるほど興奮した。そのおかげで死ぬほど寒かったけど凍死しなかった。皆さんも試験放流の際は防寒と防水対策をしっかりして行こう!

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まだ東京で消耗してるの?(全身ずぶ濡れでガタガタ震えながら)

告知

インフラ見学系YouTubeチャンネル作りました

突然ですが、ダムをはじめとしたこういうインフラ見学の楽しさを、小・中学生世代にも伝えたいと思ってYouTubeチャンネル作りました。まだ動画は少ないですが、いろいろ面白そうな企画を考えているので、ぜひいいねボタンとチャンネル登録をお願いします!(テンプレート)

今回の湯田ダム放流見学も近々アップします!

「SiphonTV(サイフォンティビー)」

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半年前はまさか自分がユーチューバーになるとは想像してなかったが
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