次の日絶好調でした
朝イチの撮影を終えたあと、そのまま仕事にでかけた。
疲れと眠さとで意識は朦朧としていたが、退社後の睡眠の気持ちよさったらなくて、今年一番の目覚めの良さを味わうことができた。こんなに体調が良くなるなら日頃からちゃんと運動しようと思った。
ホイールヨガなるものが巷で流行しているらしい。その名のとおり車輪の形をした器具を使うヨガのことだ。
しかし車輪は物を運搬するための道具である。効率化のために生まれた発明品が人の背筋を伸ばしているという状況はおもしろい。
ぼくも発明品を使って新たなヨガを生み出してみたくなった。そうだ、家電だ。テレビや掃除機をヨガグッズとして使うのもアリなのではないか。
家電ヨガを開発するにあたり、まずはホイールヨガを体験してみることにした。
ヨガホイールはネット通販で気軽に手に入れることができた。約4,000円というお手頃価格に似合わずしっかりとした作りで、全体重を預けてもひしゃげる様子がない。クッションとして貼り付けてあるコルク生地は優しい触りごこちを演出している。
ヨガホイールには解説書がついてきたので参考にしてポーズを取ってみよう。自慢ではないが僕の運動神経の悪さは尋常ではなく、高校時代の体力テストでは約240人中237位というとんでもない成績を叩き出していることをあらかじめ記しておきたい。
前屈運動でウォーミングアップ。体が硬くホイールに触れるので精一杯だったが、指先で車輪を前後に動かすと筋肉がほぐれて気持ちいい。車輪という形状は明確に意味をもっており、少しずつ転がすことによって筋肉の程よい伸び具合をミリ単位で探ることができる。
いくつか試してみて分かったことだが、ホイールヨガはおもしろい。補助によって難しいポーズに挑戦できるのも楽しいし、単純に体験したことのない運動だから心身共に刺激的でもある。車輪の回転により負荷の調整がしやすいのが秀逸な点だ。
荷車、馬車、自動車…これまで人類は車輪の使い方を間違ってきた。車輪は体をほぐすためのものだったのだ。さあ、いますぐ車のタイヤをぜんぶ外して家族みんなでヨガにいそしもう!
ホイールヨガは楽しい。車輪ですら楽しいのだから、今をときめく家電でやればもっと楽しいに決まっているじゃないか。そしてヨガといえば砂浜とお日さまだ。海に家電を持っていってヨガをしよう。論理は追いついてこないがやりたい気持ちだけは溢れている。
午前3時ごろ、いくつかの家電を軽自動車の荷台に積み込んだ。夏場といえど外はまだ暗く夜明けは遠い。ふと撮った写真が夜逃げの様相を呈していて驚いた。
期せずして体験することになったが、夜逃げとは想像以上に疲れるもので、何より途方もなく眠かった。どんな感情より眠気が先立つのだ。そこには動物の率直な生理だけがあった。
家から40分ほどで浜辺に到着。宮崎の海はきれいだ。隊列を成した漁船が茜色の水平線を進んでいく。浜辺にはサーファー、ジョギングをする人、そしてヨガ行者である僕。多様性ここにあり。
洗濯機を運び出しているときに気がついてしまった。今から僕がやろうとしていることは、端から見れば不法投棄にしか見えないのではないか。通報されたらどうしよう。ヨガとは艱難辛苦の道である。
心配は杞憂に終わった。家電の状態がいいのもあるが、並べてみるとまったく不法投棄に見えなかった。それどころか風景として完成されている感じもある。海の持つ包容力には底がないのだ。
感心しながら写真を撮っていると、通りがかりの男性サーファーに「海を汚すな」という意味のことを言われてしまった。やっぱり不法投棄に見えるらしい。魔法は解けた。僕は力なく弁明した。
「家電でヨガをすると楽しいんじゃないかと思ってですね…」
意味不明だったと思う。サーファーさんとは幾つかの言葉をかわし最終的には分かってもらえたが、別れ際にかけられた言葉が印象に残っている。
「今度は一緒に波に乗ろうよ!」
昨日の敵は今日の友、少年漫画のメンタリティっぽくておもしろかった。
さあ、いよいよもって家電ヨガを試すときだ。用意したのはテレビ・掃除機・洗濯機である。まずはテレビからやってみよう。
テレビを見ている風のポーズを取ってみたが何も起こってくれず、形容しがたい状況を作り上げてしまった。どうやら家電とは距離を置かずに直接絡んだほうがよさそうだ。
模索するうち、完全にヨガだと言えるポーズにたどり着いた。家電ヨガが産声をあげた瞬間である。奇妙に伸びた右足もそれっぽさの演出に一役買っている。
もちろん見かけ倒しではなく、腕や背筋をはじめとする全身の筋肉が使われており、エクササイズとしての効能もバッチリである。
いろいろ試していると、家電ヨガを成立させるために重要な要素が見えてきた。どんなことにもコツはあるのだ。
・堂々とする
・家電とは密に絡む
・身体の伸ばせるところは極力ぜんぶ伸ばす
このルールから外れると途端にヨガでなくなってしまう。例を見てみよう。
身体は伸びているが洗濯機と上手に絡めていないので非ヨガ。
足がちゃんと伸びていないので非ヨガ。
それでは秘伝を学んでいただいたところで、家電ヨガ創始者による珠玉のポーズ集をお届けしよう。
どのポーズも見かけ以上に体力や筋力を使っていて、単純に運動としてキツかった。そのぶん心地よい爽やかさと満足感があとの体を満たしていた。
そもそも家電とは不遇な生き物である。洗濯機は自分が着るわけでもない服を洗わされていてかわいそうだし、掃除機だってたまにはゴミを吐き出したい日もあるはずだ。そんな彼らが押し付けられた役割から解放されたときの感動たるや人間が想像しうるものではない。その高揚感を一体になって味わえるのが家電ヨガの醍醐味である。
朝イチの撮影を終えたあと、そのまま仕事にでかけた。
疲れと眠さとで意識は朦朧としていたが、退社後の睡眠の気持ちよさったらなくて、今年一番の目覚めの良さを味わうことができた。こんなに体調が良くなるなら日頃からちゃんと運動しようと思った。
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