ライターって便利ですね。あの日から半年近くが経ったが、未だに火はおこせていない。というか、機会がなくてチャレンジすらしていないというのが正直なところ。機会なんて自分次第なのだが。それでも手のひらの皮を丈夫にするため料理中に菜箸をスリスリしたり、まっすぐな棒を拾ってきたりはしている。
この記事を書いたことで自分の間違いも整理できたので、今度バーベキューに行くときにでも再チャレンジしてみたいと思う。自分でおこした火で、釣った魚を焼くのが今年の目標だ。
マッチやライターを使わず、その場で手に入るものだけで火をおこす技術に憧れている。無人島へ漂流、山登りで遭難、文明社会の崩壊、原始時代にタイムスリップ。どんな状況になろうとも、とりあえず火はおこせた方がいい。
非常時に必要な知識なので、使わないに越したことはないけれど、知っておいて損はない。それができることで、精神的な余裕が手に入る気がするのだ。
そんなことを考えつつも学ぶきっかけがなかったのだが、今年の一月三日、知り合いが突発的に火おこしのワークショップをやると言い出したので参加してみた。
火おこしワークショップを企画したのは、アウトドア雑誌などで活躍する編集者・ライターの藤原祥弘さん。前に一度、潮干狩りをご一緒したことがる。
大晦日になって突然ツイッターで告知された火おこしワークショップには、7名が集結した。参加者は野外活動に興味のある社会人、大学生などのようだ。
藤原さんは大切な宝物のように、棒をいっぱい持って集合場所へとやってきた。ここでいう宝物とは、油断すると親に捨てられる小学生の収集物的なもの。
欠けのない大きな貝殻とか、化石に見えなくもない石とか、使用済みの記念切手とか、そういうニュアンスである。もちろんいい意味で。
今回教えてもらう火おこしの方法は、長い棒を手のひらでキリキリさせるシンプルな錐揉み(きりもみ)式と、弓のような道具を使う弓錐(ゆみぎり)式の2種類。
道具の少ない手動摩擦の錐揉み式でササっと着火できるようになるのが理想だが、初心者がやると1分で手のひらがダメになるそうだ。
火おこしに使う道具は藤原さんが用意してくれているが、基本はあくまで現地調達。川原を歩いて、使えそうなものを各自で集めていく。
火おこしに使えるまっすぐな棒なんて、そんな都合よく落ちてないだろうと思っていたけれど、実はそこら辺にたくさん生えていた。セイタカアワダチソウという外来種の草である。この立ち枯れたものが、余計な枝もなく使いやすいのだ。
そういえば子供のころ、これで弓矢を作って裏の空き地で遊んだなーという記憶が蘇る。今日、私の精神年齢は11歳くらいかも。教えてくれる藤原さんは13歳くらいだろうか。
火種を大きな火とするために使う火口(ほくち)は、よく乾いた雑草を組み合わせて作る。中央にフカフカした綿っぽいものを置き、それを繊維質の枯れ草で優しく包む。
自然からの採取にこだわらなければ、麻縄をほぐしたものが使いやすい。今回のワークショップでは、この麻縄みたいな「それ反則では?」という技がポツポツ出てくるが、それもまた一つの知恵として楽しもう。
弓錐式では弦となる紐が必要になるのだが、それも自然の中からがんばれば入手可能。カラムシやクズなどの繊維が強い草を利用するのだ。
ただ天然繊維の紐を作るとなれば、それだけで日が暮れてしまうので、今回は知識としてのみ。
さらに棒でこすられる側となる木も探す。理想はよく乾いたスギなどの針葉樹の板。広葉樹でもちょっと腐ることで具合がよくなる場合もある。素人にはどれが適しているのか、まったくわからない世界だ。
山の中ならともかく、川原だと火おこしに使えるような都合の良い材木はなかなか落ちていないので、今回は藤原さんが持参した杉板が控えている。厚さ1.5ミリで木目が3~5本くらいあるものがベスト、レンチンして水気を飛ばしておくと完璧だ。
摩擦による火おこしの原理は、棒(火きり杵)を回転させて、板(火きり臼)をこすり、火種を作るというものだ。杵と臼が餅ではなくマッチの代わりとなる(言いたいだけ)。
まずは弓錐式から。弓を前後に動かして棒を回して、その摩擦で火をおこすというのは、どこかで見たような気がするのでなんとなくイメージできるけど、その具体的な方法はまったくわからない。
知ってはいるけれど、理解まではしていない。世の中はそういうものだらけだ。
よく乾いた日向に大きめの落ち葉を敷き、切り欠きがその上にくるように板をセット。
もう一枚の持ちやすい板を用意し、こちらもくぼみを作っておき、これで棒を上から押さえつける。
あとはひたすら弓を前後に動かして、摩擦熱で杵と臼のお互いを炭化させる。弓を持つ右手の人差し指を紐にひっかけて、常にテンションを保つのがポイントだ。
火種ができたら落ち葉で受け止めて、鳥の巣みたいな火口の中央に落とし、押さえつけながら息を吹きかけて着火させる。
こうして僅か1分ほどで、あっさりと火がおきてしまった。
見ている分には、ものすごく簡単そうだ。
見るとやるとは大違いってやつなんだろうなと思いつつ、拾ってきた棒にロープと火きり杵をセット。まったく根拠はないけれど、なんとなく得意なジャンルかなという気がするので、あっさりと火は起きるんじゃないかな。
いざやってみると、10秒で体が痛くなってきた。
左手で棒を真上から押さえつつ、右手の弓を前後に動かすという動きに、普段使われることのない筋肉が悲鳴を上げる。あと地面についた右膝も地味に痛い。
悪いのはフォームなのだろう。体の構え方、動かし方が間違っているので、無駄ばかりが多く、肝心の熱が生まれない。基本、大事。
だめだ、全然火がおきない。おきる気がしない。初心者向けの弓錐式でこの難易度か。いや一緒にやっている他の受講生はボチボチ火がついているんだけどね。
ここで諦めると正月早々縁起が悪い。藤原さんに切り欠きを作りなおしてもらい、歪んだフォームを調整していただき、落ちこぼれ生徒にどうにか単位をあげようとする補習授業のような感じではあるが、どうにか火種作りに成功。
慎重に火口へと火種を移し、息を吹き込む。
フー
フー
フー
もっと口を近づけろというアドバイス。 髪が燃えそうで怖いじゃないか。
フー
フーー
フーーー
燃えたーーーー!!!
すごい達成感である。全部お膳立てをしてもらって、ようやくどうにか成功しただけだが、それでもやっぱり嬉しい。
間違いなく今年一番の興奮だ。まだ正月三が日だけど。
藤原さんに「捧げ持って」といわれて、無茶言わないでよと思ったけれど、かっこよく撮ってもらってよかった。
そう、上の写真は焚火台の火を持ち直しているのだ。
すでに体力をかなり消耗しているけれど、続いては錐揉み式の火おこしである。
使う道具は火きり杵となるセイタカアワダチソウの棒と、火きり臼の杉板のみ。この方法で火を起こせてこそ、人は少しだけ強くなれる。
道具がシンプルなら、その使い方も至って単純。手のひらで棒を挟み、体重を掛けて下に向かって、お祈りでもするようにこすり合わせるだけ。
下まで行ったらすぐに持ち直し、また上からすぐに擦る。火をおこす理屈は弓錐式と同じである。
まずは助走とばかりに摩擦面の温度をあげつつ火種の元となる木屑を作り、最後はダッシュで発火温度まで持っていく。
僅か一分、あっという間に着火成功。藤原さん、縄文時代にタイムスリップしたらヒーローだな。
理屈はわかった。実演も見た。あとは自分でやるだけだ。
やってみて驚いたのだが、一分と持たずに手のひらが痛くなるのだ。そういえば最初に藤原さんがそんなことを言っていたっけ。現代人の手のひらはこんなにも軟弱だったのか。
かといって軍手をすると、回転する棒が生地を巻きこんでしまうので全然ダメ。もちろん技術や体力も必要だが、手の皮が厚いことが発火の第一条件のようだ。
だめだ、これはだめだ。
手のひらも痛いし、二の腕も辛いし、腰や背中だってきつい。
火をおこせない敗北感がすごい。これが無人島だったら本気で泣く。
日没の少し前まで、そして手のひらの皮が破れる直前までがんばったが、結局錐揉み式で火はおきなかった。たぶん参加者全員が失敗。なかなかの不完全燃焼である。
普通のワークショップではありえない結果だが、これでいいのだと思う。ここで成功して満足するよりは、この挫折をきっかけに各自が歩み出してこそ意味があるのだ。なんて夕日を眺めながら負け惜しみ。
藤原さんとて何か月も棒を擦り続けて、ようやく身につけた技術。毎日やっていれば「あー、こういうことか、指が棒に絡むって」とわかる日が突然やってくるらしい。
ライターって便利ですね。あの日から半年近くが経ったが、未だに火はおこせていない。というか、機会がなくてチャレンジすらしていないというのが正直なところ。機会なんて自分次第なのだが。それでも手のひらの皮を丈夫にするため料理中に菜箸をスリスリしたり、まっすぐな棒を拾ってきたりはしている。
この記事を書いたことで自分の間違いも整理できたので、今度バーベキューに行くときにでも再チャレンジしてみたいと思う。自分でおこした火で、釣った魚を焼くのが今年の目標だ。
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