特集 2021年3月1日

橋の裏側がかっこいい

表から見えるところよりも、普段は見えない裏側の方がクールだということはままあるものだ。

私も、男物の羽織だとかダイオウグソクムシなんかは裏側から見たほうがかっこいいと常々感じていたのだが、最近になって川にかかる橋の裏側にある「支えるための構造」がかっこいいんじゃないかと思うようになった。

いろいろな橋の裏側を集めるべく川辺を散策してきたので報告したい。

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

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たくさんの橋がある

さいわい私の暮らす京都市には南北に賀茂川という大きな川が流れていて、気軽に見に行ける橋には事欠くことがない。

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あらためて見るとすごくたくさんの橋が架かっている。

橋と橋の間は長いところでも800m、短いところで200mしか離れていない。自転車でさっさと移動して橋の写真だけ集めてもいいのだが、せっかくなので餌をとる鳥や河原で珍妙な楽器を鳴らす人を見ながら歩くのがよさそうだ。

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スタート地点は高野川と賀茂川が合流する出町柳。

 

改装中の河合橋(かわいばし)

1本目の橋は、出町柳駅の目と鼻の先にある河合橋。

現在歩道を広げるために改修中で全貌は見れないのだが、これは逆に言えば数十年に一度の改修中の姿を見られるということでもあるのだ。

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名札もフェンス越し。

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歩道があったところが全て撤去されて、下の骨組みがむき出しになっている。脇には単管パイプと木で組まれた足場が。このレアな現場を見られただけでも、わざわざ来てよかったという気になる。

ところで、この光景を見て同行者に「あ、見て!橋の地面が剥がされてる!」と言おうとしたのだが、そこでふと疑問を感じて言いとどまった。

地面は、大地の表面だから地面なのだ。「橋の地面」は変じゃないか?じゃあなんて言うのが正しいのだろう?橋面?

そんなことを考えているうちになんとなく気持ちが尻すぼみになり、もやもやした気分を残してしまった。帰宅してから調べたら「橋面」という言葉は土木の現場でも使われるれっきとした正しい言葉だった。言えばよかった。

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地べたに座り込んで丁寧にお辞儀するのはいいんだけど、ちょっとへりくだり過ぎである。こちらが恐縮して「まあまあ、顔をお上げになって」と言いたくなってしまう。

 

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この日は川の水が少なかったので、川底を歩いて工事中の橋に近づくことができた。

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上にのっていた歩道がなくなって羽を伸ばす歩道の下の力持ちたち。

 

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一方、橋の下側はすべて木板で覆われていた。

余談だが、この河合橋のすぐ下流には亀の形をした飛び石があって、けっこうな人気スポットである。晴れた日には大勢の人で川の上に渋滞ができることさえある。

ここでは子供たちが亀の甲羅ではなく頭を踏むと、後ろにいた母親が

「頭を踏んじゃ可愛そうでしょ!」

と叱るところをよく見かける。

「頭を踏みつけるのは無礼。背中くらいなら、まあ」という京都市民の倫理観の形成に一役買っているにちがいない。

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全部の飛び石が亀なわけではない。
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腹側もちゃんと甲羅(腹甲)が作り込まれているのかちょっと気になる。

 

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賀茂大橋(かもおおはし)

河合橋、亀の飛び石ときてまたすぐ近くにあるのが賀茂大橋だ。

賀茂川デルタ周辺の狭いエリアだけで、本当にたくさんの川を渡るための設備があるものだと感心してしまう。

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「かも」の表記は、資料によって賀茂だったり加茂だったり鴨だったりする。
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この橋の歩道も、つい最近きれいに改装されたようだ。

上はきれいに整備したみたいだけど、さて下はどうかな?

と橋の下にもぐりこんで、見上げた姿のそのカッコよさに思わず放心してしまった。

なんて重厚でかつ優美なんだろう!

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力強く伸びた橋桁。整然と撃ち込まれたリベット。
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橋桁を受け止めるどっしりとした橋台。そして橋台と橋桁の間でひたすら耐える支承。

ああ、なんてかっこよくて美しいんだろう。

たぶん歩道の改装に合わせて橋全体を塗りなおしたんだろう。橋はそこそこ古いはずなのに経年劣化をまったく感じさせない。どっしりとして直線を多用したデザインは、まるでギリシャかどこかの神殿のようではないか。

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支承。

支承(ししょう)。

この名前は帰宅してからネットで調べて知ったのだが、すごい名前である。支えて、承るのだ。ここまで徹底して裏方のレッテルを貼られた名前はないだろう。

仕事も過酷だ。橋桁と橋台の間に立ち、片方の出す振動がもう片方に直接伝わらぬようひたすら緩衝材になるのである。

人間だったら鬱病休職まっしぐらのポジションだが、彼らはひたすら耐えているのだ。

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これはたぶん橋桁が脱落するのを防ぐための伸縮装置。
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橋桁の間を走る高電圧ケーブルは1982年製だった。意外と古いのだな。
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思わず一緒に記念撮影しました。

 

荒神橋(こうじんばし)

出町柳近辺の賑わいも、荒神橋のあたりまで南下するとだいぶ落ち着いてくる。交通量も少なくなるので橋のサイズも賀茂大橋と比べるとつつましいものに。

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歩道の設置も片側だけだ。
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橋の端に誰のかわからない鉢植えが。

人通りが少ないから、ある程度自由な利用が許されているようだ。もともと自宅の前に置かれていた植木が、数が増えるにつれてじわじわと公道にはみ出てくるのはよくあることだ。橋のたもとはその特等席といえるだろう。

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橋のすぐ横に石の溝が2本設置されていた。ここから川に船を下ろしたのかな?と思っていたのだが、
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重たい牛車が通ると橋が傷む。だから橋の横の川底をならして通らせていた。石の溝は、その上に荷車の車輪をのせて安全に川を渡れる場所へ誘導するためのレールの役割をしていたようだ。てことは、これが設置された時点で荷車の車幅には統一された規格があったということなんだろうか?興味が尽きない。
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橋が消えちゃう!と思ってしまうテトリス脳。

橋の規模が小さいからだろうか。橋裏の造形もなんだかローポリゴンだ。

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これも人通りが少ないせい......?

心優しい人が傘をテープで木に念入りに固定して作った猫の家。下にはくしゃくしゃになった毛布が敷いてあった。「猫というか、動物用の家とは言い切れないのでは?」とも思ったけれど、仮に動物以外のもののために拵えたのだとするとホラーな解釈に寄っていってしまうので猫用だと言い切っておくことにする。

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河原に面した元遊郭の物件が偶然公開されていた

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河原に面して半地下の部屋をもつ珍しい家があった。売り物件で見学自由だったので入ってみることに。
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部屋とは言ったものの、しゃがんでやっと通れるくらいの天井の低さだ。中は暗くて埃っぽい。
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地下通路から階段を抜けて出てきたところ。

肩を斜めにして狭い階段を抜けると、どこにでもあるような民家の台所に出た。さっきまで河原にいたのに、いっきに舞台が室内に移ってしまった。

靴を脱いでいると、不動産屋だという男性が待っていたようにスリッパをもって寄ってきた。購入する意思がまったくない冷やかしだが見学してもいいかと聞きながら、穴倉から人が這い出てくるのを待ってスリッパをすすめる仕事を自分がやらされたら、待っている間ずっとそわそわしてしまうだろうなと思った。

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この物件は、元は遊郭として使われていた。ここは表から入ってきたお客を最初にお迎えするための二畳間である。

不動産屋の男性は見学を快諾し、物件についても説明してくれた。

  • この町内にはもともと遊郭があり、この物件もかつてはそういった目的で使われていた。
  • 高貴なお客ほど、建物の奥の川に近い部屋でもてなしていたらしい。
  • ただし、遊郭としては大昔に廃業したため、最近は住宅として使われていた。
  • 築年数はまったく不明。ことによると200年か300年か......。
  • 土地と建物で売値は3億円。
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石灯籠があった。かつてはコケなんかが植えられた坪庭だったのかもしれない。

家の中は、料亭風のところと現代的な住居に改装されたところのキメラになっていた。洗濯機の横に石灯籠が据えられた中庭があったりするのだからなんとも珍妙な家だ。

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これは2階の縁側。

珍妙なものは大好きなので、帰宅してから早速調べみた。

この一帯にあった遊郭の起こりは豊臣秀吉の取り巻きの芸人たちが住みついたところまでさかのぼるらしい。江戸時代に禁令が出されてからも「芸は売れども体は売らず」で営業を続けたが、明治5年(1872年)に全ての店が自主的に営業許可を返納して廃業した。つまり、この建物はどんなに少なく見積もっても築150年はくだらないということになる。

さらに驚くことに、維新志士・桂小五郎(後の木戸孝允)の妻である木戸松子はこのあたりで芸妓をしているところを桂に見染められたというではないか。

ちょっと待ってほしい。実はこれ、とんでもなく歴史的価値の高い建物なんじゃないか?

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帰りは表の玄関から外に出た。外の壁にはひょうたんの意匠が施してあった。遊び心である。

調べるにつれ、この狭い路地に押し込められた歴史にただただ圧倒されてしまった。というより、そんな歴史遺産とも言えるような貴重な物件がつい最近までふつうの住居として使われていて、今まさに売られようとしていることが一番の驚きであるのだが。

公開されたのはこの日とその前日の2日間だけだったようで、つくづく運がよかったことになる。

丸太町橋(まるたまちばし)

橋の話に戻ろう。

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地面から橋桁までが近いのと、落下物防止用の金網が張ってあるせいで圧迫感がある。

自転車で賀茂川を下るとき、橋の下をくぐるときにぶつからないとわかっていても思わず首をすくめてしまうことがある。どの橋をくぐるときにそうなるのかあまり意識したことがなかったけれど、この丸太町橋はあらためて見ると明らかに他の橋よりも天井が低いのがわかった。

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極太ゴム製の伸縮装置は見ごたえがあった。
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それと、ジャガイモにそっくりな石が置いてあった。

 

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二条大橋(にじょうおおはし)

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大量のリベットを使って組み立てられた橋桁が賀茂大橋に似ている。しかし橋台の形がまったく違う。

 

この橋で5本目である。 

ここまで見てきて気づいたのだが、同じ川にかかっている橋なのにそれぞれ形が全然違う。合理的な理由があって結果的にバラバラな構造を採用したのか、他の橋と形をかぶらせたくない対抗意識みたいなのがあるのか、そのへんの決定プロセスが気になるところだ。

個人的には後者の理由だとしたら感心すべき志だと思う。

御池大橋(おいけおおはし)

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形はシンプルだけれど、青みが買った色のおかげで空が見えないのになんだか開放感がある。

 

三条大橋(さんじょうおおはし)

今回見た橋で一番歴史的ないわくがあるのが三条大橋だ。

東海道五十三次の西のスタート地点だったこの橋は、過去に何度も流されては再建されを繰り返してきたんである。

今ある三条大橋は1950年に完成したものだけれど、ところどころに豊臣秀吉時代に作られたパーツをリユースしているのだ。

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今まで見てきた橋と全然違う。
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木製欄干の擬宝珠は豊臣時代に作られたもの。
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刀傷が残る。

この刀傷は、有名な池田屋事件の際にできたものであると言われている。

歴史ロマンにまかせて適当なこと言わんほうがいいのでは......と心配になるようなウソ臭い逸話だが、ともかくそういうことになっているようだ。

刀傷の周りは、みんなが指で触るのでそこだけ光っていた。

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橋脚も、ほとんどはコンクリート製に取り換えられたが豊臣時代の石柱も何本か残っている。

太い柱が林立する光景は壮観だけれど、なにせ古いので若干おどろおどろしくも見える。

四条大橋(しじょうおおはし)

程よく日が傾いてきたので、ここを終点としたい。

市内一の繁華街である四条河原町のすぐ近くだけあって、なかなかしゃれたデザインの橋である。

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玉砂利を配した欄干に、青銅の手すり。超クール!
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欄干には京都市のマークを彫り込んだレリーフが。
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下側はどうかな?と思ったら、なんと化粧板が貼ってあった。そうきたか、と意表をつかれた。最後に一本取られた!

これまでの橋と違って、四条大橋は明らかに下からも「見られる」ことを意識してデザインされていた。

が、ほかの橋たちの機能一点張りの構造部にも十橋十色の魅力を見出さずにはいられない、というのが一日歩き回って出した私の結論だった。

これからは新しい橋を通るたびに「裏側はどうなっているのかな?」と気にしてしまうにちがいない。


河原を歩くのは最高の娯楽

橋を見たり元遊郭を見たり、ほかにもいろいろな鳥を見て楽しめたりで、河原を歩いているだけでこんなにおもしろいことがあっていいのかしらと心配になるほど楽しい一日だった。帰りは同じ道を歩いて帰宅したため、脚が完全に棒になった。

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さんざん大きな橋を見た後なので、帰り道で見つけた自作できそうな橋がすごく新鮮に見えた。

 

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