こうして長期発酵という課題を残しつつも、無事に手作りの辛子高菜を乗せた豚骨ラーメンを食べることができたので満足だ。自家製の高菜漬けはとってもうまい。漬物用の樽を買いそうな勢いである。
来シーズンを待ちきれず、自生しているカラシナでも辛子高菜風のものなら作れるのではという疑問を試してみたく、塩とウコンで漬けてみた。苦味が強くて筋が硬いけれど、だからこそ好きな人には堪らない味かもしれない。辛子高菜風カラシナ、辛子カラシナにしても美味しそうだ。
趣味でラーメンをたまに作っている。そこで豚骨ラーメンに挑戦しようとしたのだが、やっぱり辛子高菜は欠かせない。他のラーメンには見られない独特のトッピングである辛子高菜、あれにはきっと深い意味があるはずだ。
私が住む埼玉県ではなかなか売られていないので、せっかくの機会だからタカナの種を植えて育て、高菜漬けを作り、それから辛子高菜を手作りしてみることにした。
諸事情で二年ほど掛かったけれど、とてもおいしくできたので満足だ。
おいしい豚骨ラーメンを作ってやるぞと張り切って、2019年の10月15日に園芸コーナーが充実しているホームセンターで、「三池大葉縮緬高菜」という中学二年生が考えた必殺技みたいなタカナの種を買ってきた。
ところで高菜を植物名として書く場合はカタカナでタカナ、食材としては漢字で記載します。
タカナはアブラナ科の越年草(秋に種を撒くと年を超えて春に花が咲く)で、川原などに自生するカラシナの変種らしい。
タカナがカラシナの変種ならば、カラシナを摘んできて作ればいいかなともちょっと思ったけど、高菜漬けというくらいだからタカナでやっぱり作らねばと、背筋を伸ばして種を植えようと思った次第である。
両親の実家がある長野の野沢菜漬けはノザワナというカブの仲間で、私が学生時代に住んでいた山形の青菜(せいさい)漬けはセイサイというタカナの仲間を浸けたもの。地域によって使われる葉物野菜が違う、これぞ漬け物文化の多様性だ。
豚骨ラーメンのためにタカナの種を買う面倒臭さ、こういう遊びは嫌いではないが、本当に意味があるのだろうか。目的と行動の差が「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいである。
だが思いついた時期が少し遅かった。日本各地で環境にあった野菜が代々育てられているのため、九州でよく食べられるタカナは温暖な地域の作物。
ここがプロ野球のキャンプが行われるような南国なら種の撒き時だが、埼玉では8~9月に撒いておかなければいけなかったのだ!
種の撒き時を逃す、これは家庭菜園あるあるだ。
来年まで待つのは無理なので、とにかく苗を育ててみることにした。多少なら収穫できるだろう。
種は順調に芽を出したものの、撒く時期が遅かったので気温が低かったせいか、太陽の光が足りなかったのか、貝割れ大根のようにヒョロヒョロと伸びてしまった。貝割れタカナ。ラッコが使う疑問形のようだ。
これから気温はさらに下がるので、無事に育つ望みはかなり薄いけれど、夏野菜が片付いた畑を耕して定植してみよう。
種蒔きから一か月半、そして畑での生活が一か月経った11月30日、心配しつつもすっかり放置していたタカナを確認してみると、多少は虫に食われながらも、たくましく本葉を伸ばしていた。
さすが耐寒性に優れて栽培容易な三池大葉縮緬高菜(名前を言いたい)、南極物語でタロとジロが無事だったみたいな感動をありがとう。まさに自分が蒔いた種なのだが。
ちなみに当時の栽培メモを見返したら、「辛子高菜のカラシナを枯らしたかな? 」と残されていた。カラシナじゃない、タカナだ。
ここまで育てば大雪でも降らなければ大丈夫だろう。冬なので雑草に育ち負けることも、虫に殲滅されることもなく、ゆっくりと成長しながら春を迎えてくれた。
ここまで暖かくなるとアブラナ科の植物としては花を咲かせない訳にはいかないので、葉物野菜として収穫するためには今が限界。ここから先は茎や葉が固くなる一方なのだ。
こうして種蒔きが遅すぎて大きくはならなかったが、どうにかタカナを収穫することができた。
収穫した高菜をよく洗って、試しに生のまま齧ってみると、強烈に青臭く、えぐみが強く、ちょっと辛いという悲しみの三重奏で、不安しか感じない味がした。とにかくアクがすごい。季節が冬とはいえ、虫がそれほど食わなかった理由はこれかもしれない。
どうしよう、高菜漬けにすることで味がさらに濃くなってしまいそうだが、本当に大丈夫なのだろうか。
高菜漬けには向いていない中心部分を、野菜と割り切って炒めて食べてみたのだが、なんと生とは違っておいしかった。うまいと感じるギリギリのラインを責めてくる苦味と辛味が最高で、加熱すると青臭さはあまり感じない。きっと煮物にしてもうまいのだろう。漬けることでも穏やかな味になると信じれば、枯れ葉てた希望も湧いてくる。
過去に育てた野菜だと、若いザーサイによく似ている。ザーサイもカラシナの変種なので当然か。ちょっと太い茎はホクホク感があり、蕾のあたりはふっくらと柔らかい。タカナは漬物にするだけの野菜ではなかったのだ。
フレッシュな高菜は野菜として美味しいことがよくわかった。さて問題は高菜漬けだ。塩で漬けて水分を絞り出すことで、おいしい高菜漬けになると信じよう。
塩の量は正解がよくわからないので、まずはすぐ溶ける物足りない都心の初雪くらいにしておいた。足りなかったら足せばいい。
丸一日で早くもタカナから水分が出てきた。これはもう食べられるかもと、浅漬けの状態で食べてみたところ、塩をまぶした生のタカナの葉っぱでしかなかった。
猛烈にえぐくてしょっぱい。これは私が求める高菜漬けではない。さすがにまだ早かったか。
これはタカナからアクを出してあげないといけないようだ。そのためには塩分だけでなく水分も一緒に加えることで、余計な苦味などが溶け出てくれるような気がする。
そこで飽和食塩水をドバっと加えて二日置いたところ、当たり前だが強烈に塩辛いのだが、それ以上に旨味の濃さが強く表れた塩漬けになってくれた。染み出た塩水までがうまいのだ。
ここまで塩と水しか使っていないのに、まるで化学調味料をドバドバと掛けたような、わかりやすい旨味成分にシャキシャキの歯ごたえ。そこに加わる程良い辛味と苦味。
これが発酵の力なのだろうか。いや発酵にしては早すぎるか。もともと高菜がこれだけの旨味を持っているということか。いやでもやっぱり発酵なのかも。ヨーグルトも数日でできるしな。
旨味の正体はよくわからないが、これに合うのは日本茶だろうと久しぶりにお茶を入れて飲んだ。これぞ正しいお茶請けである。ポテトチップスにコーラくらい合う。
このタカナの塩漬けを唐辛子と炒めれば辛子高菜になるのだろうか。いや確か塩漬けにしてアクを抜いた後、もうひと手間掛けて高菜漬けは完成するんだったような。
そこで昆布の旨味と唐辛子の辛さを足して十日ほど漬け直し、真水に浸して塩抜きをしてから食べてみたところ、どこか記憶にある懐かしい味になった。
かなりうまい。だが高菜漬けとは少し違う気がする。なんだっけなー。
思い出した、これは山形でよく食べた青菜漬けの味に近いんだ。
その作り方を調べたら、塩で下漬けしたセイサイを絞り、昆布や唐辛子を加えた調味料で本漬けをするらしいそりゃセイサイと兄弟みたいなタカナをこの手順で漬けたのだから、覚えのある青菜漬けの味になって当然だ。
山形に住んでいた頃、何かの機会にこの作り方が私にインプットされていたのだろう。
高菜漬けの作り方くらい事前にちゃんと調べろよという話だが、正しいものを作りたい気持ちよりも、知らずに作ることによる胸の高鳴りを優先しのだから仕方がない。
試しに醤油とみりんを少々掛けたら、さらに青菜漬けに近づいた。豚骨ラーメンを諦めて、山形名物の鳥中華(そばつゆと鶏でつくる中華そば)にでも添えてやろうか。
さてどうしよう、ええと、まあいいか。タカナを使った漬物だから、これは高菜漬けには間違いない。辛子高菜にすることでかなり濃い味が加わるので、高菜漬けの製法に関する多少のブレは許容範囲内ということにして、寸胴で豚骨を煮こむことにした。ようやくラーメン作りのスタートだ。
その間にしっかり塩抜きして細かく刻んだ、東北のニュアンス強めの高菜漬けをあまり辛くない唐辛子と胡麻油で炒め、ラーメン用の醤油ダレ(醤油で鰹節や昆布などを煮たもの)をちょっと入れて、辛子高菜に仕上げる。ラーメン屋の辛子高菜がこうやって作られているかは知らないが。
そんなこんなで、ようやく完成した豚骨ラーメンがこちらである。
たっぷり乗せた辛子高菜を絡めて食べてみると、豚骨スープとものすごく合ってくれて嬉しい。やっぱり豚骨ラーメンには辛子高菜だ。
いやー、苦労した甲斐がある一杯だね。
ラーメンと相性の良い調味料といえば化学調味料、すなわち旨味成分の結晶だが、このラーメンにはそれを入れていない。無化調だ。旨味の不足を、トッピングした辛子高菜が埋めてくれているのだ。
「豚骨スープに含まれる動物性の旨味(イノシン酸)」×「高菜漬けが持つ植物性の旨味(グルタミン酸)」の相乗効果がすごい。そりゃ高菜漬けが身近な九州において、豚骨ラーメンの定番トッピングになるよなと納得である。
そして話はまだ続く。
畑のタカナをちょっとだけ残しておいたところ、ちゃんと鞘ができていた。
ここから種を取って来シーズンも育てようかなと思ったのだが、そろそろ完熟したかなと見にいったときには遅すぎた。鞘がはじけて種は無くなっていたのだ。
自家採取した種で作った辛子高菜をトッピングした豚骨ラーメンを作りたかったなーなんて悔やんでいたら、タカナの種蒔き時期である秋に、見覚えのある葉っぱが生えていることに気が付いた。
なんとタカナの二代目である。あのこぼれ落ちたタカナの種が、自ら判断したベストなタイミングで芽を出していたのである。すごいラッキー。そしてなにもせずとも11月末にはもう収穫サイズとなってくれた。
去年はコマツナやチンゲンサイみたいな大きさだったが、今年はハクサイよりもずっと大きい。きっとこれが本来の姿なのだろう。ごめんな、昨年のタカナ。
これで改めて高菜漬けを作れる訳だが、昨シーズンの私とは知識量が段違いだ。なぜなら、たまたま見ていたテレビで高菜漬けの特集をやっていて、正しい漬け方を今更ながら学んだのである。えっへん。
もう遠回りにも飽きたので、素直に踏襲させていただこう。昔ながらのタカナを漬ける流れは、天日干しする、木の樽に丸ごと並べて塩とウコン(ターメリック)をたっぷり振りかける、出てくる汁を捨てながら10か月乳酸発酵させれば完成。これとまったく同じに作るのは無理だが、正解がわかったことで道筋は完全に見えたよね。
それにしても高菜漬けが黄色いのは、まさかウコンを使っているからだったとは。
以下、ダイジェストでどうぞ。
こうして作り直した辛子高菜だが、昨シーズンと比べて柔らかくておいしかったが、味そのものはそんなに違わないかも。進歩がないのではなく、勘で作った昨シーズンが意外とよくできていたのだと前向きにとらえよう。
ちゃんと10か月間漬けた古漬けの辛子高菜も試そうかとも思ったが、豚骨ラーメンを送り付けるブームが私の中で来ていて、一緒に高菜漬けを送ったり、自分でモリモリと食べたりしているうちに、きれいさっぱり無くなってしまった。置いておく場所もなかったし。
ということで、長期発酵の古漬けバージョンは来シーズンの楽しみにとっておく。さらなる旨味が爆発するのかも。種を撒くのが面倒なので、また自分から畑に生えてきてくれないかな。
こうして長期発酵という課題を残しつつも、無事に手作りの辛子高菜を乗せた豚骨ラーメンを食べることができたので満足だ。自家製の高菜漬けはとってもうまい。漬物用の樽を買いそうな勢いである。
来シーズンを待ちきれず、自生しているカラシナでも辛子高菜風のものなら作れるのではという疑問を試してみたく、塩とウコンで漬けてみた。苦味が強くて筋が硬いけれど、だからこそ好きな人には堪らない味かもしれない。辛子高菜風カラシナ、辛子カラシナにしても美味しそうだ。
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