特集 2018年11月29日

牛丼の松屋じゃない松屋をめぐった

松屋以外の松屋をめぐったところ、味わい深いことになりました

「松屋」はわたしたちの生活に欠かせない。扉を開けばいつでも、牛丼や味噌汁付のカレーが出迎えてくれる。すばらしいお店だ。

だけど「松屋」と呼ばれるお店は、その「松屋」だけではない。

銀座の老舗デパートも「松屋」だ。それ以外にも「松屋」と名乗るお店は沢山ある。きっと、それぞれの松屋が「世界にひとつだけの松屋」なのだろう。どんな松屋があるのか巡ってみた。

1981年群馬県生まれ。ライター兼イラストレーター。飲食物全般がだいたい好きだという、ざっくりとした見解で生きています。とくに好きなのはカレー。(動画インタビュー)

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この世界には、世界にひとつだけの松屋が無数にある

「松屋」が好きだ。今年からは、毎冬恒例の限定メニュー「豆腐キムチチゲ膳」が鍋スタイルへと変わり、鍋汁の最後の一滴まであつあつで食べられるようになった。躍進が止まらない。

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松屋はいつだってわたしたちの味方だ
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パワーアップした冬の定番「豆腐キムチチゲ鍋膳」。食べ終わるまでほかほか。罪深い。どういうことだ
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今年の冬、やばいわ

ところで、筆者はネッシーと名乗っているが、戸籍上は全国で3番目に多い名字・高橋だ。だからなんだという話だが、同姓同名が多い。自分の名前をググると、見ず知らずの人がわらわら登場する。「鰻」とか「雲母」とか、珍しい名前の人がちょっとうらやましい。

もしかして「松屋」は同士なのではないだろうか、と気がついたのは、秋深まりゆく11月。松屋のなかにはきっと「検索ヒットしにくい」「SEO対策を考えないと、サイトに来てもらえないなぁ」などの悩みを抱えている「松屋」があるのではないか。そう感じたのだ。

グーグルの窓に「松屋」と入力してエンターキーを押してみた。すると、そこには想像以上に広大な松屋ワールドが広がっていた。

まだ見ぬ、計42の「牛丼じゃない松屋」が発掘されたのだ。

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全制覇するのはむずかしそうなので、本記事では、その一部を紹介したい。

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焼き鳥があり、包丁も研いでくれる松屋
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「桜花漬」が売っている松屋
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「鶏卵素麺」が売っている松屋
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「半生の塩あんこ飴」が売っている松屋
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精肉屋の松屋
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韓国料理店の松屋
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焼き鳥もある。包丁も研いでくれる「松屋」

次ページへのクリックを何度しただろうか。門前仲町の商店街の一角に日用品を売る「松屋」を見つけた。わたしの知っている「松屋」とは何もかもが違う。さっそく出かけてみよう。

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門前仲町駅に到着
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その数軒手前には牛丼の「松屋」があった。なんの因果だ。深読みしてしまう
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こちらが日用品をあつかう「松屋」
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なんと左端にやきとり屋がある
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包丁研ぎも行なっているという。手書きの値段表が味わい深い
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「自転車の合鍵をつくろう(すぐなくすから)」と心に誓った瞬間

インターネットの情報によると、このお店にはネズミ取り機があるらしい。人知れず悩んでいたのだが、築50年くらいの木造物件に住んでいるわたしは、今まさにネズミ被害に震えているところだ。詳細が聞きたい。

——ネズミ取り機、売っているのでしょうか。

「ネズミ取り機はね、先日在庫をぜんぶ買っていった人がいて。売れちゃったんですよね」

——おお。実は家にネズミがいるかもしれなくて……。どうしたらよいでしょう。

「粘着力の強いテープを使って、捕まえるのがいいと思いますよ。ダンボールで囲いをして、餌を置いておいて……」

店主は、かなり細かく説明してくれた。どんな罠を仕掛けるのが有効か。粘着力の強いテープはどう使うのが適切か。(詳細を露骨に書くと震えるので控えます)

「粘着力の強いテープ、買っておこうか」という購買意欲がぐんぐん芽生えるくらい、こと細かに説明してくれた。

——ところで、そのテープ、おいくらなのでしょうか。

薬局に売っているよ」

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粘着力の強いテープについて、10分くらい説明してくれていたのに……!

えっ。お店に置いていないものの説明を、こんなにも丁寧にしてくれていたのか!

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店主は「色々ぶら下がっているんだよね」と言っていたが、ほんとうに色々ぶらさがっていた。そうか、こう収納すればいいのか、という知見を得た
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手づくり小物も販売しているのかと思いきや「飾っているだけなんだよね」
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「せっかくだからあげるよ」ともらった。気前がよいぞ。売らなくていいのか

それだけじゃなかった。「福引に使うくじのようなものは、ありますか?」と訪ねてきたお客さんにも「うちにはないけど、蔵前に売っていると思うよ」とサクッと伝えていた。優しい。だけど商売は大丈夫なのか。

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缶切りの刃を研ぎ始めた。そうか。缶切りの刃って、包丁みたいに研げるのか

店を構えたのは大正13年。牛丼屋の創業よりもはるか昔の話である。今の店主で3代目になるそうだ。

「『商売は3代目がつぶす』ってよく言われている、3代目なんだよねぇ。のほほんとしているから駄目らしいんだよねぇ」

ああ、自分で言っちゃっている。

「まあせっかくだから、ここに座って焼き鳥食べていったらいいよ」

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席を空けてくれたうえに、お茶まで出してくれた
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「ぼんじり」。軟骨ついているやつ、はじめて見た。骨ごと食べられた。これ、うまいぞ……!

焼き鳥屋を営むのは店主の妹さん。「金、稼ぐぞ!」という思いはあまり強くなかったようだが「やきとり屋をオープンしてから、いつのまにか16年になるんですよねぇ」とにこにこ。なんだこの穏やかな、町内会のお祭りのテントのなかのような温かさは。

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やきとり串は築地らへんで仕入れているそうだ
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飲みたくなるラインナップすぎないか、と思っていたら
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ばっちり置いてあった。ワンカップもある。最強だ
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とりレバーもうまい……!

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お菓子界隈にも「松屋」が複数ある

お菓子界隈も、いくつもの「松屋」を輩出していた。

どこの松屋も歴史が深い。奈良にある「松屋本店」は創業天保13年という。いつだろう……、と調べたところ1842年。江戸幕府は12代将軍のころ、アヘン戦争が終結したあたりである。偉そうに書いてみたけど、実感はさっぱりない。それくらい遠い昔だ。

そのお店には、桜の塩漬けが売っていた。お湯を注いで飲んだりするらしい。

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お取り寄せした。本店の貫禄と、「桜、入ってるぜ!」感をまざまざと感じさせるパッケージ
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お湯を注いだところ、冬に桜の花開くという「THE風情」に直面
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慣れない状況に戸惑いながら飲んでいたら、非常にぼんやりした写真が撮れた

肝心の味だが、白湯がおしゃれになった感じである。でも、どこまでも白湯だ。

「白湯、白湯、白湯……」白湯以外の感想が浮かばない。風情のあるビジュアルに触れてもなお、白湯のアイデンティティは揺るがないことを知った。

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さらに「鶏卵素麺」なるものをつくっている松屋も、福岡に見つけた。

こちらの起源は延宝元年(1673年)ごろまで遡るようだ。昔すぎる。そのころの人類にとって、牛丼ははるか彼方なのではないだろうか。まさか、自分の子孫らが、カウンターに座り、薄い牛肉を煮た料理をかっこむ日が来るなど、彼らは知るよしもなかったのではないだろうか。

と、時代の話に夢中になってしまったが、そもそも「鶏卵素麺」ってなんだろう。

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ポルトガルから伝来したお菓子らしい。届いた。「卵」の文字の主張の激しさにふるえる
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なんかいいやつがでてきたぞ
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これ、写真だけ見せられて「なんでしょう?」ってクイズ出されたら一生解けない自信あるな……と思った

味は、率直にいえば甘い卵だ。

もしくは「焼く前の、生の状態のマドレーヌの味」が近いように思うが、通じるだろうか。昔、友だちの家でお菓子作りをしている途中、出来上がりが待ちきれず、生のままのマドレーヌを舐めた。その味と合致するのだ。同士の人がいたら、その時の味を思い出してほしい。

ちなみにこのお菓子、「素麺と間違えて茹でないように」という注意書きがあった。気遣いをありがとう。でも、たぶん大丈夫だ。

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さらに奇妙な飴を売っている「松屋」も見つけた。半生の塩あんこ飴、甘酒飴、めさまし。味の想像ができそうでできない。

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「めさまし」とかいてある飴、思いのほか優しいお味で眠気が勃発。なぜだ
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どういうことだ……と思いながら口にしたところ、冒頭は飴、みるみるうちに、あんこに
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甘酒の飴は、やわらかくて、酒粕の味。成長したミルキーのようだった

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肉屋の「松屋」もずいぶんとあるようだ

精肉屋の松屋にも行ってみた。

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ひさびさに路面電車に乗る
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夜の闇にきらめく肉屋の看板
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あたりまえだが、揚げたてだがらあつあつである。「そうだった。肉屋のお惣菜ってあつあつなんだった」と思い出す
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こらえきれなくて路上食いしてしまった。うますぎる

「精肉屋にはおいしいお惣菜が売っている」

知らなくはなかった。でもすっかり忘れていた。我らには、美味しい唐揚げが食べたいと思った時、お肉屋さんに行く自由があったのだ。

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韓国料理店「松屋」のタコ鍋はすごい奴だった

次で最後だ。インターネットで調査している段階からすでに、激しく胃袋に訴えてきた店もあった。韓国料理の「松屋」だ。欲望に抗えないので向かった。

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地図。牛丼の松屋にまぎれて、しれっと、今から向かうアナザー松屋が表示されている
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看板が、ものすごく素直に「松」

このお店、ジャガイモと牛肉の鍋「カムジャタン」の元祖ともいわれている。だけど今回食べてみたいのは、タコ鍋だ。タコがまるっと入っていて、火にかけている途中で店員さんがザクザクと切り刻んでくれる。

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あなたのことも気になるんだけど
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おしぼりの文字、特急のヘッドマークのフォントみたい
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いらっしゃいました
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目の前でざくざく刻まれるタコ
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この躍動感に、ますます食欲を刺激される

まじで具のほとんどがタコである。あとは、野菜、小柄なカニ、韓国の細い餅で構成されていて、肉やほかの魚類は入っていない。

しかも、とりたててこんもりしているわけでもないのに、なぜかご馳走に見える。タコ、別に好きじゃないのに食べたいのだ。おそらくだが、この鍋にはタコの神様が宿っている。

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火が通りきると、もはや何の鍋なのか、外観からは想像できない状態になるが、でも、ここにはタコの神様がご鎮座している(はず)

 余談だが、わたしとタコとの思い出は、2016年10月、韓国で生のタコを食べたところ、舌に吸盤がひっついてきて、生まれてはじめて「食べ物に襲われる恐怖」を覚えたところで止まっていた。更新するチャンスである。

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いきなりですが、韓国で食べたタコです
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よく見ると、吸盤が箸にくっついているのだ

鍋のスープはすんごく辛い。だけど甘さもあり、「わたし、海鮮の出汁です!」と主張してくる旨味成分的なやつが、胃に深くしみわたる。辛いだけじゃない「旨辛味」ってつまりこういうことだなぁと感じ入ってしまう。思いを止められずに、スープをすすり続けた。

なにこれ、最高かよ。

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最高すぎて、食べるのに夢中になり、その瞬間の写真が見当たらない。これは、お通しででてきたカクテキ

おじやを頼んだところ、ものすごく少量のスープを使って、チャーハンとおじやの合いの子のような食べ物をつくってもらえた。

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韓国のりがわっさーと盛られ
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かき回し方が壮絶。おじやらしからぬ激しさ
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見た目は、ほぼチャーハン。ごま油のにおいが暴力的なまでに押し寄せてくる

他のメニューに目をくれる余裕もなくなるくらいお腹いっぱいになった。居酒屋で鍋と酒しか頼まなかったの、はじめてかもしれない。

帰り道には「おいしかったね」「あの鍋、おいしかったね」「いやー、まじでうまかったね」と繰り返し話すばかりで、すっかり語彙を失っていた。

 

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飛行機が車をつかんで飛ぶ。ポップな絵柄だけど、やっていることが強い
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美味しいと、ご機嫌がすぎて、バッティングセンターの文字が約半分灯ってなくても「いいねえ、そういうの、いいねえ」としか思わなくなる
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なお、あまりの美味さに後日再訪してしまった。牛丼のほうの松屋といちばんよく似たメニュー「豆腐チゲ」を頼んでみたところ
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豆腐9:そのほか1の比率だった。今まで見た、どの豆腐チゲよりも、豆腐の自己顕示欲が高い

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でもぜんぶ偶然

名前が同じなのはまったくの偶然だ。でも「松屋」だったから、検索にヒットしてしまった。そして、はじめてみるものに何度も触れた。出会えてよかった。でも、偶然はどこまでも偶然だ。

食べたものの全部が全部おいしかったので喜んで終わります。

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肉屋さん「松屋」に売っていた「バーモントハヤシ」。そこそこロングセラー商品なはずなのだが、わたしはこの日うまれてはじめて見た。そんな、些細な出来事もうれしい
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