ギボシムシの観察会は知らないことばかりですごく楽しかったのだが、こうして記事にまとめていたら、自分で一匹も捕まえられなかったことが悔しくなってきた。なんとなくノウハウはわかったので、来年はもう少し張り切ってみたいと思う。
見た目はともかく消毒液っぽい匂いがおいしくなさそうだったので、あえて食べはしなかったのだが(自分で捕まえてないし)、少しくらい切れても再生するそうなので、プリっとした肛尾域をちょっと食べてみてもいいかなとこっそり思っている。

ギボシムシという生物をご存知だろうか。
私は全く知らなかったのだが、能登半島に住む友人が「ギボシムシ博士と一緒にギボシムシを捕ろう!」と熱く誘ってくれた。なにそれ、おいしいの?
あえて何一つ調べないままギボシムシ博士と砂浜でお会いし、海に潜ってギボシムシを追いかけた夏。
とにかくギボシムシはすごかった。
前に書いた「奥能登で愛されている高級キノコ、コノミタケを採りたい」という記事で、一緒にカメラを壊した能登在住の北沢さんによると、「能登に引っ越してきて、ある意味一番凄いと思った人がギボシムシ先生。だってギボシムシだよ!」とのこと。
だからギボシムシってなんなんだよ。
ギボシとは、お寺とか橋の手すりなどについている、ネギボウズみたいな部分のことだろうか。漢字で書くと擬宝珠。
北沢さんもギボシムシの実物を見たことがある訳ではなく、「海の中にいるミミズみたいなもの?」という、ふんわりとした知識しかないらしい。
ただ、ギボシムシ先生は間違いなくおもしろいから、一緒に取材をしましょうと。北沢さんがそういうのだから、きっと素敵な人なのだろう。
ギボシムシとは何か。ネットで調べれば一発だけれど、それをするとつまらないので、待ち合わせ場所である能登町の海岸へと何も知らないまま向かってみた。
能登半島の美しい砂浜で待っていたギボシムシ先生は、いかにも学者、研究者というお姿で、私のようなギボシムシ素人をとても丁寧な対応で出迎えてくれた。
先生の名は浦田慎(うらたまこと)さん。能登里海教育研究所の主幹研究員として、教育機関と連携して海洋教育のカリキュラム開発や実践をしている。具体的には小学生から高校生までを対象に、磯の生き物を観察したり、バフンウニを受精させたり、スルメイカを解剖したりするそうだ。私が子どもだったら絶対に受けたい授業である。
今回は里海教育の番外編として、ギボシムシの観察会および勉強会をしていただいた。
ギボシムシの探し方だが、海中の砂や泥の中に潜って暮らしている生物のため、海の中で砂を20センチくらい掘って探さなければならない。
しかも体がすごく柔らかいので、シャベルや熊手などは使えない。手で掘っても千切れてしまうくらい弱いので、手のひらや足ひれで扇ぎ、その水流だけで砂を掘る必要があるのだ。そりゃ大変だ。
海はとても広いので、どこでギボシムシを探すかが肝心。だがこのヒントが案外フワっとしていた。
種類によっては尻側から砂を出して糞塊を作るタイプもいるが、多くの種はそれを作ってくれない。
口側が滑らかではないすり鉢状に凹み、その中央に小さな穴がある場合もあるが、別の生物の巣穴であることも多い。
とにかく生き物の気配が濃そうな場所を探して、なんとなく怪しいと思ったら掘ってみるしかないらしい。そんな無茶な。
世界には100種類くらいのギボシムシが確認されているが(研究が進めばもっと見つかるが世の中に研究者があまりいない)、ここで狙うのは30センチにもなるミサキギボシムシ。
大きいものは完全体を掘り起こすのは浦田先生でもなかなか難しく、気が抜けると緊張の糸と共にギボシムシが切れることも多いとか。天然の山芋掘りみたいだ。
ちなみに日本にはギボシムシ探しのプロフェッショナルがいて、金沢大学の小木曽正造さん、東京大学の雨宮昭南さん、ジャムステックの宮本教生さんの三人はとても上手なのだとか。どの世界にもプロはいるのだなと感心する。
運が良ければギボシムシが見つかり、運が悪くても体は確実に鍛えられる。ギボシムシ探しダイエット、流行るかも。
素人が探して何匹くらい見つかるものなのか見当もつかないが、とりあえあず一匹、ぜひギボシムシとやらを捕まえてみたい。
自分で見つけるよりも浦田先生が先に発見する確率の方どう考えても高いので、邪魔にならない距離でくっつきつつ、見よう見まねで気になるところを掘ってみる。
私は潮干狩りとの生物採集が好きなので、もしかしたら意外と簡単に見つけられるかもという気持ちもあったのだが、そんなに甘いものではなかった。
気になるところは無限に見つかるが、その度に不安定な態勢で手やヒレでパタパタと砂を避けなければならない。そして毎回空振りに終わる虚しさとの戦い。
そりゃ体もムキムキに鍛えられるだろうという地道なフィールドワーク。せめて五十両の小判が入った財布でも落ちてないだろうかと邪心が混じる。
先生が急に方向を変えたと思ったら、「こっちはアンドンクラゲがウジャウジャいるので気を付けてください」と言われたりもした。おっかねえ。というか海パン一丁の先生は大丈夫なのか。
私に足りないのは揺れない心と体幹の強さ。無事に見つけられる明るい未来が信じられない。もし一人でやっていたら諦めていたかもという頃、先生が自信ありげに海底を指さした。
私には他の場所との違いまったくわからなかったが、どうやらギボシムシが潜む気配を察知したらしい。
しばらくバタバタしていると、砂の中からオレンジ色のニョロンとした何かが二つ出てきた。
どうやらこれがギボシムシらしい。
さらに先生が扇いでいくと、二匹ではなく繋がった大きな一匹の口側と尻側であることが判明。どっちが口なのかわからないけど。
これはなかなかの大物なのでは。
あまり強く扇ぐとギボシムシがちょん切れたり、どこかへ吹っ飛んでしまうため、砂埃の中に見え隠れするターゲットを確認しつつ、丁寧に掘り返す。
30センチはありそうな良型のミサキギボシムシが、その全貌を見せた。
無事に体全体が露出したところで、水から持ち上げただけでも切れてしまうという柔らかい体を海水ごとビニール袋に詰めて、ギボシムシの捕獲完了。体から出ている粘液に砂がついて、なんだかモニャモニャしている。
ちなみにギボシムシには毒やトゲはないので、素手で触っても大丈夫とのこと。ただしウミケムシなど毒がある生物もいるので、なんでもかんでもやたらと触ろうとしてはいけない。
ギボシムシを捕まえる動画。
本格的な調査をするときは一度に十匹以上を確保するそうだが、今回は観察目的のため、先生はこの一匹で終了とした。
よし私も自力で捕まえてやるぞと引き続き足ヒレを扇ぎまくったが、気が付いたら無数のクラゲに囲まれていて、恐ろしくなったので撤収。シンプルに体が辛いしね。
陸に上がってシュノーケルを外し、先生が捕まえたミサキギボシムシ(おそらくメス)のピーちゃんをじっくりと観察する。
一見するとミミズやゴカイっぽい姿だが、よくみると細部が全然違う。なんだか内臓の一部みたいだ。知らな過ぎておもしろい存在である。
こうして砂から出てしまうと、ものすごく不用心な生き物に思える。進化の過程で殻やトゲを使って防御しようと思ったことはないのだろうか。
吻の動きがすごいんですよ。
ものすごくざっくりとした分類でいうと、身近な動物(左右相称動物)は前口動物と後口動物(新口動物)に分かれる。前口動物はミミズやゴカイなどの環形動物、イカやタコといった軟体動物など。その見た目からギボシムシもこちら側かと思いきや、 人間を含む脊索動物、ヒトデやナマコなどの棘皮動物が属する後口動物。半索動物の腸鰓類(ギボシムシ類)だ。
脊索動物との類縁関係が指摘されているから半索動物。原始的な脊索動物であるナメクジウオやホヤよりも原始的な生物で、幼生は棘皮動物に似ている。ギボシムシはこう見えてミミズよりも人間に近い生き物なのであり、我々の進化のカギを握っているともいわれているのだ。
大丈夫、私も全くわかっていないで調べながら書いている。 気になる人は勉強しよう。
参考:浦田先生の講義、海底に潜むムシから探る脊索動物の起源/宮本教生、ギボシムシ海砂泥地に潜む面白い新口動物群/田川 訓史、ウィキペディア
このような海での採集と観察の後、冒頭に写真を載せた勉強会をしていただいた次第である。
私の知識不足で十分に理解できない点も多々あったが、頭と体をフルに使った楽しい会だった。
ギボシムシの観察会は知らないことばかりですごく楽しかったのだが、こうして記事にまとめていたら、自分で一匹も捕まえられなかったことが悔しくなってきた。なんとなくノウハウはわかったので、来年はもう少し張り切ってみたいと思う。
見た目はともかく消毒液っぽい匂いがおいしくなさそうだったので、あえて食べはしなかったのだが(自分で捕まえてないし)、少しくらい切れても再生するそうなので、プリっとした肛尾域をちょっと食べてみてもいいかなとこっそり思っている。
![]() |
||
▽デイリーポータルZトップへ | ||
![]() |
||
![]() |
▲デイリーポータルZトップへ | ![]() |