特集 2019年8月6日

船で通勤とは?東京都の社会実験に参加してきた

乗客は観光客ではなくサラリーマン

人口集中によりとどまるところを知らない東京の通勤ラッシュ。交通機関と東京都が連携して色々な手立てを講じてはいるがなかなか解消できない問題である。

そんな中、東京都が通勤ラッシュを緩和する一つの手立てとして新たに目論んでいるのが「船通勤」だ。

正直言って焼け石に水感は否めない…一方で「出来ることは何でもやらなきゃ」という必死さも感じるが、その効果を検証すべく、「らくらく船旅通勤」と称して1週間強限定で実際に朝の時間帯に船を走らせる社会実験を実施するという。

はたして「船通勤」は通勤ラッシュ解消の「渡りに船」となり得るのか。実際に社会実験に参加してきた。

1992年東京生まれ。普段は商品についてくるオマケとかを考えている会社員。好きな食べ物はちくわです。最近子どもが生まれたので「人間ってすごい」と本気で感じています。(動画インタビュー)

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勝どき~日本橋、約30分の船旅

運行ルートは地図の通り。

 

埋立地が広がり交通の便が良いとは言えない晴海エリアと企業が多く集まる日本橋の間を結び、所要時間は30分ほどだ。午前7時半から午前9時までの間に各船着場から15分間隔で計14便が運航される。

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今回は勝どきから日本橋へ向かう「のぼり」方面を利用する。

電車で勝どきから日本橋に出ようと思うと必ず乗り換えが必要になるが船だと乗り換え無しでアクセスできる。その点は船通勤のメリットと言えるだろう。

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勝どき側の乗り場は「朝潮小型船乗り場」だ
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船乗り場は勝どき駅から黎明橋を渡ってすぐの場所。黎明とは明け方、転じて新しい事柄が始まろうとする時という意味。船通勤のスタートに相応しい。
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乗り場の電光掲示板に表示された社会実験の文字に入り混じる興奮と緊張。俺は被験者だ…!

出航10分前になり乗船受付が始まった。この時点で既に10名弱の乗客が列を作っていた。乗客の多くは出社前のサラリーマンだ。

ちなみに筆者もこれから出社するサラリーマンではあるが、神奈川県に住んでいるので一度都心を通り越して勝どきまで足を延ばしている。「らくらく船旅通勤」というよりは「わざわざ船旅通勤」である。

他のサラリーマンがらくらく派なのか、わざわざ派なのかは分からないがそれなりに盛況ではあるようだ。

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座席は7列×(3+3席)で計42席。出航する頃にはほぼ満席となった。

筆者が乗った船は開放感あふれるフルオープンタイプ。眺望は最高だが、雨風はノーガード、空調も一切なしというガンジーもびっくりの無防備さで、通勤の足として利用するには過酷な環境だ。

日常使いというよりは観光地でのるような、ハレ(非日常)とケ(日常)の考え方でいえば確実にハレ寄りの乗り物である。

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日本橋から勝どきに向かう航路ではちゃんと室内のある船も走っている。通勤に使うにはこちらのタイプでないと難しいだろう。

こんなに見た目がレジャーっぽいのに、乗客の大半をサラリーマンが占めると、悲しいかな、否が応にも通勤感が醸し出されてしまう。いや本当に通勤なんだけども。

もっというと、決して豪華とは言えない船にたくさんのサラリーマンが詰め込まれると単純な「労働力」としてどこかへ運ばれているような気がしてくる。トロッコに乗って鉱山へ運ばれていくみたいなやつだ。さながら地下労働へと連行されるカイジのような心持ちである。

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筆者の乗った船の一本前の便。サラリーマンが労働へとかりだされていく(それが通勤)

歴史の積み重ねを感じる船通勤

筆者が勝手にカイジみたいな心持ちになっている中、いよいよ船が動き出した。

今回のルートは次々と景色が移り変わり、個人的には最後まで飽きることなく楽しむことができた。ルート設定や早すぎない船のスピード設定に、景色をちゃんと楽しんでもらいたいという意図すら感じられた。

ルートに沿ってみていこう。


まず船は乗り場がある朝潮運河から晴海運河の入り口を目指すが、そこまでに4つの橋を連続でくぐる。

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最初は乗り場に来るときに渡った黎明橋。多くの乗客がカメラを構えていた。

ルート全体では計13本(歩行者専用橋等は除く)の橋が架かっているが、橋をくぐるというのは船でしか出来ない経験であり、船通勤の醍醐味のひとつと言えるだろう。特に東京の橋はそれぞれ個性的で見ていて飽きない。

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黎明橋のすぐ隣にあるのはトリトンブリッジ。歩行者専用橋で中は動く歩道になっている
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左岸には時代に取り残されたような建物が。釈迦堂というお堂らしい。

右岸にはトリトンスクエアや首都大学東京の晴海キャンパスなど大規模施設が連なる一方で、対岸に朽ちたお堂が残る東京の重層都市っぷりがたまらない。

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晴月橋、朝潮橋、そして朝潮大橋をくぐると…
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現れるのは佃水門!
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貴重な水門のほぼ真下からのショット、置いておきますね

当サイトではダムライターの萩原さんがレア水門を愛でていたりするが、こういう普通の水門も愛でてあげたい。こんなにどっしりと構えて街を高波から守ってくれているのに、立地のせいか全然日の目を浴びていない。そう思うと急に愛おしい存在になる。堅物そうに見えて案外いいやつなのだ。

 

この佃水門を抜けると一気に様子が変わる。

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一気に川幅が広くなる。晴海運河へ出たのだ。写真は河口方面。
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進行方向の先にはスカイツリーが!

より大きな運河へ出ることで一気に見晴らしがよくなった。川の上からスカイツリーを眺められるだけでちょっと得した気分になる。たぶん電車で勝どきから日本橋まで移動してもスカイツリーを目にすることはない。船通勤ならではのラッキーポイントだ。

 

この視界の開けた河口付近で気になったものがある。

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ちょっと分かりづらいが川の上に柵のようなものがずらーっと並んでいる

調べてみるとこの柵の向こうは「豊洲貯木場跡」だと分かった。貯木場とは水の上に丸太を浮かべて保管する施設で、丸太は水を吸わせることでひび割れしにくくなったり、そのまま乾燥させるよりもむしろ乾きやすくなったりするらしい。その貯木場に船が侵入してこないように杭を立てて柵を作っているのだ。(跡なので今は貯木はされていない)

そんな貯木場だが、実は浮世絵にも登場している。

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歌川広重『江戸名所百景』より鉄砲洲稲荷橋湊神社(画像はWikipediaより)

左下の部分に杭のようなものがたくさん立っているのが分かるだろう。これが貯木場である。当時は柵などなく、杭のように立っているのは貯めてある木そのものだ。しかし立ちならぶ木は今現在貯木場跡の周りを囲む柵のようにも見え、当時の光景が再現されているかのような不思議な感覚を覚える。

そんなちょっとしたタイムトラベラー気分を味わえるのも船通勤の良さかもしれない。

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見どころの多い亀島川ルート

ついおじいちゃんみたいな話をしてしまったが、先を急ごう。これは通勤だ。我々には定時が待っている。

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隅田川にかかる橋としては珍しいトラス構造の相生橋をくぐり隅田川の上流方面に
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左岸には石川島の高層マンションが立ち並び威圧感を与えてくる

このまま隅田川を通って永代橋をくぐったところで日本橋方面へと舵を切るのかと思いきや、その手前で石川島に沿うように左へ旋回していく。

どうやら中央大橋をくぐったところでさらに右へ曲がり、亀島川という細い運河を経由して日本橋方面へ向かうようだ。

青ルートかと思っていたら赤ルートだった。

このルート采配に乗客を楽しませたいという心意気を感じる。おそらく青ルートの方が時間としては短縮できる気がするが、あまり変化のない単調なルートになってしまうと思う。

そこで少し遠回りにはなるものの、細い川を通って乗客の冒険感をくすぐってやろうと、そういうことではないだろうか。

もしかしたら青ルートを通れない実務的な理由があるのかもしれないが、ここは深く考えず「単純に楽しいルート取りをしている」と思うようにしたい。

 

さてさてこの赤ルート、見どころもたくさんあるのでダイジェスト的に紹介していこう。

隅田川の上流に背を向けた船がまず通るのは中央大橋だ。

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青空に白が映える立派な橋は将棋マンガ『三月のライオン』にも登場する
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この橋の中央部分に何やら船のようなものを持った像がいる

この像は「メッセンジャー像」と名前がついており、隅田川とパリのセーヌ川との友好を記念してパリ市から寄贈された銅像である。持っているのは帆船で、パリ市の紋章のモチーフとなっている。

何かの罰ゲームかと思うくらい雨風が当たりそうな場所に立っているので海賊船で板の先っぽに立たされている人質にも見えてしまうが、フランスの船の守護神を表現したありがたい像なのでしっかり拝んでおこう。

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中央大橋をくぐるとすぐ目に入るこの不思議な物体は 霊岸島水位観測所のモニュメント

水位観測所とは、日本水準原点の指標となる数字を計測する観測所のことだ。山の山頂には「標高○○m」という表示が必ずあるが、この高さの基準となっているのが東京湾海面の高さであり、それをかつてこの観測所で測っていた。

現在は埋め立て地などの影響でこの場所では正確な水位が測れなくなってしまったため現在はモニュメントとして保存されているだけだが、かつてはここで計測した数字を元に日本の山の標高が定められていたと思うとちょっと感動する。富士山の山頂ってここより3,776m上にあるんだよと教えてあげたくなる。

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この霊岸島水位観測所を右折して亀島川へと入っていく。入り口にはやっぱり水門
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水門の先にチラリと見える橋と水路がもう既に良い雰囲気だ

この亀島川は最初の朝潮運河よりも川幅が狭い。左右の岸にすぐ建物が迫っているため圧迫感があるが、逆に抜け道を通って都心部へと近づいている感じがして冒険感マシマシだ。あと好奇心は無料でいくらでも追加トッピング可能なので遠慮せずに多めにしておこう。

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亀島川沿いの非常階段が可愛いビル

この亀島川区間で注目したいのが「高橋」という橋だ。電車だと八丁堀駅からすぐの場所にある。名字としての知名度が高すぎて橋の名前として採用されている違和感がものすごい。

ちなみにこの橋の読み方は「たかはし」ではなく「たかばし」である。一般的に橋の名前は「川が濁らないように」というげん担ぎで「ばし」という濁った音を避けて「はし」とすることが多いが、ここでは「たかはし」を意識してか「たかばし」を正式な名前としている。高橋(たかばし)が全国の高橋(たかはし)さんに気を使っていて面白い。

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横からの見た目は正直パッとしない地味な橋だ

くすんだ赤色の橋だと思っていたのだが、船から橋の裏側を見て驚いた。

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本来はもっとピンク色の橋だったのだ!岩下の新生姜と見紛うほどに鮮やかなピンク色。

長年の汚れでくすんでしまったのだろう。気を使わせた代わりに全国の高橋さんが高橋を綺麗にするイベントが開催されることを期待したい。

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さらにちなみに高橋のとなりに架かるのは南高橋。元AKBの高橋みなみが海外デビューしたらここで凱旋ライブを行ってほしい。

 

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土木のパワーを感じるフィナーレ

そんな(どんなだ)亀島川を抜けると、いよいよ川の上を首都高が走る日本橋川へと進んでいく。

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亀島川の起点、日本橋川に入るところにはまたしてもいかつい水門
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水門を抜けると目の前に首都高が飛び込んでくる

どちらかというと「路地」のような雰囲気のあった亀島川からいきなり都会の大動脈、首都高直下を流れる日本橋川へと入っていく様側りっぷりは興奮する。

しっとりと歌い上げるバラード曲から演者総出演のフィナーレへと一気に加速していく劇団四季のような航路だ。

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いい湾曲!
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ここまで一緒に船旅を続けてきて心なしか連帯感が生まれた気がする。一言も話してないのにポーズ揃っちゃってるし。
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青空と首都高を川面から見上げる。船通勤の締めくくりに相応しいフィナーレだ。

正直なところ、「通勤の手段」として多くの人が利用するかと聞かれると、輸送力や所要時間からいって厳しい部分があるように思う。

しかしながらレジャーとしては緩急があってなかなか楽しい船旅だった。通勤時間帯の更なる混雑が予想されるオリンピック・パラリンピック期間においては、通勤客よりもむしろ観光客にこの船旅を利用してほしい。

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ラストは江戸橋ジャンクションのループを愛でて、
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日本橋の船着場に到着となる

船通勤、通勤ラッシュ解消の「渡りに船」とはならなくとも単純に楽しいので、乗りたい人はいつでも乗れるように整備してもらって「私は船」という選択肢を選べるようになると良い。

東京都職員の皆さん、被験者からは以上です。


金額設定が大事かも

今回は社会実験ということで無料で乗船することができた。問題は料金が発生した時にどのくらい乗る人がいるのか、そして料金をいくらに設定するのかだ。

個人的には300円下回るくらいで電車と比べてもそんなに高くなければまた乗ってみたいなと感じる。まぁ安すぎると賄えない分を税金から出すことになって苦情とか色々と大変なんだろうな。

何はともあれ社会実験の実験結果に注目だ。

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