動かないダムで唯一動く場所
ダムと言えば何と言っても放流や堤体の巨大さなどが魅力である。しかしもうひとつ、どっしりとして動かないダムの外観上、唯一の可動部である水門、いわゆる放流ゲートもさまざまな種類や構造や大きさや色があって、ダムを彩るアクセントになっている。
水門とは読んで字のごとく、水を出したり止めたりするための門扉のことで、これまで僕が書いた記事でも、ローラーゲートとかラジアルゲートといった名前を見たことがある人もいると思う。
板状の水門が上下するローラーゲート
扇型の水門が扇の中心を軸に回転して開閉するラジアルゲート
ローラーゲートとラジアルゲートは水門界の2大巨頭と言える勢力で、ダムや堰の水門と言えばほとんどどちらかが設置されていると考えて間違いない。
しかし、わずかながら「それ以外」の勢力もあって、今回はそういうレア水門を紹介したいと思う。たとえばこんな水門を見たことあるだろうか。
金属の円筒が横たわっている
その名もローリングゲート
水門というと金属の板を何となく想像するけれど、これは円筒形をしている。ローリングゲートという、プロレスの技みたいな名前の水門で、開けるときはその名の通り転がりながら引き上げられるのだ。
画期的だけど開発された時代としては古い部類で、現在はどんどん姿を消している絶滅危惧種だ。
ダムとしてはもうほんの僅かで、古い発電用の取水堰で稀に見られる
川の水が多くても開けずに上を乗り越えさせることも可能
見分けるポイントは何と言っても水門自体が円筒形をしていること、そして水門を支えている両脇の壁に、水門が転がる溝が斜めについていることだ。
もう残り少ないので、もし見かけたらできるだけ愛でていただきたい。
どんどん姿を消している、と書いたけれど、ではローリングゲートだった水門は現在どうなっているのか。
元ローリングゲートだったけど現在は四角い箱形の水門が斜めに引き上げられる
シェル構造ローラーゲートの登場
ローリングゲートは、水門の幅は広いけど高さを低くしたいような場所に設置されていた。横に細長いので普通の板状の水門だと強度が足りず、円筒形にして水圧に耐えているのだ、と思う。ただ機構的に古いので、構造が単純で大規模な改造をしなくても設置できるローラーゲートの一種で、水門部分を箱型にして強度を高めたシェル構造ローラーゲートに付け替えられているダムもある。もちろんローリングゲートからの付け替えではなく、初めからシェル構造ローラーゲートで建設されているものの方が多い。
もっと背の高い水門でもいいのではと思うけど貯水量がこれで十分なのだろう
大きな川の堰では比較的よく見る気がする
水門の下で雨宿りができそうなほど奥行きが広い
巨大なダムも良いけれど堰もいい。多くの人目につく街中で、こんな無骨な施設を川に造って水を分けたり流したりしている、というシステムにドキドキする。
起伏ゲートもかっこいい
巨大なダムも良いけれど堰もいい。多くの人目につく街中で、こんな無骨な施設を川に造って水を分けたり流したりしている、というシステムにドキドキする。
ところで、堰と言えばこんな水門も比較的よく見かける。
板が斜めに立っている
板状の水門が下から斜めに立っている形式の水門。油圧で動くものは起伏ゲートと言って、ふだんは水位を保ちつつ、川が増水したときは下流側に倒れて平らになるのでスムーズに水を流すことができる。
水が乗り越えててよく見えないけど
この起伏ゲートは油圧ではなく、下流側に強力なゴムが風船のように膨らんで板を支えている。ハイブリッド起伏堰と呼ばれていて、増水したときは風船の空気を抜いて下流側に倒れるのは油圧式と同じだ。
ゴム風船と言えば、起伏ゲートのないゴムだけの堰もある。ゴムだけの堰、って見たことない人はたぶん想像つかないと思うけど。
ゴム堰
川で巨大なゴムチューブを膨らませて水を堰き止めよう、と考えた人はすごい。理論や構造がどう、というよりも、こんな光景を作り出したところが。
何ヶ所かで見ているけど未だに違和感がすごい
これはゴム引布製起伏堰と言うのだけど、ゴム堰、ラバーダムなどとも呼ばれていて、農業用水の取水堰などに使われていることが多く、全国で2000ヶ所以上もあるらしい。農業用水ではないけれど、有名なところでは上高地の大正池も出口はゴム堰でせき止められているのだ。
大正池をせき止めているのはゴム堰
放流するときは中の空気を抜いてつぶれた風船の上を水が流れる
起伏ゲートがダムに設置されるとフラップゲートに
話を起伏ゲートに戻すと、ダムのてっぺんに設置されている起伏ゲートがあって、そういったものはフラップゲートと呼ばれている。ダムに設置されるだけでも水門界では勝ち組な気がするのに、さらに名前がかっこよくなるのはずるいと思う。起伏ゲートの格差を見た気がする。
いちばん左側のがフラップゲート
ダムのフラップゲートは貯水池の水位を一定に保つのが簡単で、あと災害などで万がいち水門を動かす電源が途絶えたときは下流側に倒れるので、水門が閉まりっぱなしになることがなく、ダムの上を水が越えるというような事故が起こりにくい、と言われている。
でもダムに設置された例はとても少ない
そもそもこんな複雑でかっこいい放流設備のダムが造られなくなった
ダムのゲートとしては珍しいし、かっこいいのでもっと採用されても良いのではと思うけど、試験的にいくつかのダムに設置されただけですぐに下火になってしまった。
計画段階ではフラップゲートがダムのてっぺんにズラリと並んでいたのに、いつの間にかオーソドックスなゲートに変更されていた、というダムもある。モーターショーに出ていたかっこいい車が市販されたらデザインが落ち着いてしまった、というのと同じ現象がダムでも起こるのだ。
かっこいい水門と言えば、ダムとしては現在のところ恐らく国内で1ヶ所にだけ採用された水門がある。
この水門の構造を言葉で説明するの難しい
回転式スライドゲート
回転する壁、としか説明のしようがないのだけど、両端に回転する円盤を取りつけた水門を、円盤と一緒に回転させることで下がったり上がったりして開け閉めする構造。堰の水門として「ライジングセクタゲート」という、これもプロレスの必殺技みたいな名前のものが最近次々と設置されているのだけど、これはその派生系らしい。
ライジングセクタゲートの方がかっこいいので派生系で地味な名前になってしまったのは少し残念だ。
引っ張りラジアルゲート
最後にもうひとつ、希少な水門を紹介して終わりにしたい。冒頭で出てきたラジアルゲートを、上流側下流側を逆にするという発想で生まれた引っ張りラジアルゲートである。
扇の支点が上流側を向いている
まだ片手で数えるくらいのダムにしか採用されていない
長い歴史を持つラジアルゲートだけど、水圧がかかったときに水門を支えるアームは押される、つまり圧縮する力がかかる。でも鋼の特性としては圧縮より引っ張りに強いため、上下流方向を逆向きにして、水圧がかかったときに引っ張る力がかかるように造られたもの。
でも、まあ、なんか、見た目はラジアルゲートの方が洗練されていてかっこいいので、引っ張りラジアルゲートもぜひ多くのダムで採用されて、堤体との一体感をもっと高めてほしいなと思う。
たぶんまだ種類ある
というわけであまりお目にかかることの少ない、レア水門を取り上げてみた。もしダムや堰を見かけたら、水門の形や構造にも注目してみてほしい。きっと、新しい門が開かれると思います。
ちなみに僕の水モノ好きのルーツはこういう用水路の小さい水門です