人新世の袋麺
日本の四季が「春夏秋冬」から「春殺す気か秋冬」に変わりつつあります。人新世だそうです。こんな気候にしたのは人間の活動によるものと科学者の方たちが何十年も研究して証明したそうです。これが人の手によるものであるならば、人の手によって袋麺も冷やし中華にしましょう。それが私達にできることではないでしょうか。他にもできることはたくさんありますが、とりあえず冷やし中華から始めてみてます。
家で仕事をしている者のお昼時の味方、袋のインスタント麺。年がら年中お世話になっているこの袋麺であるが、夏がいよいよ高温化してしまって、この暑さでは食べる気が起きない。
ためしに水で締めて砂糖とお酢を加えてみると冷やし中華化した。食べると勝機が見えた。パーティーの始まりだ。
これだけたくさん種類があるなかでどの袋麺が冷やし中華化にむいているのだろうか? 全昼袋麺の民たちよ、一緒に調子に乗ろうぞ。
たくさんの袋麺を買い集めてきたのだが、そもそも袋麺には冷やし中華もあるわけで…
ラ王、正麺、今日は買い漏れたが中華三昧あたりが袋の冷やし中華としてメジャーだろうか。
わざわざラーメンの袋麺を冷やし中華化しなくてもラ王冷やし中華を買えばいいのである。もちろん。
だけど手があまり伸びない。冷やし中華の味は醤油とごましかない。「これを何回も食うのか」と思うと複数入った袋麺に伸びた手が止まってしまう。これが今までの人類である。
だが一般的なラーメン袋麺を冷やし中華化できれば一気に味のバリエーションが増える。スーパーのラーメン売り場は冷やし中華売り場となる。それが気候に合わせた新しい人類である。
ラ王冷やし中華を食べてみる。くわっ!!
ここ最近、普通の袋麺を冷やし中華化して食べていたので専用の冷やし中華を食べてみるとその「ちゃんとしてる」度合いに声が出た。音にすると「ぐぬぬ」であるし続くセリフは「やりおるわい」である。
「袋麺を使って冷やし中華ができるか?」という点ではこれを超えることはないだろう。本物を目指して作られているのだから。
今から私達はちがう道で頂上を目指す。そして本物を超えるのだ。
それではインスタント麺の冷やし中華化を紹介しよう。一番スタンダードなものとして、生麺タイプの袋麺のしょうゆ味を選んだ。これを冷やし中華化するのは初めてである。
冷やし中華のレシピを見ると酢と砂糖が入っている。そこで袋麺のスープの素に酢と砂糖を小さじ1ずつ入れてみたところちゃんと冷やし中華になった。
今日は「スープの素に酢と砂糖を小さじ1ずつ入れたもの」を冷やし中華のタレとする。
麺を水で締めてタレをかけて完成であるが注意点としては
・タレは全部使うと味が濃すぎる
・表記時間どおりに茹でると硬い
くらいだろうか。袋に書いてある時間を茹でて水で締めると硬い気もするので少しゆですぎるくらいがよさそう。
食べてみると獣! 冷やし中華にはない動物性のうまみがまず来る。そうだ、ラーメンは鶏ガラとか豚骨とかがベースにある。どんぶり一杯分のスープに効かせまくるための動物うまみがぎゅ~っとたれに凝縮しているのだ。
それが悪いかといったら全然そんなことなく、ひょえ~新しぇ~!という味。動物系だしを効かせ来るという冷やし中華の新しい波である。私たちはボードをかついでこの波に乗るしかない。
ここからやったことのない領域に入っていく。昔からある袋麺はたいてい麺が揚げられている。揚げ麺の冷やし中華化である。
食べてみる。揚げ麺独特のスナックっぽさ。いやいや、悪くない。おいしい。このスナック的な気軽さは冷やし中華にはなかったものだ。もっとどっしりとして重いもの。
味噌味なのも悪くない。地方によってはこういう冷やし中華もあるのかなというちょっとした珍しさ。一方「味噌ラーメンが酸っぱいのはおかしい」という酸味への違和感も生まれる。味によって酢の量は調整が必要なのかも。
スナック的なことや味噌味は本物の冷し中華から遠のいていくのも事実。ちょっと違うんだな、が麺とスープで2つあると違和感が際立ってくる。
だけど夏に熱い熱いサッポロ一番を食うのかと思うと、こちら。温度は美味しさの一つ。
とんこつと言えばバリカタとか言うしな、と極力硬めにした…それでもバリカタは怖く2分くらい茹でてしまった。水で締めるとカタ、くらいの硬さ。噛むとごわし。ごわし。硬さはやがて噛むのに疲れてきた。
豚骨味の冷やし中華は味噌よりも合っているように思う。でもそれは豚骨系のラーメンに酢を入れたことがあるからかもしれない。結局はなじみの問題であるのか?
新しい味を探るときにぶち当たる問題、それが「結局なじみの味が一番美味しい」問題である。
先にタレをなめてみると唐辛子味としか言いようのない味で、これは……と思って食べてみるとやはり唐辛子味。うまみより何より辛味が支配した世界。水が配給制になっている世紀末である。お兄さんが持ってる野球のバットに釘ささってますね、みたいな状態。この殺伐とした世界は温かいスープで味わうよりも強烈なのではないか。
蒙古タンメン中本も冷しが辛いというし、冷やし中華化は辛みを増すのかもしれない。
おいしそう!という見た目に崖に向かって走り出し、一口食べて「やらなくていい!」と叫びながら断崖絶壁から身投げするような体験。
味は「理屈上は」おいしいはずなのだが、違和感が先にきてしまう。
もっとも違和感を感じるのが「カレーがすっぱい」という点ではないか。すっぱいカレーはなくはないが、それが冷やし中華になっているという二重に違和感がある。
すっぱさは腐敗の兆候でもあるし、私達はかなりすっぱさに敏感なのかもしれない。
袋麺の焼きそばも冷やし中華になる。これはやった者がいまだかつていないだろう。
一口食べるとユリイカ! やらない理由がわかる。あ~すっぱいすっぱい。ソースがそもそも酸っぱいのにお酢を加える意味がわからない。
加えて、水で締められたことで焼きそば特有の麺の油分がなくなっている。油を切った酸っぱい冷し焼きそばの完成なのである。
油がなくなるのも酸味が加わるのもそれ自体は悪いことではないのに、この流れではいいことがまるでない。料理というのは文脈であるのだなと分かる。
二郎系と思しき袋麺を冷し中華化。うまっ! 味のインパクトが強い。ここまで悪い流れが続いてきていたが、ここに来て復活である。
動物系のだし感が強いというわけではなくベースにある感じで、ガツン部分はにんにくとしょうゆである。にんにくしょうゆ味の冷やし中華は店でも出してほしい。こうした開拓のよさが冷やし中華化でもある。
麺がワシワシ、たしかに。ワシワシとして冷やし中華にも合う。ただし顎が疲れそう。
一方「これ本来のスープにした方がよさが味わえるんだろうな」という印象もある。余ったタレは捨てることになるし冷し中華化は夏のぜいたく。
袋麺というからにはチキンラーメンは外せないよなと思う一方、チキンラーメンは麺に味がついているので湯がいて水で締めることができない。
なので数十秒ゆがいて放置してふやかして水でさっと温度を低くして砂糖と酢をかけるということにした。
酸っぺえ。チキンラーメン味は残すことに成功した。ただしその分「チキンラーメン+お酢+砂糖」感は否めなくなった。
これはやはり冷やし中華の本来からだいぶ遠いものなのだと思う。ラーメンというくくりは同じだが、味のついた麺はかなり印象が違う。
人間の欲してる成分的にはうまいに違いないのだが……私達が冷やし中華にもとめているのは「おなじみの」味なのだということもわかる。
みなさま、いよいよ今日のその時が来ました。やってよかった、ラ王の担々麺味の冷やし中華化。どろっとした赤いタレがまず美味そうだが食べてみると鮮烈なラー油の香り。これはいい…!! もしかしたら冷やし中華が今一歩踏み出すべきなのは「良いラー油」なのかもしれない。
真夏に担々麺を食べるのは気合がいるが、これなら手軽においしい。冷やし中華のごまと醤油に割って入れる味。
考えてみれば担々麺に「ごま」要素が入っているのが大きいのかもしれない。これも新しいラー油ごまだれ冷やし中華とも言えるだろう。やはり私達が冷やし中華に求めるのは「本来の味」であるのか。
日清のラーメン屋さんシリーズは揚げたタイプの袋麺で価格も安いもの。それの塩を試した。サッポロ一番みそラーメンと似た結果になると思ったが……なぜかこれがバチッとはまった。
塩味がなぜか冷やし中華として全く違和感がない。ああ、レモンを絞りたい。パクチーもいいしラー油もいい。ここをベースに香りを足していけば躍進するはず。そのままでもおいしいが将来性を見てしまう。冷やし中華界の21世紀枠。
試食を終えて、私たちは「冷やし中華」という確たるイメージの味を追い求めているのだと気づいた。そこからずれた違和感が大きすぎると拒絶をするし、そこからぎりぎり一歩はみ出すくらいが新規領域の美味しさがある。
いや、そもそもラーメンを水で締めただけでも栄養素的な条件からはおいしいはずで、そこに酢や砂糖を入れるのも本来の「冷やし中華」という概念に近づけるためのものだ。結局私達の舌は歴史の文脈を感じ取れるようになっている。
そしてこの後は残飯処理のメシが続いた…!!
日本の四季が「春夏秋冬」から「春殺す気か秋冬」に変わりつつあります。人新世だそうです。こんな気候にしたのは人間の活動によるものと科学者の方たちが何十年も研究して証明したそうです。これが人の手によるものであるならば、人の手によって袋麺も冷やし中華にしましょう。それが私達にできることではないでしょうか。他にもできることはたくさんありますが、とりあえず冷やし中華から始めてみてます。
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