外でも家でも服であそぶ
お姑さん(以下:なつえさん)の家は、わが家から徒歩10秒ほどだ。近い。
家を訪ねる前に、それぞれのベランダを見比べた。ピーカンの青空に、ヒマラヤ山脈のタルチョよろしく、赤や黄色といった元気カラーの洋服がはためいている。なつえさんの家だ。
対して、胃に優しそうな食材の色をした洋服が静かに垂れ下がっているのが我が家だ。太陽を浴びて旨味がギュッと凝縮されているような気がする。
わたしのお姑さんのなつえさんだ。日々オシャレを楽しんでいる。年齢の割に、という言い方をあまりしたくはないのだが、日本の最西端の地方で暮らす同年代の女性と比べると頭二つ分ほどファッションが抜きんでている。適当な格好できたことを少し後悔したが、妊娠中ということで大目に見てもらえたようだ。たぶん。
今日はお出掛け着ではなく“おうちで服遊び”してみたという。イメージはミレーの『落穂拾い』だ。
「よし、さっそく写真撮りましょう!」
さっそくわたしはカメラを構えた。
ちなみに先日は、中世ナースウェアをイメージしたワンピーススタイルだった。
記録を終えたので、クローゼットを見せていただこうと自室へお邪魔した。
ときめいたから、麻薬王
衣装は基本ハンギングで陳列するのがなつえさんのモットーだ。もちろんこのスペースだけでは足りないので、隣の4.5畳の部屋はすべて洋服部屋となっている。しかしそれでも足りないという。
さて、ここでなつえさんを何系のファッショニスタかと断言するのは難しい。特にウトニスタのわたしの数少ない語彙力では正確に表現しきれないので、ここでは避けておく。ただ、これまで見てきた中で特におもしろいと感じたアイテムを厳選したい。まずは、なつえさんが中国の通販アプリ「Wish」で購入したこちらのTシャツだ。
そういえば、シーズン5までの全話を数日で観終わってしまうほどハマっていたと聞いていた。わたしも主人公・ウォルターがすこぶる豹変していくさまをドキドキしながら続きを追っていたのでとても分かる。ダークヒーローものがお好きなようだ。それにしても麻薬王とは、かなりスパイシーすぎないか。ちなみに今は同サブスクで配信中の『タイガーキング』のジョー・エキゾチックに興味津々だ。
そういえば、なつえさんは以前、スーパーマンのオールインワンもWishで購入していた。たしか自身のサイズ(Sサイズ)を注文したところ、パッと見180㎝ほどの大物が届いたという話を聞き、さすが中華だご愛嬌だぜと思っていたのだが。
「一度リメイクしてサイズあわせをしたけど、着心地が悪かったので捨てたわ」だそうだ。
着心地がわからないのは、通販の大きな壁だ。しかも海外サイトだと判断が難しいこともある。詳しく聞いてみると「汗も水も吸わなくて肌触りが悪かったから」とのことで、たしかにそれは全裸の方がマシかもしれない。
実用性・耐久性<ときめき
なつえさんがときめくもののみが、その存在を許される。そこには第三者の目やお財布事情などは一切存在しないのだ。
なかでもバッグは、彼女の遊び心がビカビカに光っている。こんなことを言うと怒られるかもしれないが、むかし文具屋でワクワクしながらくじを引いた、超精巧なおもちゃの消しゴムのことを思い出す(文字がとても消しにくい)。だからわたしは大ファンなのだ。
作り方や素材については割愛させていただく。
なぜなら、聞いてもわからないからだ。目で見て感じてくれれば万々歳である。お判りの通り、大半は容量や耐久性など度外視である。“ときめくものに勝るものはない”のだ。ときめくものを手に入れるには、自分で作った方が最もな近道。手間暇など惜しんではいられない。ただし外観に妥協はしない。
それにしても、すべての工作系ライターさんにも思うことだが、「自分でつくる」というエネルギーがすごい。わたしには到底真似できそうもないし、不器用さを上回る情熱もない。
このなつえさんという人物は、それをかれこれ50年以上も続けているひとなのだ。
物心ついた時分から、女性の誰もが洋裁店を駆け回りマイミシンを駆使してあらゆるものを手作りしていた時代。
当時のミシンの振動で、日本の地盤が変化したとかしてないとか。って言いたくなるほどミシンの本気の振動ってすさまじいと思う。わたしは糸を通す段階で心が折れるし、起動して針が動き出すと逃げ出したくなるほど怖い。
それにしても、この独特なセンスと創作意欲はいったいどこからきたのか。何にインスパイアされたのだろうか。僭越ながら、なつえさんの少女時代について聞いてみた。
『anan』創刊に衝撃だった1970年。佐世保米軍基地のアメリカ文化は超身近なお手本に
少女なつえさんは、『女学生の友』(小学館)を愛読。その後創刊された『anan(現在はan・an)』(平凡出版/現:マガジンハウス)に猛烈にのめり込み、ファッション知識を寝食を忘れて取り込んでいったらしい。
ファッション、アート、文学、すべてがセンセーショナルかつアングラで感性がグサグサ刺激された。その後じょじょに雑誌の方向性は変わっていったが、なつえさんはセンセーショナルな感覚を抱いたまま、日本の第一線ではなく第二線の文化をガツガツと取り込んでいった。ビートルズではなくモンキーズ、アンビエントではなくラテンにラップといった具合にだ。
また、佐世保は米軍基地が置かれている街ということもあり、アメリカ文化が間近にあった。食や遊びに加えファッションも例外ではなく、目の前でまぶしく輝くアメリカ少年少女たちのアイビールックやTシャツファッションなどをお手本にした。
1966年に創刊された10代少女向けファッション月刊誌『mc Sister(エムシーシスター) 婦人画報社(現:ハースト婦人画報社)』は、もっぱら実用書となった。
「服がない人生は、ほぼ死よ。わたしが服を選ぶのを面倒臭がったり同じ服を連続で着るようなことがあったら、認知が入ったか死に向かっているかということだからよろしく」と語るなつえさん。そんなのよろしくない。
“服を脱ぎ捨てれば、素の自分が現れる”というイメージを抱いていたが、彼女にとっては服そのものがアイデンティティなのだ。そのため、対人関係では自分との相性の良し悪しの判断としてかなり大きな割合を占める。
身内は分身のようなものなので
そんなわけで、わたし(嫁)のファッションについてはどう思っているのだろうか。
「悲観するほど悪くはないけど、もっと明るい色の服を着ましょ。あと、頼ってくれるのは嬉しいけど、およばれ着の相談を当日一週間前に言うのはやめなさいね」
ーえっ、一週間前って遅いんですか。
「遅い!招待状が来た時に言うの。身内はわたしの分身みたいなものだから。フォーマルな場所では当然ビシッと、センス良くしてもらわないと」
ーはひー、わたしが身内で分身。思いもよらぬ嬉しいお言葉。ちょっとジーンときちゃいました。息子さんとお付き合いして間もない頃、なつえさんと三人でGUに閉店ギリギリまで居座って全身コーデしてもらったのが良い思い出です(当時は緊張で死にそうでした)。今後とも宜しくお願い致します。
好きなものをしたためたスケッチブック
なつえさんが高校生の時、手帳代わりに使っていたスケッチブックからしばらく目が離せなかった。街の風景や歩く人々、ファッション、食べたもの、印象に残った一コマがイラストや文章で記録されている。そのどれもが当時の空気感をまとっているのに、ちっとも古いと感じない。まるで真空パックされたかのようだ。そしてどれもが少女の目線を通されておりかわいらしいのだ。
うらやましかった。高校生のわたしのスケッチブックには、自分のサークル名とPN(ペンネーム)のサイン、そして妄想をもりもりに詰め込んだ二次創作キャラクターたちがあふれていた。誰にも見せられるはずが、ないじゃないか。
365日違うコーディネートで過ごせる自信があるというなつえさん。女性誌の一週間着回しコーナーもびっくりだ。
そんな彼女の1度きりコーデを、わたしはこれからも記録していく。わたし自身に反映される日もきっといつかくるだろうとにわかに期待しつつ、世の嫁さん姑さんにこんな楽しいコミュニケーションもあるんだぜと伝えたい。
なつえさんの手づくりアカウント「十七番倉庫」、コーデを記録したアカウント「ファッションに疎い嫁がファッショニスタのお姑さんを撮る」。ぜひ見てみてください~