特集 2022年9月30日

スイス・バーゼルのど真ん中を流れるライン川は「流れるプール」だった

スイス・バーゼルの街の中心を流れるライン川。一昔前までは化学物質によって汚染された川として有名だったが、今では水質が抜群に良いそう。

そんなバーゼルで、地元民に愛されている夏の過ごし方が「ライン川泳ぎ」だ。ある地点で川に入り、2キロほどプカプカと川に流れて遊ぶというものである。

巨大な流れるプールのようなライン川に身をまかせて、いつもとは違う角度からバーゼルを観光してきた。

編集部より:
今回ほりべさんがレポートしてくれるすてきなライン川遊びは、ルールにのっとって行っています(文中でも解説しております!)。ご存じの通り一般的には川はとても危険です。川では地元自治体の指針に従いライフジャケットを着用するなど十分安全に留意して遊びましょう~~!

1986年東京生まれ。ベルリン在住のイラストレーター兼日英翻訳者。サウジアラビアに住んでいたことがある。好きなものは米と言語。

前の記事:ベルリンで納豆を一万回混ぜる

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バーゼルの夏の風物詩「ライン川泳ぎ」

スイスにあるバーゼルという街をご存知だろうか。

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スイスの北西にあるバーゼルは、フランス、ドイツ、スイスの3か国の国境都市として知られる、人口17万人ほどのこぢんまりとした街だ。

3国国境はライン川のど真ん中。モニュメントはバーゼルの港付近に立っている。

街の中心にはライン川が流れ、中世の街並みが美しいバーゼルだが、それ以外にも世界最大級の現代アートフェア「アートバーゼル」の開催地や、有名な製薬企業が拠点を置く化学業界のメッカとしても知られている。

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ロマンチックなバーゼルの街並み。小さい都市なのに文化とか産業がすごい。

そんなバーゼルに、ここ数年何度か訪れる機会があったのだが、ある意外な文化のとりこになってしまった。

それが、ライン川泳ぎだ。

ライン川泳ぎというのは、ある地点で川に入り、2キロほど流れた先の地点で川を出るという、バーゼル市民に愛される川遊びである。

先月、バーゼルに行くチャンスがあったので、ライン川で泳いで(というか流れて)きた。

流れてきました!

ライン川は水質が良い

川で泳ぐと言っても、街を流れる川は汚いことが多い。

私が住むベルリン市内を流れるシュプレー川や運河も、大雨が降ると下水道から汚水が川に逆流したりするため、地元民は口を合わせて「泳ぐべからず」と言っている。

ベルリン中心部の運河。たまに酔っ払いが泳いでたりするが、おすすめはできない。

その点バーゼル市内を流れるライン川は水質が抜群にいいのだが、一昔前まではヨーロッパの中でも汚い川として有名だったそうだ。

バーゼルの中心を流れるライン川。この辺りは岸から岸まで200メートルほどある。

合計1,230キロの長さのライン川は、スイスのアルプスからオランダまで、6か国を通過して北海へ出る。

水量も多いため、ヨーロッパ内陸部へ物資を運ぶ大動脈として重要な役割を果たしているが、特に1960〜70年代は、製薬工場などからの汚水の放出などによってひどく汚染されていたそうだ。

しかも1986年には化学薬品工場の火災事故によって流出した有毒な物質によって川が赤く染まり、多くの魚や生き物が死んでしまう大汚染事故があった。

しかし、その直後に始まったライン川浄化プログラムのおかげで、1997年までには再び安全に泳げるほどの水質に戻ったそうだ。

秋に撮ったライン川。街中の川とは思えないほどの透明度。

ライン川で泳ぐという文化

バーゼルでは19世紀頃から河岸の野外プールなどはあったそうだが、ライン川自体で泳ぐことが一般的になったは1980年代だ。

水質が格段に良くなった今では川泳ぎは人気のスポーツとなり、毎年8月には公式川泳ぎイベント「バズラー・ラインシュヴィメン」も開催されている。第42回目を迎えた今年のイベントでは約4500人がライン川で泳いだそうだ。

「バズラー・ラインシュヴィメン」の日は川が人でいっぱいになるらしい。

2012年には最高参加者数の6000人を達成したそう。この数字を見るだけでも、ライン川泳ぎはバーゼル市民にとってメジャーな娯楽として定着していることが分かる。 

泳ぐ以外にも、ライン川は夏のバーゼル市民の憩いの場となっていて、天気の良い日は河岸で日光浴をする人たちで賑わっている。

その日の水温を教えてくれる看板。さすがスイス人、律儀だ。

また川沿いには「ブヴェット」と呼ばれるビールや軽食を出す屋台が並び、泳がなくても優雅にライン川ライフを楽しむことができる。

なんだここは、パラダイスか。

そんなバーゼル市民が愛するライン川で、私も泳いでみたい。

ライン川下りのルール

今回私と夫がバーゼルを訪れたのは8月半ばの日曜日。

バーゼル駅で荷物をロッカーに入れ、バーゼルに住む友人と落ち合い、ライン川に向かった。

雨が数日続いたため川は濁っていたが、その日は運よく絶好の水泳日和で泳いでいる人がちらほらいた。

さっそく泳いでる人を発見!

河岸を歩いていると、こんな看板が所々に立っていた。

ライン川で泳いでいいエリアやルールが書いてある。

そう、ライン川泳ぎには規則が色々あるのだ。ざっくりと説明すると、2つの大きなルールがある。

プールや湖などと違って、川の流れは一方方向だ。水流もそこそこ強いため流れに逆らうことはできないので、スタートした場所に泳いで戻ることはできない。

なのでライン川での水泳は、スタート地点とゴール地点が大体決まっている。

泳いでいいのは、右下の青い矢印から左上の青い矢印の間の緑の部分だ。赤いエリアは船などが通る危険エリア。

ルートは全長2キロほど。途中で陸に上がる分には問題ないが、最終的なゴール地点で川を出ないと岸付近が深くなっている場所や、貨物船エリアに突入してしまうので危ないそうだ。ちゃんとタイミングよく出られるかが、ちょっと心配である。

ライン川には監視員はいないので、泳ぎに自信がある人のみが自己責任で泳げることになっている。

年齢制限は無いものの、浮き輪をつけないと泳げない人は禁止(子供も大人も)、絶対1人で泳がないことなど、色々なルールがある。(英語で書かれたルール表はこちら

私がバーゼルに行った日も、体力がある泳ぎが得意な大人のみが泳いでいる様子で、子供の姿は見られなかった。

観光客でも安全に泳ぐことはできるが、油断は禁物である。事前にルールとゴール地点などをしっかり把握しておくことが重要だ。

7月と8月は毎週火曜日にライフガードが付き添ってくれるイベントも行われている。

よし、ルールもしっかり読んだことだし、スタート地点まで行ってみよう!

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川下り専用バッグ「ヴィッケルフィッシュ」

バーゼル中央駅から2.5キロほど歩き、スタート地点に着いた。

目印のティンゲリー美術館付近。ここから階段を降りていくと、
橋のたもとに着く。ここがスタート地点だ。

ここで気になるのが、着ている服や身の回り品だ。一度川を下ったら泳いで元の場所に戻ることはできないし、ロッカーなども見当たらない。みんなどうしているのか。

そこで地元民が使っているのが、バーゼル生まれの防水スイミングバッグ「ヴィッケルフィッシュ」だ。

バーゼル民の夏の必需品、ヴィッケルフィッシュ。

この防水バッグに持ち物を入れて一緒に川を下ることで、ゴールまで持ち物を濡らさずに運ぶことができるのだ。

今や人気アイテムになっているようで、街で歩いていても所々でヴィケルフィッシュを見かける。

この人も
この人たちも
みんなマイ・ヴィッケルフィッシュを持ってる!​​​​

最大サイズのバッグは32スイスフラン(約4800円)とちょっとお高いが、これからもベルリンでたくさん使おうと思う。

友人のブルーノのヴィッケルフィッシュは、かわいいスイスの国旗柄。色が鮮やかなのは、船からも見つけやすくするためだそう。
使い方は簡単。水着に着替えたら、着ている服や靴、タオル、財布などをヴィケルフィッシュに詰めて、
尻尾の方から7回ぐるぐると巻く。(ヴィッケルは「巻く」と言う意味)
巻いていくと空気でパンパンになるが、空気はたくさん入ったほうが良い。
最後にベルトをカチッと閉めれば出来上がり。(それでも携帯などは心配なのでさらにジップロックバッグなどに入れた方が無難)

空気が入ったヴィケルフィッシュは浮きの役割も果たすので、これにつかまってプカプカとライン川を下っていくこともできる。

他の人たちもマイ・ヴィッケルフィッシュを持って次々と川に入っていく。

これで準備は整った。いざ、ライン川へ!

流れるプールのようなライン川

さあ、いよいよ待ちに待ったライン川泳ぎ。

周りの人はヴィッケルフィッシュをボーン!と川に投げ、追いかけるようにザバーン!と威勢よく川に入っていく。

私たちは不慣れなのでゆっくり入る。
友人のブルーノもバーゼル在住歴がまだ短い。みんな慎重に入る。

入ってすぐ、川の流れが強くてびっくりする。普通に立っていることはできるものの、気を抜くと足を取られそうな勢いである。

そんな中、同じ初心者なはずの夫がヴィッケルフィッシュと共に水に飛び込んだ。

まるでラッコのように上手にプカプカと浮いている。初めてなのに地元民みたいだ。悔しい。

しかも結構なスピードで流れていくじゃないか。夫がどんどん遠くに消えていく。

こうしちゃいられない。夫を追って私たちも水に入った。

待ってくれー。

入った途端、坂道を自転車で走るように、何もしなくても川の流れに体が押されいく。この感覚は昔としまえんにあった流れるプール以来かもしれない。ただ、ここは練馬じゃなくてスイスだけど。

少し泳ぐのをやめて、流れに身をまかせてみる。ただ浮いているだけで、家や人や建物が静かに通り過ぎていく。バーゼルのど真ん中でベルトコンベアーに乗ってるような、不思議な気持ちだ。 

あとで調べたら時速4.5キロだった。歩くテンポと同じくらいだ。

地元民と思われる人達がおしゃべりしながら流れていく。ここに住んだら毎日来たくなりそうだ。
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後ろに見える塔はバーゼル大聖堂。こんな市内のど真ん中で泳ぐのは生まれて初めてだ。

障害物を避けながら流れる

基本的に川の流れに乗ってゴール地点まで行けばいいのだが、たまに障害物が出てくるのでうまく避けながら進まなくてはいけない。

例えば、両岸を行き来する渡し船だ。

ケーブルに繋がれた小さな木の船が、渡し船。川の流れとケーブルのみを使って進むらしい。

渡し船もゆっくり進むのでそれほど危なくないが、ボーッとしてるとぶつかりそうだ。

かわいい渡し船。街の4か所にあるので、度々現れては焦る。

そして、河岸に停められたボートなども避ける。 

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街の中心に近づくにつれ、障害物が増えていく気がする。
「命の危険!左によって十分な距離を保て」と書かれた看板。

止まることが一切できないため、先方に障害物を見つけたら早めに移動しなくてはいけない。障害物を避けながら車を操作する、昔あったアーケードゲームみたいな感じだ。

音楽フェスティバル用の水上ステージも避ける。ウカッとしてると色んなものにぶつかりそうだ。

そしてルート中に2回出てきた橋。

特に橋脚付近は渦が発生するので危ないそうだ。

色々なものを避けながら泳ぐので忙しいが、それもまた楽しみなのである。

いよいよゴール地点

バーゼル最古のミットレレ橋を過ぎたら、ゴールエリアに突入だ。

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岸付近が浅くなってて出やすいエリア。でも石がゴツゴツしているので、うまく止まるのが結構難しい。アクアシューズなどがあると足が痛くなくて便利らしい。
次の橋を過ぎてしまうと工業地帯に入ってしまうので、ここで出るのがいいそう。

周りの人はさらに遠くへ進んでいったが、心配なので早めに出る。

最終的に泳いだ距離は2キロ弱。合計30分近く川を下ったことになる。

プカプか浮いていた時間がほとんどなので、消費カロリーは正しくない。

巨大な流れるプールから出てきたような感じで、頭と体がゆらゆらしているが、それもなんとも言えなく快感だ。ああ、なんて最高な遊びなんだろう。 

川沿いには無料のシャワーもある。

シャワーでさっぱりしたら、ヴィッケルフィッシュから服を出して、着替えて終わりだ。

水泳後はブヴェットでちょいと一杯ひっかける。最高である。

こうして中世の街並みも見ず、美術館にも行かずにしてバーゼルでの短い滞在が終わってしまったが、悔いはない。

こんな観光もたまには良いのである。

ライン川泳ぎはハマる

もともと川のある街並みは好きだったが、まさか街のど真ん中に流れる川で泳げるとは夢にも思っていなかった。

普段は船からしか見れないような角度から、体を張ってバーゼルを観光できたような、とても満足感の高い体験だった。

しかも反対岸にはサウナもあり、冬は熱々のサウナに入った後にライン川で涼むという粋なこともできる。(ただし2023年5月までは拡張工事で休業するそう。残念!)

スイスの首都ベルンでも、同じく街のど真ん中を流れるアーレ川で泳ぐ文化があるそうなので、そちらもいつかチャレンジしてみたい。

携帯用防水バッグが信用ならなかったので、片手を上げながら泳いだのがちょっと辛かった。
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