バーゼルの夏の風物詩「ライン川泳ぎ」
スイスにあるバーゼルという街をご存知だろうか。
スイスの北西にあるバーゼルは、フランス、ドイツ、スイスの3か国の国境都市として知られる、人口17万人ほどのこぢんまりとした街だ。
街の中心にはライン川が流れ、中世の街並みが美しいバーゼルだが、それ以外にも世界最大級の現代アートフェア「アートバーゼル」の開催地や、有名な製薬企業が拠点を置く化学業界のメッカとしても知られている。
そんなバーゼルに、ここ数年何度か訪れる機会があったのだが、ある意外な文化のとりこになってしまった。
それが、ライン川泳ぎだ。
ライン川泳ぎというのは、ある地点で川に入り、2キロほど流れた先の地点で川を出るという、バーゼル市民に愛される川遊びである。
先月、バーゼルに行くチャンスがあったので、ライン川で泳いで(というか流れて)きた。
ライン川は水質が良い
川で泳ぐと言っても、街を流れる川は汚いことが多い。
私が住むベルリン市内を流れるシュプレー川や運河も、大雨が降ると下水道から汚水が川に逆流したりするため、地元民は口を合わせて「泳ぐべからず」と言っている。
その点バーゼル市内を流れるライン川は水質が抜群にいいのだが、一昔前まではヨーロッパの中でも汚い川として有名だったそうだ。
合計1,230キロの長さのライン川は、スイスのアルプスからオランダまで、6か国を通過して北海へ出る。
水量も多いため、ヨーロッパ内陸部へ物資を運ぶ大動脈として重要な役割を果たしているが、特に1960〜70年代は、製薬工場などからの汚水の放出などによってひどく汚染されていたそうだ。
しかも1986年には化学薬品工場の火災事故によって流出した有毒な物質によって川が赤く染まり、多くの魚や生き物が死んでしまう大汚染事故があった。
しかし、その直後に始まったライン川浄化プログラムのおかげで、1997年までには再び安全に泳げるほどの水質に戻ったそうだ。
ライン川で泳ぐという文化
バーゼルでは19世紀頃から河岸の野外プールなどはあったそうだが、ライン川自体で泳ぐことが一般的になったは1980年代だ。
水質が格段に良くなった今では川泳ぎは人気のスポーツとなり、毎年8月には公式川泳ぎイベント「バズラー・ラインシュヴィメン」も開催されている。第42回目を迎えた今年のイベントでは約4500人がライン川で泳いだそうだ。
2012年には最高参加者数の6000人を達成したそう。この数字を見るだけでも、ライン川泳ぎはバーゼル市民にとってメジャーな娯楽として定着していることが分かる。
泳ぐ以外にも、ライン川は夏のバーゼル市民の憩いの場となっていて、天気の良い日は河岸で日光浴をする人たちで賑わっている。
また川沿いには「ブヴェット」と呼ばれるビールや軽食を出す屋台が並び、泳がなくても優雅にライン川ライフを楽しむことができる。
そんなバーゼル市民が愛するライン川で、私も泳いでみたい。
ライン川下りのルール
今回私と夫がバーゼルを訪れたのは8月半ばの日曜日。
バーゼル駅で荷物をロッカーに入れ、バーゼルに住む友人と落ち合い、ライン川に向かった。
雨が数日続いたため川は濁っていたが、その日は運よく絶好の水泳日和で泳いでいる人がちらほらいた。
河岸を歩いていると、こんな看板が所々に立っていた。
そう、ライン川泳ぎには規則が色々あるのだ。ざっくりと説明すると、2つの大きなルールがある。
プールや湖などと違って、川の流れは一方方向だ。水流もそこそこ強いため流れに逆らうことはできないので、スタートした場所に泳いで戻ることはできない。
なのでライン川での水泳は、スタート地点とゴール地点が大体決まっている。
ルートは全長2キロほど。途中で陸に上がる分には問題ないが、最終的なゴール地点で川を出ないと岸付近が深くなっている場所や、貨物船エリアに突入してしまうので危ないそうだ。ちゃんとタイミングよく出られるかが、ちょっと心配である。
ライン川には監視員はいないので、泳ぎに自信がある人のみが自己責任で泳げることになっている。
年齢制限は無いものの、浮き輪をつけないと泳げない人は禁止(子供も大人も)、絶対1人で泳がないことなど、色々なルールがある。(英語で書かれたルール表はこちら)
私がバーゼルに行った日も、体力がある泳ぎが得意な大人のみが泳いでいる様子で、子供の姿は見られなかった。
観光客でも安全に泳ぐことはできるが、油断は禁物である。事前にルールとゴール地点などをしっかり把握しておくことが重要だ。
よし、ルールもしっかり読んだことだし、スタート地点まで行ってみよう!
川下り専用バッグ「ヴィッケルフィッシュ」
バーゼル中央駅から2.5キロほど歩き、スタート地点に着いた。
ここで気になるのが、着ている服や身の回り品だ。一度川を下ったら泳いで元の場所に戻ることはできないし、ロッカーなども見当たらない。みんなどうしているのか。
そこで地元民が使っているのが、バーゼル生まれの防水スイミングバッグ「ヴィッケルフィッシュ」だ。
この防水バッグに持ち物を入れて一緒に川を下ることで、ゴールまで持ち物を濡らさずに運ぶことができるのだ。
今や人気アイテムになっているようで、街で歩いていても所々でヴィケルフィッシュを見かける。
最大サイズのバッグは32スイスフラン(約4800円)とちょっとお高いが、これからもベルリンでたくさん使おうと思う。
空気が入ったヴィケルフィッシュは浮きの役割も果たすので、これにつかまってプカプカとライン川を下っていくこともできる。
これで準備は整った。いざ、ライン川へ!
流れるプールのようなライン川
さあ、いよいよ待ちに待ったライン川泳ぎ。
周りの人はヴィッケルフィッシュをボーン!と川に投げ、追いかけるようにザバーン!と威勢よく川に入っていく。
入ってすぐ、川の流れが強くてびっくりする。普通に立っていることはできるものの、気を抜くと足を取られそうな勢いである。
そんな中、同じ初心者なはずの夫がヴィッケルフィッシュと共に水に飛び込んだ。
まるでラッコのように上手にプカプカと浮いている。初めてなのに地元民みたいだ。悔しい。
しかも結構なスピードで流れていくじゃないか。夫がどんどん遠くに消えていく。
こうしちゃいられない。夫を追って私たちも水に入った。
入った途端、坂道を自転車で走るように、何もしなくても川の流れに体が押されいく。この感覚は昔としまえんにあった流れるプール以来かもしれない。ただ、ここは練馬じゃなくてスイスだけど。
少し泳ぐのをやめて、流れに身をまかせてみる。ただ浮いているだけで、家や人や建物が静かに通り過ぎていく。バーゼルのど真ん中でベルトコンベアーに乗ってるような、不思議な気持ちだ。
あとで調べたら時速4.5キロだった。歩くテンポと同じくらいだ。
障害物を避けながら流れる
基本的に川の流れに乗ってゴール地点まで行けばいいのだが、たまに障害物が出てくるのでうまく避けながら進まなくてはいけない。
例えば、両岸を行き来する渡し船だ。
渡し船もゆっくり進むのでそれほど危なくないが、ボーッとしてるとぶつかりそうだ。
そして、河岸に停められたボートなども避ける。
止まることが一切できないため、先方に障害物を見つけたら早めに移動しなくてはいけない。障害物を避けながら車を操作する、昔あったアーケードゲームみたいな感じだ。
そしてルート中に2回出てきた橋。
色々なものを避けながら泳ぐので忙しいが、それもまた楽しみなのである。
いよいよゴール地点
バーゼル最古のミットレレ橋を過ぎたら、ゴールエリアに突入だ。
周りの人はさらに遠くへ進んでいったが、心配なので早めに出る。
最終的に泳いだ距離は2キロ弱。合計30分近く川を下ったことになる。
巨大な流れるプールから出てきたような感じで、頭と体がゆらゆらしているが、それもなんとも言えなく快感だ。ああ、なんて最高な遊びなんだろう。
シャワーでさっぱりしたら、ヴィッケルフィッシュから服を出して、着替えて終わりだ。
こうして中世の街並みも見ず、美術館にも行かずにしてバーゼルでの短い滞在が終わってしまったが、悔いはない。
こんな観光もたまには良いのである。
ライン川泳ぎはハマる
もともと川のある街並みは好きだったが、まさか街のど真ん中に流れる川で泳げるとは夢にも思っていなかった。
普段は船からしか見れないような角度から、体を張ってバーゼルを観光できたような、とても満足感の高い体験だった。
しかも反対岸にはサウナもあり、冬は熱々のサウナに入った後にライン川で涼むという粋なこともできる。(ただし2023年5月までは拡張工事で休業するそう。残念!)
スイスの首都ベルンでも、同じく街のど真ん中を流れるアーレ川で泳ぐ文化があるそうなので、そちらもいつかチャレンジしてみたい。