特集 2020年3月10日

退席のススメ

退席王は言う。退席は一つの権利であると。退席王におれもなる

  

退席することは失礼である。多少居心地が悪くても退席はしたくない。

だが観劇において退席することは観客の一つの権利であり、作品を豊かにすることなのだと俳優八木光太郎は言う。

去年は3回退席したそうだ。もったいない、もったいない。そんな彼を人は呼ぶ、退席王と。

動画を作ったり明日のアーというコントの舞台をしたりもします。プープーテレビにも登場。2006年より参加。(動画インタビュー)

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> 個人サイト Twitter(@ohkitashigeto) 明日のアー

退席王・八木光太郎

また八木くんが退席したようだ。

俳優の八木光太郎のFacebookを見ると観劇の酷評とともに退席したことが書かれていた。年間40本近く観劇する八木くんだが去年は3回退席したそうだ。

八木くん、なんでそんなに退席するの? 聞けば彼には確固たる信念があるそうだ。

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ちょっと退席の作法を教えてくれ、と呼び出された八木くん。退席の見本を見せるためにアップをしている
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退席の本場フランス

「日本って退席しにくいんです。フランスとかはどんどん出ていくらしいんですよ。日本にそういう文化がないんです。

退席はいいことなんですよ。それがマイナスのイメージばかりになっている。最前列でそんなことやったら迷惑になる、とかね。

でも退席はそもそもお客さんに与えられた権利なんです。堂々と行けばいいんですよ。それも含め舞台芸術だと思うんです。」

退席は私達の権利であり、いいこと。なんと。いや、たしかに黙って座って見ている私達がとれる最後の行動であり意思表明かもしれない。そしてそれは観客側から作品に関われるチャンスなのかも。

だがしかしいいのか。帰っちゃうんだぞ。帰るの電車の中でどんなことを思えばいいのだ。私は今、退席王にだまされているのだろうか。

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今回の上演演目は編集部の藤原浩一による適当なリコーダーになります

「たとえばオペラとかだとブーイングってあるらしいんですよ。それは集団的な力がそこにあるじゃないですか。でも退席は基本的に個人プレーで勇気が要る行為なんです」

――すぐ帰るだけなら難しくはないんじゃないの?

「席にもよると思いますよ。最前列の真ん中は難易度超高いです。かんたんなのは休憩中の退席ですね。初心者にはそのあたりからがオススメです」

 初級は休憩中に行う退席だそうだ。トイレに行くふりして帰っちゃうやつか。

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初級の退席は休憩中におこなうもの。リコーダーを楽しく吹く演奏者
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藤原「これより5分間の休憩に入ります」
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そして休憩中に帰る。ノーストレスである
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そして誰もいなくなった観客を前に上演することになる。大勢の観客がいた場合出演者は気づかない

 動画で見ると味わいも出てきます

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退席で爪痕を残せ

舞台上の藤原浩一に聞いてみると「お客さんがたくさんいると想定するとまずわからないと思います」という。よかったよかった。だれも傷つかない。

「でもこれだと爪痕を残せないじゃないですか」退席王、八木光太郎が言う。なんだと…

――爪痕要るかな!?

「休憩中の退席だと『あの人休憩で帰っていった…!!」って周りの人だけにしか爪痕を残せない。出演者側に爪痕を残せないんですよね」

――爪痕要らないんじゃない!?

「退席と"爪痕を残す"というのは密接な関係があるとぼくは思ってます。『あの人帰った!!』ってのは作品が豊かになると思うんです。でも上演中に帰るのはハートが強くないとできない」

作品の豊かさか。たしかに「気に食わない人が途中で帰ったりもする」という一つの視点が作品に加わるだろうし、そこへの反発もまた加わるだろう。

ということで中級編。これが標準だという上演中の退席をやってもらおう。席は半ばの真ん中あたり。

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標準の退席。まずがさごそと荷物をまとめる。この時点で隣にいる人としてはちょっと気になる。

標準の退席は上演中にがさごそと荷物をまとめる。この時点で隣にいる人としてはちょっと気になる。

「この前やった退席も出口はすぐそこにあったんですよ。近いところから帰っていくのは簡単なんです。でも爪痕残したいじゃないですか。わざわざ逆の方に回って通路を通って一番後方の出口から帰ります」 

そっと帰れよ、という思いは退席王には野暮だ。退席は一つの表現なのだから。

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身を低くしてお客さんの前を通る。隣の人にも気をつかう。たとえば写真の撮影者側にすごく近い出口があったとしても遠回りして通路を目指す

「荷物をもって狭いところ抜けていくときはもちろんしょうがないですよ。でもこの通路に来たらこうやって胸を張って帰っていく。堂々とする」

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通路で胸を張る。たしかにこんな退席で胸を張ってる人を見たことがない気がする。

 

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通路でも見づらいかなと思って身を低くしてしまいがちだがここが退席の晴れ舞台だという。なんだそれは…
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堂々と退席をする。これが退席か…八木くんによるとフランスでは拍手をしながら帰ったりするらしい

ということで我々も退席をやってみる。わかりやすいように最前列でやってみるが本番でそんな勇気は出ないだろう。

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ステージ上でカスタネットを叩いてるが、かまわず通り過ぎる
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ここで胸を張る。なんでこの人は胸を張ってるんだという気もする
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退席で作品に関われた

すいません、すいません、とちぢこまって通路までたどり着いてから胸を張る。これは。

なんというか、今、ステージがここにあるような気がする。「退席役」とでもいうべき役を今与えられたような。たしかにこれは自分も作品の一部となった気がする。

とはいえ、やられる側の気持ちも一応知っておいたほうがいいのではないだろうか。

今度は舞台上に立って退席されてみた。

 

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ステージ上から見た退席される人。この視点、なかなかつらいものがあった
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やられる方はきつい

――八木くん、退席される方としてはかなりショックだったよ

「カッカッカッ(笑)こんなこと言ってますけどぼくも目の前で退席されたことありますから(笑)。

始まって4分くらいで『八木光太郎です!! 八本の木で、杉良太郎です!!』って大声で言うお芝居があったんですけどそれ言ったら帰っていったんです。最前列で。(う~わっ!)って真っ青になって。やってる方としてはすげーきついですよ」

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あれはきつかった…と八木くん。じゃあ君も退席するなよ…
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観客が舞台に関わる方法

――観客のお作法でいえば他に拍手とかがあるね

「たとえば商業演劇とかでスタンディングオベーションが通例化しているものがあります。あれは自分の推しの出演者に対して自分の気持ちをアピールしてる面もあると思うんです」

――なるほど、それこそ表現だ。退席はスタンディングオベーションの逆なんだね

「そうですそうです。スタンディングオベーションが通例化していてもそこまで感動しなかったらぼくは立たない。こうです、こう」

――あっ! シューン…としている!!

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一人だけこう、これはまあわかる
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「拍手も片手です。パクパクパク…」こんなパクパクした拍手あるかな!?

 

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ほんとだ、ちっちゃいけどパクパク鳴ってるな…八木くんすげえな! ふだんこんな拍手してんのか!

ついでに聞く「カーテンコールでなぜ途中から走り出すのか?」

――一回聞きたかったんだけど、引っ込んだ出演者が拍手で何回も出てくるやつあるじゃない(カーテンコール)? あれだんだん走って出てくるのはなんで?

「3回めくらいになると出てくる動きを省略するために走ってると思うんですけどね、あとは満場一致の一体感を感じてるんじゃないですかね。『よかったよ!』と呼び出されて、呼び出された方も『よかったよね!』と走って出ていく」

――じゃああれは「このあとみんなで一杯どう?」みたいなノリでもあるのか!

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カーテンコールの3回めは「ちょっと打ち上げでもどうですか?」と走り出してたのではないか

退席ファンタジー編、最上級退席とは?

――もっとも難易度の高い退席はなんですかね?

「それは最前列ですよね。最前列真ん中でま後ろを向くとかどうでしょうか」

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最前列真ん中で見てた人が荷物をまとめて立ち上がり…

 

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ま後ろを向いて退席をアピールして帰っていく。これはいやだ。観劇の邪魔だ。

――おおう、これは爪痕を残しすぎている気もしますね……これ何か言いたげな顔をしているけど、その場で実際にしゃべってみたらどうだろう?

そう提案してさらに上級編として、スピーチをしてから退席をする人をやってもらった

最前列の客が酷評しはじめて最悪の空気に 

 いやだ。こんな退席が起こったらもう二度と立ち直れないかもしれない…

――今日はお客さんがいないファンタジー空間だから何やってもいいんだけど、八木くんが実際に一回やってみたい退席ってありますか?

「あ~、チラシのたばをもらうのでそれを一回投げつけてみたいですね」

――そんなアグレッシブなことしていいのかな!

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チラシを投げつけて帰ってみたいんですよね。なんだその歪曲した欲望は。

リコーダーの人がんばれ

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ふざけるな!と怒って帰っていく退席王。これを乗り越えられるような鋼のメンタルがほしい…

最高難度の退席とはなにか

――これはきつい。だが一番上も見たい。もっと難しい退席ないですかね

「あれじゃないですか。代わりにやっちゃうやつ。蜷川(幸雄)さんとか『おれにやらせろ!』って言うらしいですしね」 

――観客が舞台に上がっちゃうタイプの!? もう退席でもなんでもない!

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壇上に上がりだす観客。これは怖い
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貸せ!お前はあっちで見てろ!と指示を出す
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代わりにリコーダーを吹き出す。これは恐ろしいよ…

この人はいつか出演者に刺されるんじゃないかな…


今日も幕が開いて八木くんは退席します

映画館でエンドロールが終わるまで誰も席を立たないときがあるがなんとなくそのまま居続けてしまう。映画なので制作側の人間はいないし失礼にはあたらない。それでもいてしまう。

それはその場の「空気」を破壊してしまうような行為のような気がするからだ。血の中に眠る島国のムラ社会のDNAがさわいでしまうのだ。

でもそこで勇気を出して退席をする。それは作品に一つの視点を与えることでもあり作品を豊かにする行為である。観客側からできる作品作りだ。

そして発信側にとってこれほどおそろしいことはない。できれば八木くんには観に来てもらいたくない。

そんな観客との真剣勝負が全国の劇場で繰り広げられているのだ。開かない舞台には無観客配信を求めるのではなく補助金でも投入して温泉でも行ってもらって落ち着いたころにゆっくりやってもらいたい。

八木さんからおしらせ

ミクニヤナイハラプロジェクト「はじまって、それから、いつかおわる」を3月26日~29日まで吉祥寺シアターでやります。くわしくはこちら

ライターからのお知らせ

八木くんや藤原浩一と明日のアーというコントのお芝居を5年くらいやってるんですけども、過去の名作を上手な俳優さんたちで5月6日~10日都内某所にて再演します。Twitter:@asunoah をチェックしておいてください

 

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