到着から5分で目的を見失った
駅前に観光案内所があって、開いているようだったので「助けて！」という気持ちで中へ入る。
スタッフの方に「あの、食堂が、休みで……」と悲しみをこらえながら伝えると「ああ、どちらもご高齢の方がやっていらっしゃるので、臨時休業などもあるんです」とのこと。それを聞いて「そうだよな。仕方ないことだ」と気持ちが少し楽になる。
「どこか、ここら辺で食事できるところってありますか？」と聞いてみると、名物の柿の葉寿司の美味しい店が定休日、焼き餅が美味しい和菓子屋さんはこの時間はもう売り切れているはず、車で10分ほどの距離にある温泉の近くにレストランがあるけどその温泉が定休日で……と、なかなかに間が悪いようだった。「テイクアウト専門の柿の葉寿司のお店がありますけど」と教えてくださったが、暑過ぎてどこか外で食べられる感じでもないしなーと悩む。
「吉野駅まで行けば少しはあると思います」と教わった。吉野駅へはここから電車で5分ほどらしい。それを聞いて「最終的にはどうにかできそうだ」と少し安心し、せっかくここまで来たのだから吉野川を見ていくことにした。それに、歩きつつ調べてみると、橋を渡って吉野川を越えた先に喫茶店があるようだ。
食堂がある通りはかつて賑やかな商店街だったらしい（案内所で知った）。
吉野川に沿って通る国道に出てしばらく歩くとローソンがあって、軒先で薪を売っている。
名産の吉野葛を使ったアイスバー「KUZUBAR」も販売されていたので、それを買って食べながら外を歩いた。なんせ、外が暑過ぎるのである。
吉野川を大きくまたぐ「上市橋」の上から、川遊びをする人やテントを張ってバーベキューをしている人の姿が見えた。
暑くて倒れそうだし、空腹でもあるので、川遊びもバーベキューもどっちもうらやましい。なんとか頑張って橋を渡ったが、その先の喫茶店も今日が定休日だった。
「もうだめだ。どこかで涼まないとやばい」と、すぐに引き返し、川沿いに建つ「YOSHINO GATEWAY」というカフェに逃げ込んだ。
聞けばこの「YOSHINO GATEWAY」は長らく空き物件だったところ改装して2年前にオープンしたカフェ兼コワーキングスペースで、1階は飲み物をオーダーしたら電源とWi-Fiが借りられて、2階はもっとがっつり仕事に集中したい人用のワークスペースになっているらしい。
もともと、今日はどこかで時間を潰して過ごすこともあり得るなと思っていたから、ノートパソコンも持ってきている。たまっている仕事もあるし、ちょうどいい。ここで仕事をしていこう。
というか、行きに乗った「青の交響曲」の車内を見ても「あ、ここで仕事できそう」などと思ってしまっていたのだった。そんなことばかり考えてしまって、なんだか悲しいものである。
何をしに来たんだっけ……
コーヒーを飲みつつ1時間ほど仕事をさせてもらった。しっかり涼むことができ、再び元気になってきた。それと同時に「なんでここにいるんだろう」とも思う。食堂に行きたくて遠くまで来たのに、ただ、仕事をしているだけ。
これで一日が終わるのは嫌だ。観光案内所の方が教えてくれた「吉野駅」を目指してみようと思った。検索してみると割と電車の本数はあるようなので、タイミングをはかって大和上市駅へと歩く。
動き出した電車はさっき歩いて渡った吉野川を越えてすぐに吉野駅に到着。私が行きに乗ってきた方面の電車の終点が吉野駅で、この一帯が桜の名所として名高いため、春は大勢の人が訪れるのだそう。
吉野駅は桜の観光名所なので、駅前にお土産屋とか食堂が並んでいる。今は桜のシーズンでもなく、ただの平日の昼なので閉まっているお店もあるが、幸い「ささおか」という食堂が営業中だった。
ご主人が一人でやっているようで、私が入っていくと店内の扇風機のスイッチを入れてくれた。瓶ビールをいただく。
おすすめしてもらった「山菜うどん」を食べつつ、ご主人のお話を聞く。
――ここら辺は、桜の季節がすごいんですか？
そうや、4月がね。ただ、桜は短いからね。ようもって2週間ほどですわ。
――ああ、でもお店は年中やってるんですか？
そうそう。水曜日は電車（「青の交響曲」のこと）が休みやから、だーれも来ません。
――そうか、あの電車に乗ってここまで来る人はやっぱり多いんですね。
あれで来て、ここを少し歩いてまた乗って帰る人もおるからね。桜の時は、土日は2万人ぐらい来ます。観光バスも走ってね。
――そんなに！その季節はここも大忙しですか？
そうです。でも、それが長う続いてくれたらいいけど、よう続いても10日やそこらやからねぇ。11月に紅葉の時もお客さん来はるけどね。桜の10分の1も来えへんけど。
――紅葉も綺麗なんだなー。
今来たところやね？今日はロープウェイ動いてるから、乗っていったらええわ。
――おお、ロープウェイがあるんですか！
すぐそこ。
――乗った先って何があるんですか？
街がある。
――街！
旅館もあるからね、そこに泊って帰りにまたここで食べていく人もおるわ。普通は駅の周りに町があるけど、ここは反対ですねん。山の上に街がある。
――そうなんですか！ロープウェイは、乗ったらどれぐらいで上まで着くんですか？
3分で着く。歩いたら20分。山の上までは行きませんねん。山の入口まで。そこから10分ほど行ったら世界遺産もありますわ。そこまで行って来はったらいいわ。
――行ってみます。
――このお店は何年ぐらいやってるんですか？
だいぶ古いですわ。電車がここまで通ったのが昭和3年やから、それからあります。その時に一緒にできたんです。横の店もみんなね。
――昭和3年ですか。すごい古いですね
建物もだいたい昔のままです。屋根は瓦やったのがあかんようになったけどね。ロープウェイも昭和3年。箱は変えてるけど、ロープやなんかは昭和3年。
――ロープウェイってそんなに昔からあるんですね。
桜の時期はあれやけど、今はロープウェイは火・水・木と休んでんねん。今日は動いてる。
――おお、今日でよかった！乗ってみます。ごちそうさまです
と、ここで初めて「今日でよかった瞬間」が訪れた気がした
