後日、ヤマコさんから東出町の正宗屋で注文したという、エビ天とチクワ天の並んだ写真が送られてきて、おもわず家で爆笑してしまった。
チクワをエビにする魔法使いがいる店
兵庫県の神戸でヤマコさんという友人と飲むことになり、案内してもらったのが神戸駅から300メートル南にある正宗屋(神戸市兵庫区東出町3-21-17)という渋い居酒屋だった。
尼崎にある政宗屋の本店から暖簾分けした店で、関西には正宗屋がいくつかあるそうだ。
とりあえずの瓶ビールを注文して、さてなにをつまみましょうかと相談しているときに、ヤマコさんが変なことを言いだした。
「ここの店は何を食べてもおいしいんですが、僕のおすすめはチクワ天。エビ天みたいに揚げてくれるんですよ」
はい?
ちなみに彼の口調は笑福亭仁鶴師匠のような、とても穏やかで上品な関西弁である。
チクワがエビみたいってどういうことだろう。エビをすり身にしてチクワにするというのならわかるけれど、チクワはチクワでしかないと思うのだが。
しばらくして、やってきた揚げたてのチクワ天を見て驚いた。なんとエビのような尻尾があるではないか。
この店が三軒目で私がちゃんと酔っているというのもあるのだが、これは確かにエビ天のように見える。ええと、魔法?
すごいすごい、エビだエビだとはしゃいでいたら、お店の方が不思議そうな顔をした。
「そんなに変わってますか?チクワなんて10人揚げたら10人一緒ですわ。ほなエビやと思ったら150円いただきます~(チクワは110円、もちろん冗談です)」
いやいやいや、少なくとも私はこの形のチクワ天を人生で一度も見たことがないです。絶対エビの形を狙ってますよね。
揚げているところを見せてもらった
お店の方は真面目な顔で(若干ニヤニヤしつつ)否定するが、やっぱりあのチクワ天はエビ天のオマージュなのでは。
試しにもう一つ揚げてもらい、その様子を見せてもらった。
揚げるところを見せてもらってわかったのは、チクワの端っこを持った状態で衣をつけて揚げるので、指で挟んでいた部分にだけ衣がつかず、そこが程よく焦げて尻尾に見えるということだった。
酔っぱらっていたり眼鏡がおでこにあったりするとエビ天に見えなくもないけれど、食べてみると当然チクワの味なのがおもしろい。がんもどきならぬエビもどき。
冷静にこの写真だけを見るとチクワ天にしか見えないかもしれないが、この時の私たちには甲殻類の香りまでうっすら感じられたのである。
今になって気が付いたのだが、この店の関東煮(おでん)にもチクワがあるので、そっちに合わせて三角に切ってあり、それがたまたまなのか意図的なのかは藪の中だが、エビのように揚がる理由なのかもしれない。
また神戸に来たときは、絶対にここでチクワ天を頼もうと心に誓った。そしてエビ天も一緒に頼んで、神妙な顔をして食べ比べをしてみたいと思う。
自分で揚げるとまったくエビにならない
試しにスーパーでチクワを買ってきて、真似をしてエビ天風に揚げてみたのだが、これが全然だめだった。
どこからどう見ても、三角に切ったチクワの天婦羅でしかないのである。特に尻尾の再現が難しい。
チクワの太さや皮の焼き色の問題なのか、それとも切り方にコツがあるのか、あるいは衣の厚さやつけ方なのか。とにかく全然違うものになってしまった。
10人揚げれば10人一緒だと言われたエビ天風チクワ天の謎。このもやもやを胸に抱いて、今日もぼんやりと生きていこう。