切れやすくても切れにくくてもウケる、それが家庭用ラップ
なんておもしろいのだろう。安いラップと高いラップを交互に使い続けることで楽しさの永久機関が出来上がるのではないか。
そうやって笑っていて記事を書く段階でポリ塩化ビニリデンってなんだろう? 可塑剤ってなんだ? と調べていくと、だんだん真顔になっていった。どのラップを使うかはこの記事を書き終わったら一回考えてみることにした。
でもおもしろいからきっと最安と最高の二つの価格帯のラップを揃えることだろう。
サランラップを買って来いと言われてクレラップを買ってきて大いに失望されたことがある。人はラップに対してこだわりがあることを知った。
その後、知らない家庭用ラップを使ってみるとおもしろいくらいに切れなかった。このおもしろさは貴族が私たちの狭い家を見て「まあこんな物置のようなところで暮らせるのね」と言うようなそれだ。
私たちが貴族になれる瞬間とは、ラップの切れなさを味わうときくらいではないか。みんな、今日は貴族になるぞ。
知らない家庭用ラップの切れなさを味わいたい。そう思ったきっかけは量販店プライベートブランドの家庭用ラップであった。
これは切りにくいな、とうんうんやっているうちに20回あたりで刃がびよんと出てきた。
なんて愛らしいのだ。壊れた機械の描写としてバネが出てくるみたいにラップから刃が出てくるのだ。しみじみとおもしろいではないか。
ちょうどツイッターでは「クレラップとサランラップの2大ブランド以外のラップは買ってはだめ」という言説が流行っていた頃だ。これか、2大ブランド以外のラップおもしろいな…、
安い家庭用ラップがもたらすドーパミンをもっと味わいたい。私たちの脳に築かれた報酬系のせいで、足は自然と量販店へと向かっていた。
一度は使ってみたいラップといえば業務スーパーやハナマサの「プロ用」と書かれたラップではないか。
お値打ち品が揃う業務用なら良さそうなものだが…なにしろ量が多いので失敗はできなくて買えないでいる。
ハナマサの「プロ仕様」はメーカー名や素材を見ると昭和電工マテリアルズのキッチニスタと同様のもののようだったので今回は見送った。プライベートブランドの中身はそういうことなのか。
ハナマサ、業務スーパー、ドン・キホーテ、ドラッグストア、DAISOと独立系100円ショップあたりを回って11種類のラップを買ってきた。
パッケージを見ていくと家庭用ラップにも色々な視点があることに気づく。たとえば「無添加」であり「日本製」である。ほぼ食品のような扱いである。
ここから11種類のラップの切れ味をたしかめていくわけだが、丼に30回ラップしたときのタイムを測ることにした。
切りにくいものは遅くトラブルも多いことだろう。タイムが短いものが「ラップしやすい」ラップだと言えそうだ。
まず最初にドン・キホーテで買ってきた大きく、安い、「業務用」と書かれたラップである。こちらは中国製のようだ。
これを丼に30回ラップしていくのだ。よーい、スタート。
グッ。一発目から引き当てた。はい、おもしろい。切れにくく、早速笑顔になる。やはり切れにくいラップは貴族の心持ちにさせてくれる。
こうした切れにくいラップは力が入ってしまって巻込み、飛出し、破損などトラブルがつきものである。
だがラップを「娘」と、トラブルを「おてんば」ととらえてみるとどうだろうか。途端に愛らしい人生となってくるではないか。
結婚式で新婦入場に連れ立つような気持ちでフィニッシュ。ポリエチレン製のお値打ち輸入ラップのタイムは5分50秒。5分間力を入れて格闘するのはけっこう骨である。だがそれも人生。それでは聞いてください、『川の流れのように』。
そんなことはどうでもいい、結果だけ知りたいんだという『モモ』の灰色の男のようなあなたは記事末尾の一覧までスクロールしてください。
宇部フィルムという中規模のメーカーによる「ポリラップ」という商品のものだ。
国産の安めのラップであり、他とちがうのは素材にポリプロピレンが入って耐熱温度が上がっているところ。
だが残念ながら今日に限っては温度なんてどうでもいいのだ。さあ来い、切れにくいラップ!
「ふ~ん、なかなかやるじゃん」スポーツ漫画における転校生を迎えた第一巻のモブキャラのような気持ちである。
単純に切れ味がよくなった。素材にポリプロピレンが入ったせいか、それとも刃が良いのだろうか。
いや、素材よりも箱全体の工夫が大きい気がする。箱を閉じたままフィルムを引き出して、くるっと切ることができる一連の動きがしやすいのだ。
ポリラップのスタートは1970年代だそうだ。細やかな工夫がされているのだろう。結果は2分46秒。いきなり3分縮めてきた。
肉のハナマサが輸入してくるラップは一つめのドンキで買った輸入ラップと同じくポリエチレン素材の中国製、同価格帯なのだがこれが意外と切れやすい。
なんでだ? ラップの切れやすさはどこから来るのだろう?
違いといえばドンキで買った方には脂肪酸エステルという柔軟剤が入っているようだ。あっちは柔らかくしすぎたのか? こちらは2分25秒。国産メーカーを超えてしまった。
業務スーパーで売られている「プロ仕様ラップ」である。業務スーパーの本社と同じく兵庫県にあるメーカー株式会社アダチが製造している。昭和27年からポリエチレンフィルムを製造している会社だそうだが、会社の規模は大きくない。
これはもしかしたら地場産業的なラップではないか。ラップにも地域性が見られたらいいのだが…
切れ味は今まで最もよかったがタイムは2分38秒だった。後半にコツをつかんだことで急に早くなったのでもう一度やればもっと早かっただろう。
ところでこのラップの開閉が妙にカチカチと心地良いのである。これが神戸のラップの力か~と感心したが、ためしに他の製品もさわってみるとカチカチするものとしないものがある。
カチカチ開閉するラップには端に突起があることがわかった。
このカチカチ開く仕組みを調べるとすべて国産メーカーによるものだった。これがメイドインジャパンの力か。外国の人が泣いて喜ぶにちがいない。
しかもこれが旭化成、クレハ、昭和電工マテリアルズの資本金が100億以上ある会社のラップになると突起の形状が独特化するのである。
突起の形状は社の威光なんだろうか。酉の市の熊手みたいなものだろうか。
この企画の発端となったドン・キホーテのプライベートブランドである情熱価格のからだ想いラップである。ポリエチレンの輸入もの。
このラップはパッケージに「箱を内側に回すだけでは切れません」「箱を外側に開くようにして端からすばやく切ります」と書かれている。潔い。
頭の中でスパッと切れるところをイメージしながら手首をひねって外側に開くようにして切ってみよう。すると、みよん。ラップが伸びるのである。
これだなと思う。この商品は無添加なのがウリであって、切れにくさはむしろチャームポイントなのだ。
切れ味だけでいうと他のラップの中でも随一、タイムは4分58秒と最長から2番めであった。
実は今回、最後の方でコツをつかんだ。ラップを握る右手は人差し指をまっすぐ伸ばすことで軸にするとやりやすいのだ。
パッケージにないオリジナルのコツが求められている。今や日本の製品は情報が行き渡りすぎていて、まずい料理もおもしろくない映画もなく、全て平均点以上である。だがここには「私」が入り込む余地がある。
この高度に発展した消費社会で自分を感じたいならファイトクラブに入って乱闘をするか、ドンキのラップを買いなさい。置かれた場所で咲いて、ふくらはぎをもみなさい。
続いて宇部フィルムのポリラップ。耐熱ラップのそれと変わりはなかった。
ついにタイムは1分51秒。これはラップを切ること自体に習熟してることもありそうだ。
さあいよいよ「サランラップとクレラップ以外はラップでなし」と平家でなければ人でなし、みたいなことになってきている2大メーカーである。
驕る平家は久しからず、ここで巨星墜つ時がくるのだろうか…!!
秩序だったものを壊すようなカオスが生まれたとき、人は笑う。同様にカオスの中から一定の秩序が生まれても人は笑うのだ。これは切れないラップのあと切れるラップを使っても同様である。
一回やってみてほしい。安いポリエチレン製のラップを何種類か切ったあとでサランラップを切るのだ。これは確実に笑ってしまう。
もうそういうアトラクションをディズニーランドに作ってほしい。そして人々を笑顔にしてほしい。
タイムは1分42秒で最短。タイム以上に切れ味のよさがあった。
国産大手メーカーラップであるキッチニスタは2大メーカーには及ばないものの唯一迫るくらいの切れ味と使いやすさ。ラップの使いやすさはなぜか会社の資本金と相関関係が見られる。
タイムは1分55秒。宇部のポリラップには及ばなかったがかなりの使いやすさ。
ここで100円ショップDAISOのラップである。今回求めているラップの使いにくさはこのようなものである。なかでも切った端がすべて巻き込まれてしまうのはなかなかのチャームポイント。
タイムは3分24秒とそこそこ。
クレラップも切れやすすぎて笑う、大爆笑ラップと言ってもよい。サランラップとクレラップ、この2つは明らかにものがちがう。
これらの共通点はなにか。切ったあとのラップの山をさわってみてもがこの2つは明らかにもちもちしている。それは素材がポリ塩化ビニリデンなのであり、本当にもの(素材)がちがうのである。そんなことだったのか。
このポリ塩化ビニリデンは1940年にアメリカで開発され、1953年に今のクレハが、同年アメリカのメーカーと組んだ今の旭化成が続いて日本でラップにしたそうだ。
だが今海外ではポリエチレン製のラップが主流だという。切れにくいやつだ。それは環境問題や人体への影響を考えてのことのようだ。切れやすさ/にくさとは離れるので本記事では詳しく扱わないが、なるほど、だからドン・キホーテのラップに「からだ想い」と書かれていたのか、とここでやっと腑に落ちた。
クレラップのタイムは1分13秒。早すぎて怖い。ポリ塩化ビニリデンの切れやすさ、圧倒的である。ちょっと心配になるほどに圧倒的だ。
なんておもしろいのだろう。安いラップと高いラップを交互に使い続けることで楽しさの永久機関が出来上がるのではないか。
そうやって笑っていて記事を書く段階でポリ塩化ビニリデンってなんだろう? 可塑剤ってなんだ? と調べていくと、だんだん真顔になっていった。どのラップを使うかはこの記事を書き終わったら一回考えてみることにした。
でもおもしろいからきっと最安と最高の二つの価格帯のラップを揃えることだろう。
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