生麺がおいしかった。
家でラーメンといえばカップ麺か袋麺だったのだけど、今回初めて生麺を食べた。すぐ茹だるしおいしくて「なんで今まで知らなかったんだ…!」と悔しくなるほどだった。
「最近、ラーメンのスープの油をつついて集めてないなー」と思った。
あれは楽しい。「最近寿司食べてないなー」とか「最近映画観てないなー」と同じ温度でふと思い出した。ここで一度、しっかり準備をして存分に楽しんでおきたい。
ラーメンのスープの油を集めるやつ、やった記憶はあるのだけど、いつ、どこでやったかを全く思い出せなかった。思い出せるのは丸い油をつついて大きくするワクワク感だけである。思い出す映像も、ラーメンの丼から外に出ない。前のめりだったんだろう。どこにいるんだ、昔の自分。
なんとなく醤油ベースの透き通ったスープだとやりやすいような印象はあるので、そこを取っ掛かりに始めてみよう。
しかし、やっぱりラーメン屋さんですることではないなと思う。店員さんも、作って出した食べ物を、いくら真剣とは言え箸でつついている客がいたら良い気持ちはしないだろう。
僕も、どう思われてるかなとドキドキしながらラーメンのスープをつつきたくはない。これってもっと心穏やかにやる行為じゃないか。
あれ、じゃあ記憶の中の自分はどこでラーメンのスープをつついていたのだろう。フードコートだろうか。
意外と難しいことに足を突っ込んでしまったのかもしれない。心置きなくラーメンのスープをつつくにはどうしたらいいのか。
考えられる方法はいくつかあるのに、どれもなんとなくしっくりこない。
インスタント麺 → 家でできるが油があるものを探さないといけない
テイクアウトか出前 → これも家でできるが油があるものを探さないといけない。何回かやる場合、一杯ごとに買いに行くか出前を頼まないといけないので面倒
どの案も、最初に細かい麺や具をきれいに食べるのがけっこう大変
じゃあもう水に油垂らしたら? → そういうことじゃないんだ。ラーメンがいいんだ
インスタントラーメンに油垂らしたら? → 違うんだ。おいしく作ったラーメンでたまたまできる、というのがいいんだ
書き出してみるとすごくわがままだ。しかしやるからにはもう何の心配も無いという状況を用意したい。ここはこだわるべきだ。そういう確信がある。
そんな時にスーパーでこれを見つけた。
これなら家で簡単に作れるし、麺や具を食べなくていい。上に書いた心配事を全部解決できる。
準備が整った。スープをつつくだけなのに気持ちの上ですごく試行錯誤した感触がある。いよいよつつけるのだ。
楽しい。やはりこれは一人でやった方がいい。安心して夢中になれる。外を走る車の音を聞きながら一人でラーメンのスープをつついた。これ以上もう何もいらないと思える時間。『なにも足さない。なにも引かない。』というウイスキーのコピーを思い出した。
やっている間はずっと宇宙のことを考えていた。地球は50億年後に太陽に飲み込まれるという説がある。物体はどんなものでも引力を及ぼし合っているらしいので、そうやって大きなものが小さなものを飲み込んで、最後にはひとつになるのかもしれない。
小さな油を飲み込んで大きくなっていく油を見ているとよく分かる。みんなどこかひとつの場所に帰っていくのだ。いや、もともとひとつだった、というのが正しい表現かもしれない。今表れている「大きい」とか「小さい」とかいう特徴も、たまたまそうなっているに過ぎないのだ。元の塊に戻ればそんな特徴もなくなってしまう。みんな同じだ。
そんなことを考えていると、油の表面に自分の目が映る。
宇宙のことはさておき、ある程度まとめていくと、かなりの量の油が丼の縁に集まっていることが分かった。
ここまでやるのは初めての経験だった。ある程度できたかな、というところから更にごっそり集まるので気持ちがいい。宇宙も「果て」の部分は何かがごっそり集まっているのかもしれない。
集まった集まった。この行為を「最後」までやったのは初めてだった。「最後」はこんな感じで、こんな気持ちになるんだ、という妙な感慨があった。
始終を撮った動画です。12分50秒ある。焚き火の映像を見るような気持ちで見てください。
一つにまとめるのはできた。結局2回やった。
だんだんコツを掴んでくると、油で文字を書けるんじゃないかと思うようになった。
今度は必要な数の油の塊を作り、程よい場所に配置して少しずつ文字の形にしていく。
分かってはいたが難しい。一つ動かすとスープ全体に影響が及んで他の文字も動いてしまう。上の写真は「ラ」を作っているうちに「メ」がどんどん上に動いていった。
反省を踏まえて作り直す。最初のポジションと、それが定まったらかなり慎重に文字を作っていくことが大事だ。
できたということにさせてください。「ラ」のカーブの具合や「メ」の四方に飛び出た形は、時間が経つと円に戻ってしまう。最後の最後にちょっと箸でつついて形を作り、急いで写真を撮った。
一瞬だけ現れ、儚く消えていく作品なのだ。そう思うとより良いものに見える。氷像と同じだ。
楽しいので色々作ってみよう
自分のペンネームを作った。ラーメンのスープの油で作りやすいペンネームでよかった。円の中に縦書きがあると印鑑みたいでかっこいい。
「ごちそうさま」の「ごち」。ラーメン屋の店員が丼をさげようとしてこれを見たら嬉しいだろうか。きれいに書いてあったら嬉しいかもしれない。
ちょっと分かりづらいけど「スキ」と書いてある。気になる人とラーメン屋さんに行って、相手が席を外した隙にこの文字を作っておくのはどうだろうか。この形になるのは一瞬なので相手が見てくれる可能性は低いが、おまじないとしては良さそうだ。
スープに「スープ」と書きたかった。「プ」の半濁点がかなり難しい。そちらに気を取られていたら伸ばし棒がなくなってしまった。
この辺で切り上げて、買っておいた麺を茹でて、好きな具を乗せて食べた。
スープに麺を入れる瞬間、集まっていた油がまた散り散りになって麺や具に絡まっていった。宇宙でいうならビッグバンの瞬間である。
そしてラーメンを食べてスープを見ると、つつく前と同じように細かい星々が輝いていた。
集まっては散っていく。宇宙とは、自分の人生とはそういうことなのかもしれない。
…。
軽い気持ちでやったことが宇宙を連想させてきたので、なんか宇宙規模の遠大なことを言ってみたかったが結局最後までうまくいかなかった。星みたいできれいでした。
家でラーメンといえばカップ麺か袋麺だったのだけど、今回初めて生麺を食べた。すぐ茹だるしおいしくて「なんで今まで知らなかったんだ…!」と悔しくなるほどだった。
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