はじめに
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行ってよかった場所を聞くコーナー「行って良かった市区町村」が終了し、新コーナーがはじまりました!新コーナーでは、地元のうまいものを紹介してもらいます。初回は編集部古賀及子から、地元のイチ推しの食べ物の紹介です。
客の側でも勝手に受け継ぐ丸ぼうろ
佐賀県佐賀市
父方の祖父は酒が飲めず、たばこと甘いものの好きな人だった。宴会の席で少しだけビールを飲んで、あとはサイダーにオレンジジュースを混ぜて飲んでいたのを見たことがある。家にはカルピスも常備してあった。
東京に家を持つ祖父を頼って、いっとき居候として一緒に暮らしたことがあったから知っている。まいにち十時と三時は必ずおやつを食べていた。洋菓子も和菓子もよく食べて、とくに好きだったのが丸ぼうろだ。
手のひらにちょうどぴったり乗るサイズの丸い焼き菓子で、おやつの時間に食べるために祖父は新宿の文明堂でよく買ってきた。
20年以上前の記憶だから今の商品はもう少し違うかもしれないけれど、当時の文明堂の丸ぼうろは、茶色く焼きあげた全体がぺたぺた湿り、重なった1枚1枚がくっついて、食べるときにはがすのがおもしろかった。ぬしっとした噛み心地が特徴的で、味は純粋に甘い。
ただ、この文明堂のは一時しのぎの丸ぼうろなのだ。祖父が本気を出すとき用のがあって、それが、佐賀市の老舗、北島というメーカーの丸ぼうろだった。
お中元やお歳暮にあちこちに贈り、ついでに自宅にも取り寄せて食べるのを明らかに祖父は楽しみにしていた。
もともと丸ぼうろというのは佐賀やほかの九州のあちこちでも名産として食べられる郷土菓子らしい。ポルトガルから伝わって、明治維新のあたりの食文化の変貌にあわせて職人さんがうまいこと今のようなおいしいお菓子としてチューニングしてできあがったそうだ。
祖父は10代のころにはもう東京に来ていたようだけど、佐賀の出身で幼少期を佐賀で暮らした。子どもの頃に地元で食べた味のなかでも、いちばんの気に入りを、東京に来てからもずっと誇っていたんじゃないかと思う。
北島の丸ぼうろは親戚勢にも定期的に配られ、私は居候中だけじゃなくほとんど人生を通してたびたび食べてきた。
実は子どもの頃はあまりに素朴なあじわいと、食べる機会の多さからそのありがたみに気づかずにいたのだ。30歳くらいを過ぎて、なんだこれむちゃくちゃにうまいね!?!? と出会い直し分からされた。
素直すぎるほどにすなおな味だ。上等の粉と砂糖と卵が、伝統の技術でそれぞれの良さをマックスにまで発揮してくる。さくっとした表面に歯を入れると、素材の香ばしさがいっきに鼻腔に流れ込む。漠然とした見た目からはちょっと想像のできないような品性、過去から手放さず受け継いで高めた時間の味がする。
食べるとおのずと味王(『ミスター味っ子』の)みたいに感性がゆさぶられてしまうのだった。
祖父も祖母ももう亡くなって、いまは実家の父母が北島の丸ぼうろを贈答品として重宝しており、たまにうちにも送ってくれる。
母は「絶対においしいから誰に贈っても安心」だと言っていた。祖父も同じことを思っていたんだろう。私もそう思う。
終わってふたたび解説です
佐賀の北島の『丸ぼうろ』覚えてきます。昔からずーっと続いて存在するお菓子って、ちゃんと美味しいですよね…。
お酒が飲めず、サイダーにオレンジジュースを混ぜて飲んでいたエピソードは最高でした。
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