はじめに
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ライターの地元のうまいものを紹介してもらいます。今回は西村まさうきさんから、地元のイチ推しの食べ物の紹介です。
西村まさゆき
本当に美味いのか?「いぎす」鳥取県倉吉市
いぎすは美味いのか?年齢を重ねるにつれ、いぎすに対する気持がゆらいできている。いぎす、はたして美味いのだろうか?
いぎすは、エゴノリとも呼ばれる「いぎす草」という海藻を煮たのち、型に流し込んで冷やし、寒天のように固めたものだ。基本的に醤油やすりごまをかけて食べる。日本海側や西日本の各地域でよく食べられている食材で、鳥取では「いぎす」と呼んでいた。
最近いぎすを食べたのはいつだろう。思い出してみると、夏、鳥取の実家に帰省したときに食べた。スーパーの鮮魚コーナーの脇ぐらいにパックで売られているやつを買って、家に持って帰って食べた。
実家の台所でいぎすを皿に盛り、醤油をかけ、すりごまをふり、一切れ口に運ぶ。ひんやりとした感触とともに、穏やかな海藻の風味が口に広がる。ゆるく固まっているいぎすは、口の中で崩れるほどに、醤油味と海藻の風味を残しながら消えていく。薄味であり、後味もさっぱりしているため、実にはかない食べ物だ。
ぼくは子供の頃、このいぎすを美味しいものとして認識しており、親父の晩酌のアテに出されているものを失敬してよく食べていた。盆休みにばあちゃんちに行くと、親戚の集まりの宴会で出てくる、懐かしい味でもある。しかし、大人になり、いぎす以外の美味いものをいろいろ経験すると、ぼくの中の「美味いものフォルダ」の他の美味いものと比べて、果たしていぎすは美味いのか、本当に美味かったのか?という疑念が湧いて出てくるようになってしまった。
人になってから、いぎすを食べたことない妻を連れて実家に帰り、いぎすが出た際に、子供の頃の「いぎす=美味しいもの」のテンションのまま「美味しいよ」と、妻に勧めてみたところ、まあ、不味くはないけど……ぐらいの反応で、かなりの衝撃を受けた。それ以来、いぎすの美味さに対する疑念がわき出てしまった。
いぎすの味というものをよく考えてみると、まず醤油の味。ごまのちょっと香ばしい脂っこさなどがメインであり、いぎすそのものに甘いとかしょっぱいといった味がない。
ちろん、海藻の風味はする、するけれど、風味というのは味なのだろうか?おそらく、鼻をつまんで食べると、水をゆるく固めた流動食みたいな感じで、味はしないだろう。肝心の海藻の風味も、どう伝えたらよいのかわからないけれど、いぎすの香りであり、味ではない。
好きな味ではあるけれど、美味いかと言われると、自信をもって人に勧められるような味かというと、口ごもってしまう。
そもそも、食べ物が美味しいとはどういうことなのか、いぎすを食べるとわからなくなってきてしまう。
ぎすは、ぼくにとって生まれ育った土地の記憶を呼び覚ます食材であり、それを含めての「美味しさ」だったのかもしれない。
いぎす、鳥取で見かけた時はぜひ食べてみてください。美味いとかそういう次元のものではないけれど、郷愁を感じる、はかない味の食材です。
終わって解説です
このコラムのあと、西村さんは実際にいぎすをつくってみた記事が通常記事で公開されました。
記事:【「いぎす」は果たして美味いのか? 自分で作ってみた】
自分でつくってみても、スーパーで買ったものと同じような味が再現できたそう。そして、この表情です。美味しいかどうか困惑している表情を読み取ってください。
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